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┃♪この新しい朝に♪┃
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‡2021(令和三)年03月13日(土) DIGITAL SINGLE 先行配信
2021(令和三)年06月23日(水) MAXI SINGLE 発売
https://ja.wikipedia.org/wiki/この新しい朝に
Road & Sky MAIL MAGAZINE[2021.3.10]
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◆新曲「この新しい朝に」配信リリース決定!
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アルバム「Journey of a Songwriter ? 旅するソングライター」以来、約6年ぶりとなる新曲「この新しい朝に」配信リリース決定!
Digital Single「この新しい朝に」
配信リリース日:2021年3月13日(土)
発売元:SME Records
Apple Music・Spotify・LINE MUSICなどのサブスクリプションサービスや、レコチョク・mora・iTunes Store などのダウンロードサービスでお楽しみください。
moraやレコチョクではハイレゾ音源も同時配信となります。
▼ストリーミング・ダウンロードはコチラ(2021.3.13?)
https://shogohamada.lnk.to/konoatarashiasani
※ストアにより表示開始が遅れる場合があります
★浜田省吾 全楽曲好評配信中!
購入・配信はコチラ
https://smer.lnk.to/shogohamadaRS
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(C)2021 Road&Sky Co.,Ltd.
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┃ 浜田省吾チャリティLIVE黎明期 ┃
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1984(昭和59)年08月04日(土) THE ATOMIC CAFE MUSIC FES'84【反核コンサート】 日比谷の野音で行われたコンサートでした、興奮した尾崎豊が、PAから飛び下りて骨折したアレですね(苦笑)
1985(昭和60)年07月18日(木) アフリカセッション【飢餓救援コンサート】 渋谷のNHKホールで行われたコンサートでARB、竜童組らと出演しました
1988(昭和63)年11月18日(金) 単独LIVE ON THE ROAD '88“FATHER'S SON”ツアーのなかの一日、MZA有明で“留学生支援コンサート”を開催
1990(平成二)年11月17日(土) 単独LIVE ON THE ROAD '90ツアーのなかの一日、駒沢大学記念講堂での“留学生支援コンサート”、ハイビジョンのクローズド・サーキットで全国中継しました
1990(平成二)年12月23日(日) 単独LIVE ON THE ROAD '90ツアーのなかの一日、呉市文化ホールでのコンサート“チベット難民の子供達救済コンサート”でした、呼びかけた人は、高校時代にバンド仲間だったダライ・ラマ14世のもとで働く建築家で収益金428万2770円がチベットに送られました
‡1994(平成六)年03月13日(日) 長崎普賢岳災害救済コンサート【メッセージソングの日、島原・福江町を救え】 長崎市公会堂でのコンサート、泉谷しげる(Vo&G)忌野清志郎(Vo)吉田拓郎(B)小田和正(key)他という"スーパー・バンド"で大友康平とともにドラムを叩いていました(まあシンバルばっかりでしたが;汗)
1995(平成七)年08月06日(日) HIROSHIMA PEACE CONCERT【広島平和記念コンサート】 広島平和祈念コンサート"HIROSHIMA1995"に、古村敏比古とともに参加しました、ハウンド・ドッグをバックバンドに「八月の歌」などを歌いました
1996(平成八)年09月15日(日) 阪神淡路大震災支援コンサート【日本をすくえ'96 in 神戸】ワールド記念ホールでの、コンサートで、吉田拓郎の「イメージの詩」を歌いました
2000(平成12)年12月01日(金) Act Against AIDS【AIDSデー・イベント】 日本武道館で行われました、歌有りバラエティありのイベントでした
Message from 浜田省吾 ⇒ J.S.Foundationを設立する以前は、Road&Skyを通じてコンサートの収益やレコードの印税を単独で単発的に寄付していたのですが、いつか基金を設立して継続的な活動にしたいと思っていました。1995年、ある出来事をきっかけに佐藤佐江子さんに出会い、 彼女の経験と情熱と行動力を知り、基金に対する想いを相談しました。そして、彼女を中心に同志が集まり、1999年2月にJ.S.Foundationが発足しました。「社会のために何か出来ないだろうか?でも、個人で一体何が出来るのだろう?」そう思っているのは私だけではないと感じます。個々に存在している小さな善意がひとつになり、少しでも大きな力となって社会に貢献できればと思います。
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http://blogs.yahoo.co.jp/bar_flashandshadow/16898071.html
http://www.js-foundation.com/message.html
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┃ 浜田省吾 #32 『FATHER'S SON』 ┃
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2017(平成29)年01月14日(土) 今回は
1988(昭和63)年03月16日(水)に発売された浜田省吾さんのアルバム『FATHER'S SON』の話です。
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1988(昭和63)年2月13日(土)、信濃町ソニースタジオで、浜田省吾のニューアルバム完成を祝うささやかパーティが催された。その二日後の
1988(昭和63)年2月15日(月)から約一ヶ月の間「ON THE ROAD '88 "FATHER'S SON"」のためのリハーサルが始まった。ぼくは浜田さんのツアーのリハーサルの間に、佐野元春さんのレコーディングにも参加した。佐野さんがDJ を務めていたFM番組の中で企画・制作されたコンピレーション・アルバムに、石渡長門くんが参加することになり、ぼくも久しぶりに佐野さんのレコーディングに呼ばれることとなった。ぼくが参加したのは石渡長門くんの「Rumblin'Around」と藤森かつおさんの「漂流者へ」の2曲。佐野さんとのレコーディングはとてもエキサイティングで面白かった。佐野さんのレコーディングは、浜田さんのレコーディングとはやり方が全く違って、まず譜面というものが存在しなかった。佐野さんが傍らに置いたリズムマシンのビートに合わせてギターを弾きながら、曲のコードを言って行く。そしてバンドのメンバー各自それをメモしながら進めて行くというやりかただった。ぼくは普段やったことのないそのレコーディングの進め方に面食らって、最初はみんなについて行くのが精一杯だったが、他のバンドのメンバー(佐野さんのバンド、ザ・ハーランドのメンバー達)は、涼しい顔をして佐野さんの指示通りに演奏していた。でも次第にぼくもそのやり方に慣れて来て、最後の方はだんだんと楽しくなって来た。浜田さんとは対照的なレコーディングのやり方だったが、後日完成した曲を聴かせてもらったら、非常にカッコいい仕上がりになっていて驚いた。 色々なサウンドプロデュースの方法があることをぼくはまた一つ学んだ。浜田省吾のツアーのリハーサルは、
1988(昭和63)年3月09日(水)
1988(昭和63)年3月10日(木)の二日間、市川市文化会館での公開リハーサルを挟み、
‡1988(昭和63)年3月13日(日)まで続いた。そして
1988(昭和63)年3月17日(木)から
1989(平成元)年2月07日(火)までの、約100本に渡るコンサートツアー「ON THE ROAD '88 "FATHER'S SON"」の幕は切って落とされた。
写真◆『FATHER'S SON』のレコーディングが行われた信濃町ソニースタジオの壁に書かれたマイケル・ジャクソン直筆のサインの前で。
**************** http://air.edisc.jp/ima/
http://mi-mychronicle.blogspot.jp/2017/01/32-fathers-son.html
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┃ 浜田省吾 #01 1978(昭和53)年 ┃
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‡2016(平成28)年03月13日(日)
今までのぼくのミュージシャン生活の中で、一番濃密な時間を過ごしたのが浜田省吾さんとのツアーやレコーディングでした。浜田さんにまつわるエピソートは枚挙に暇がないのですが、初めて浜田さんと会った時のことを思い出してみようと思います。
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それは1978(昭和54)年のことだった。当時ぼくは友人の西本明くんと、千葉県市川市の市川駅近くにあるアパートで生活していた。西本明くんとは友達の紹介で知り合った。彼もぼくと同じキーボードプレイヤーで、好きな音楽もとても似ていて、知り合ってすぐに意気投合した。そして一緒にバンドを組んだりしているうちに、いつの間にか彼はぼくの住む六畳一間、風呂無しのアパートに転がり込んで来ていて、ぼくは明くんと共同生活をおくることとなった。明くんがぼくのアパートに転がり込んで来て、部屋がいっきに狭くなった。しばらくは我慢して住んでいたのだが、やはりどうにも狭い。家賃を折半することで少しだけ余裕も出来たので、僕たちはもう少し広いところに引っ越すことにした。市川駅から徒歩五分ほどの場所に2DKの部屋を見つけた。 今度は風呂付きである。僕たちは嬉々として家賃四万五千円のアパートに引っ越した。当時ぼくは甲斐バンドのサポートミュージシャンとして、日本中をツアーで駆け回る日々を過ごしていた。その頃、明くんは浜田省吾さんのバックバンドに在籍していて、ある日千葉県船橋市の船橋ヘルスセンターでの仕事の帰りに、バンドのメンバーと共に、浜田省吾さんを僕たちのアパートに連れて来た。その日仕事がオフだったぼくは、自宅でレコードを聞きながらのんびりと過ごしていた。すると突如ドヤドヤと大勢の連中が、狭い2DKのアパートに押し掛けてきた。やって来たのは後に一緒に浜田さんのツアーを回ることになるベーシストの岡嶋BUNちゃん、ドラムの鈴木俊二くん、ギターの町支寛二さん、浜田さんのマネージャー、そして浜田省吾さんの5人だった。ドラムの俊ちゃんが運転する楽器を載せたワゴン車に乗って、僕たちの住むアパートに立ち寄ってくれた5人は、ライブの余韻を引きずっていたせいかとても陽気でフレンドリーだった。3階建ての、マンションと呼ぶにはおこがましい、アパートに毛の生えたような建物の四畳半に男達7人が座った。たちまち部屋はぎゅうぎゅうになった。殆ど全員と初対面だったぼくも、すぐに打ち解けることが出来た。浜田さんとは以前、ぼくが庄野真代さんのバンドでキーボードを弾いていたときに、広島のカワイ楽器のホールと東京の後楽園ゆうえんちの特設ステージで、庄野真代さんと浜田省吾さんのジョイントライブのような形で一緒だったことがあった。でもその時は浜田さんと言葉を交わすことは無かった。 我が家にやって来た浜田省吾さんは、とても気さくな方で終始ニコニコしていた。その日、船橋ヘルスセンターでのステージの様子を面白可笑しく話してくれたのをよく覚えている。それから約一年後にぼくは浜田さんのバンドに加わることになり、そこから長い付き合いが始まるのであった。
写真◆1978(昭和53)年、市川のアパートで西本くんと。
**************** http://air.edisc.jp/ima/
http://mi-mychronicle.blogspot.jp/2016/02/blog-post_7.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/THE_FUSE
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┃ 『浜田島Ⅰ』 ┃ |2009(平成21)年 7月 3日(金)|第1回 横浜市 赤レンガ倉庫 開幕
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┃ 『浜田島Ⅱ』 ┃ |2010(平成22)年 5月20日(木)|第2回 大阪市 中之島バンクス 開幕
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┃ 『浜田島Ⅲ』 ┃ |2014(平成26)年12月19日(金)|第3回 名古屋市 ナディアパーク・デザインホール 開幕
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┃ 『浜田島Ⅳ』 ┃‡|2015(平成27)年 3月13日(金)|第4回 福岡市 アジア美術館 開幕
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┃ 『浜田島Ⅴ』 ┃ |2017(平成29)年12月21日(木)|第5回 東京・渋谷 ヒカリエホール 開幕
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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%9C%E7%94%B0%E5%B3%B6
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E7%94%B0%E5%B3%B6%E5%B8%82
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33年前の「レベッカ伝説の渋公ライヴ」が一夜限りのプレミア上映!?メンバーの登壇もあります!
2018年02月17日(土) 更新
1985年12月25日(水)に渋谷公会堂で行われた『REBECCA WORLD CONCERT TOUR ~Maybe Tomorrow』この伝説といわれた渋公ライヴのコンプリート版が、Zepp DiverCity/Zepp Nambaにて一夜限りでプレミア上映されます。
「レベッカ」の33年前の伝説のライヴが一夜限りのプレミア上映!
1985年12月25日に渋谷公会堂で行われた『REBECCA WORLD CONCERT TOUR ~Maybe Tomorrow』この伝説とも幻ともいわれた渋公ライヴのコンプリート版が、3月13日(火)にZepp DiverCity(東京)/Zepp Namba(大阪)にて一夜限りでプレミア上映されます。
土橋安騎夫と小田原豊が舞台挨拶に登壇!!
上映時に、レベッカのリーダーでキーボーディストの土橋安騎夫とドラマーの小田原豊が、舞台挨拶することが明らかとなりました。(本編上映前登壇。ご登壇は、Zepp DiverCity(東京)ですが、Zepp Namba(大阪)ではその時の音声のみを同時生中継をしてお届け。)登壇時には33年前の渋谷公会堂でのライヴの思い出や、マル秘裏話を展開するとのこと。ファン必見の舞台挨拶になること間違いなし!
土橋安騎夫
小田原豊
33年前の伝説の渋公ライブとは?
1985年に発売された名曲「フレンズ」が収録され、同11月にレベッカにとって初のアルバムチャート1位を獲得し、ミリオンセラーとなった名盤『REBECCA IV~Maybe Tomorrow』。今回上映されるライヴ・フィルム『1985.12.25 REBECCA WORLD CONCERT TOUR Maybe Tomorrow in 渋谷公会堂』は「REBECCA IV」発売後に行われた「REBECCA WORLD CONCERT TOUR ~Maybe Tomorrow」のハイライトと言える渋谷公会堂のパフォーマンスを収録したものです。
写真◆「REBECCA IV~Maybe Tomorrow~」のジャケット
1986年にREBECCA初のライブビデオソフトとして発売されましたが、当時は音楽ソフトの黎明期でもあり、価格が収録分数によって細かく区分されており少しでもリーズナブルに抑えるため、収録曲は7曲41分にセレクトされていました。その伝説のライヴから33年、商品発売から32年が経過し、良好な状態で保管されていたカメラの素材等、全ての素材をレストア&リマスタリングしたフル・ライヴ映像がこのたび完成しました。
こちらは当時発売されたVHS「MAYBE TOMORROW」出典 rakuma.rakuten.co.jp
映像監督は、REBECCAの「フレンズ」や「Raspberry Dream」等のミュージック・ビデオを手がけ、85年当時渋谷公会堂ライヴ収録ディレクターも務めた板屋宏幸氏が担当。ライヴ音源のリミックスは、レベッカの作品は勿論のこと"Madonna""坂本龍一""宇多田ヒカル"等数々の名盤を手掛けた世界的名エンジニアGOH HOTODA氏が担当、ライヴから33年を経て、映像と音声がハイクオリティ化されて蘇ることとなりました。
Rebecca - Friends (1985)「フレンズ」のPVはこちら!出典 www.youtube.com
ファン待望のフル・バージョンのライヴ映像は、時代を一世風靡したカリスマ・ボーカリストNOKKOのパワフル&キュートな魅力満載。勢いに乗るバンドメンバーの演奏による名曲揃いの神セットリストにも注目です!
イベント概要
ライヴ・フィルム『1985.12.25 REBECCA WORLD CONCERT TOUR Maybe Tomorrow in 渋谷公会堂』一夜限定プレミア上映@Zepp
日程|●2018年3月13日(火)●
会場|Zepp DiverCity(TOKYO)/Zepp Namba(OSAKA)
開場|6:30pm 開演|7:30pm
券種|①プレミアム・エリア・シート(指定席)※|②一般自由席
登壇|レベッカから、メンバーの土橋安騎夫と小田原豊が舞台挨拶
※当日、予告なく変更になる場合がございます。また都合により、ご本人の登壇が中止になる場合もございます。
※作品本編上映前に、ご登壇いたします。Zepp DiverCity(TOKYO)のみのご登壇になります。音声のみZepp Namba(OSAKA)にて同時生中継。
※Zepp DiverCityのプレミアム・エリア・シート(指定席) は完売となりました。
[2017年/105分/ビスタサイズ/2ch/BD]
※ご入場時に、別途ワンドリンク+500円をいただきます。
上映楽曲
01「HOT SPICE」
02「76th STAR」
03「蜃気楼」(★)
04「ヴァージニティ」(★)
05「LONDON BOY」(★)
06「ステファニー」(★)
07「COTTON TIME」(★)
08「フレンズ」(★)
09「MAYBE TOMORROW」(★)
10「WILD EYES」(★)
11「ボトムライン」(★)
12「ガールズ ブラボー!」
13「プライベイト・ヒロイン」
14「ラブパッション」(★)
15「フリーウェイ シンフォニー」
16「ラブイズCASH」
17「フレンズ」(※)
18「瞳を閉じて」(★)
★初収録楽曲 ※2回目の演奏
チケット ドリンク代別/税込表示となっております。
前売券|プレミアム・エリア・シート(指定席):3,000円/一般自由席:2,000円
当日券|プレミアム・エリア・シート(指定席):3,500円/一般自由席:2,500円
※ご入場時に、別途ワンドリンク+500円をいただきます。
※プレミアム・エリア・シート|会場1Fの中・後方の指定席で、より快適に作品をご鑑賞いただけるエリアになります。
※2Fも一般自由席として販売いたします。1F、2Fは選択いたしかねます。
※2F自由席は、ステージがみえる席になります。ご了承ください。
チケットご購入はこちらから!
【一般販売(先着)】2018年2月16日(金)15:00~2018年3月12日(月) 23:59
※各社プレイガイドによって終了時間が異なります
※いずれも一般発売は先着順での受付となりますので、予定枚数に達し次第受付終了となります。
◎ローソンチケット:席種|①プレミアム・エリア・シート(指定席) ※|②一般自由席
※Zepp DiverCityのプレミアム・エリア・シート(指定席) は完売となりました。http://l-tike.com/rebecca-zepp/ (PC、モバイル共通)(Lコード:73370)WEBからお申込みの上、ローソン、ミニストップでチケットをお受取ください。
または全国のローソン、ミニストップの店内端末「Loppi」から、直接お申込み・ご購入いただくことも可能です。
◎イープラス:席種|②一般自由席http://eplus.jp/rebecca-zepp/ (PC、モバイル共通)WEBからお申込みの上、ファミリーマートもしくはセブン-イレブンでチケットをお受取ください。または、全国のファミリーマート店内のFamiポートから、直接お申込み・ご購入いただくことも可能です。
◎チケットぴあ:席種|②一般自由席http://w.pia.jp/t/rebecca-zepp/(PC、モバイル共通)Pコード:558-131[東京・大阪共通] WEBからお申込みの上、全国のセブン-イレブン、サークルK・サンクス、チケットぴあの店舗でチケットをお受取ください。または全国のセブン-イレブン、サークルK・サンクス、チケットぴあの店舗にて、直接お申込み・ご購入いただくことも可能です。
https://middle-edge.jp/articles/Z8CZt
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┃ ♪虹の都へ♪/高野寛 スキー必須曲 「ねるとん」枠のCMからヒット ┃
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|2012(平成24)年 3月13日(火)|スポニチ Sponichi Annex 情報配信
|1990(平成二)年 2月 7日(水)|リリース
|1990(平成二)年 3月?日(?)|★1990(平成二)年3月ランキング★
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1 今すぐKiss Me/リンドバーグ
2 笑顔の行方/ドリームズ・カム・トゥルー
3 今すぐKiss Me/リンドバーグ
4 虹の都へ/高野寛
5 NO TITLIST/宮沢りえ
6 夢を信じて/徳永英明
7 プレゼント/JITTERIN’JINN
8 あいにきてI・need・you!/GO―BANG’S
9 くちびるから媚薬/工藤静香
10 勇み足サミー/バービーボーイズ
注目1990/COMPLEX
※ランキングは当時のレコード売り上げ、有線放送、ラジオ、テレビのベストテン番組などの順位を参考に、話題性を加味してスポニチアネックスが独自に決定。
【虹の都へ/高野寛】87年10月から始まった、フジテレビ系「ねるとん紅鯨団」。その後社会現象にもなったお見合いパーティーの元祖となったが、同番組枠のCMからヒットソングが生まれたのは、90年の冬から春にかけてだった。デビュー3年目の高野寛が歌う「虹の都へ」は、スポーツ用品メーカー「ミズノ」のスキーウェアのCMソングになり、90年2月7日の発売前から話題に。CDシングルがリリースされるとたちまち、ヒットチャートの上位に急上昇。高野寛というアーティスト名とともに、スキー場へ向かう若者たちのカーステレオのカセットテープ(まだCDプレーヤー搭載の車は数えるほどしかなかった時代)に欠かせない1曲となった。86年に元イエロー・マジック・オーケストラの高橋幸宏らが主催した「究極のバンド」のオーディションを受け、高橋に才能を認められた。87年に「ビートニックス」のバックバンドのギターとしてツアーに参加。88年に高橋のプロデュースでソロデビュー。さわやかな外見のイメージからは想像できないが、メロディーへのこだわりは相当なものだった。そんな高野だが、音楽を生活の糧にしていく、ということが想像できなかったという。芸大に通いながらも、エンジニアになりたいと思った時期もあったとか。子どもの頃は発明家になることにも憧れた。「発明家にはなれないかもしれないが、音楽は自分独自の世界を作り上げるという気持ちは忘れたくない」と、「虹の都へ」がヒットした頃、高野はさまざまなインタビューでそう答えていた。自分独自のものを追い求め、高野の音楽追求の旅は今なお続いている。
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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%99%B9%E3%81%AE%E9%83%BD%E3%81%B8
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/yomimono/music/anokoro/03/kiji/K20120313002813950.html
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