過去の今日の出来事etSETOraですヨ(=^◇^=)

過去の今日の走る投げる打つシンプルなゲーム等だヨ(=^◇^=)


 映像◆三島由紀夫 森田必勝 憂国忌https://youtu.be/Qr1N17WBY3w
 1990(平成二)年11月25日(日) 憂国忌20年祭 東京・九段
‡1990(平成二)年11月26日(月) 放送 筑紫哲也
 
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 ┃ 今日は何の日? ┃名称、肩書き、年齢などは当時のものです
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‡1974(昭和49)年11月26日(火) 田中角栄首相が辞任表明 ⇒ 7月の参院選で敗北を喫した後、3閣僚が「金権選挙」を批判して辞任。自身の金脈問題がマスコミに激しく追及され、政局の混乱を招いたとして田中角栄首相が辞任を表明した。写真は退陣表明した後、報道陣に囲まれながら官邸を出る田中首相(中央)=東京・首相官邸【時事通信社】
‡1948(昭和23)年11月26日(金) 米ポラロイド社が世界初のインスタントカメラを発売 ※2020(令和二)年記事追加
‡1949(昭和24)年11月26日(土) 太平洋野球連盟(現パ・リーグ)が7球団で設立
‡1995(平成七)年11月26日(日) 大相撲で若乃花関と貴乃花関による初の兄弟優勝決定戦 ※2020(令和二)年記事消滅
 https://www.jiji.com/jc/daily
 2015(平成27)年11月13日(金) パリで同時テロ事件が発生し、130人が死亡 ⇒ パリで無差別テロ事件が発生し、イスラム過激主義者の一団が劇場や競技場、飲食店をほぼ同時に襲って130人が犠牲となった。フランスやベルギーでは、その後も無差別テロ事件が多発した。
‡2015(平成27)年11月26日(木) 写真◆テロ犠牲者を悼む慰霊碑とささげられた花【AFP時事】※2021(令和三)年記事削除
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 ┃ プロ野球デキゴトロジー ┃写真=BBM
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‡1949(昭和24)年11月26日(土) 2リーグ分裂! セ、パ誕生の日 
‡2017(平成29)年11月26日(日) 7:05 プロ野球の歴史の中から、日付にこだわって「その日に何があったのか」紹介していく。今回は11月26日だ。 
 写真◆正力松太郎氏
 日本プロ野球の父と言われる元巨人オーナー、正力松太郎に、本誌の大先輩記者が「2リーグ分裂時の話を聞きたいのですが」と尋ねたとき、烈火のごとく怒り、「分裂ではない。分立と言いたまえ」と怒鳴られたという。 
‡1949(昭和24)年11月26日(土)、日本プロ野球にセ・リーグ、パ・リーグが誕生(正確にはパだけ)。それは到底、“分立”などときれいに言えるものではなかった……。 
 戦後、1リーグ制で再開した日本プロ野球は年々人気が上がり、参入希望企業も増えていた。その中で正力は名誉総裁就任の
 1949(昭和24)年04月15日(金)に、将来的にメジャー・リーグ同様に2リーグ制を導入したいと目標を語った(コミッショナー就任についても進んでいたが、GHQから認めらなかったという)。 
 そのため、まずは当時の8球団から10球団に増やし、機を見て、6球団ずつ2リーグに、という考えで、まずは毎日新聞に声をかけた。 
 ただ、この拡張の動きに巨人が「苦労していまの繁栄がある。それをいまからほかの企業、それも新聞社の毎日と組むなどあり得ない」と猛反対。正力にとって身内であるはずの読売新聞が親会社だが、正力が戦犯として公職追放となり、読売と距離を置くうちに、読売内に反正力の動きがあったことが混乱を大きくした。 
 以後の流れを詳細に追っていくスペースはないが、要は1リーグ派が新規球団の参入を拒み、最後は正力がブチ切れて「だったらすぐ新リーグを立ち上げる!」となったのだ。 
‡1949(昭和24)年11月26日(土)には、東京会館別館で日本野球連盟の解体と各球団の自由意思における新構想が議決。同日午後1時に「太平洋野球連盟(パシフィック・リーグ)」が毎日新聞社別館で結成式を行った。南海、阪急、大映、東急の4球団と新球団の毎日、近鉄、西鉄がメンバーだった。 
 一方、巨人、中日、大陽、阪神も新球団の西日本、大洋、広島を加え、「セントラル野球連盟」をスタートさせる予定だったが、大陽が映画会社の松竹に買収されることが決まっており、その手続きを終えた
 1949(昭和24)年12月15日(木)に結成式。
 1950(昭和25)年01月11日(水)には国鉄が加わり、8球団でスタートすることになった。
************************* https://www.uta-net.com/song/78844
 http://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20171126-11
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①┃ 『週刊ベースボール』60周年記念企画No.033 ┃  30円
 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛写真=BBM
‡1958(昭和33)年11月26日(水)号 特別寄稿 哲治よ!御苦労さま…川上ツマ(川上選手母堂の手記)
 2017(平成29)年11月29日(水) 11:07 2018年に創刊60周年を迎える『週刊ベースボール』。おかげ様で、すでに通算3400号を超えている。現在1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永く、お付き合いいただきたい。 
◎長嶋が1億四千万で大リーグに!?
 写真◆表紙は左がカージナルスのスタン・ミュージアル、右が巨人・長嶋茂雄
 今回は『1958年11月26日号』。創刊第33号で定価30円。中カラー見開きは来日中のカージナルスのレジェンド、スタン・ミュージアル。本人のサイン入りである。表紙もスタン・ミュージアルと巨人・長嶋茂雄の2ショット。表紙に初めて2人の名前が入っている。おそらくスタン・ミュージアルの顔が分からない読者のためだろう。 
 巻頭グラビアも日米野球の様子とスタン・ミュージアル、サム・ジョーンズ、さらに長嶋の連続写真。連続写真は週刊化前からの売りの1つでもあった。 
 本文巻頭は『チャンピオン西鉄の秘密』。「その選手がはたしてどれだけの力を持っているのか評価するには、グラウンドでの、つまり試合における働きが何よりも大切だ。私生活で評価したりすることは選手に任せておけばいい」という三原脩監督は「ベースボールは、ボクシングとラグビーにつぐ野性的な競技だ。大衆の魅力もそこにあるのだと思う」と言った後、「円熟してくると野性味が失われてくるものだ」とも付け加えた。果たしてそれは選手をさすのか、采配をさすのか。その後の“騒動”を思えば興味深い言葉ではある。 
 座談会では『立ち直る巨人の力』と題し、巨人の広岡達朗、藤田元司、長嶋茂雄が出席。読んでいくと、日米野球のさなか、新聞で「長嶋が1億四千万で大リーグに」という記事があったらしい。抜粋する。 
 長嶋 いやあ、あれには参ったですよ。どこかの新聞社の人が新聞を持ってきてくれたんですよ。そしたら僕が1億四千万で売られるなんて、デカデカと書いてあるんですね。びっくりしちゃった。 
 藤田 長嶋選手の談話もちゃんと出ている(笑)。 
 長嶋 どんなことを言っているんだろう。その長嶋は(笑)。 
 藤田 “僕はアメリカに行きたいと思っているけれど”(笑)。 
 長嶋 (巨人と)契約するときは5000万なんて言われるし、今度はその三倍になっちゃった(笑)。 
 藤田 そうすると、お前の髪の毛一本いったいいくらになるんだ(笑)。 
 いまとは物価が違う。トップ選手でも月給30万円ほどが相場だった時代だ。 
 表紙タイトルにもなっている『哲治よ!御苦労さま』は3ページ。川上哲治の母・ツマさんの手記だ。野球とは関係ないかもしれないが、次の箇所に目がとまった。ツマさんは川上がトップ選手になってなお、農家の仕事を止めない理由についてだ。 
 数年前から「お小遣いは送るから百姓はやめて楽にしてください」とよく哲治がいって寄越しましたが、私はその都度断ってきました。哲治が一生懸命野球をやっているのに、親の私が左ウチワで暮らすことはファンの方に申し訳ないと思ったからです。それに人間は働ける間は働き続けなければ。 
 これぞ、日本の母か。
 では、またあした。<次回に続く>
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②┃ 『週刊ベースボール』60周年記念企画 No.243 ┃  40円
 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛写真=BBM
‡1962(昭和37)年11月26日(月)号 阪急・西本幸雄監督就任
 2018(平成30)年06月28日(木) 11:07 今年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永く、お付き合いいただきたい。 
◎小山正明は大毎へ行くのか
 写真◆表紙は左から巨人・長嶋茂雄、デトロイト・タイガース、ケーライン
 今回は『1962年11月26日号』。定価は40円だ。 
 阪急は戸倉勝城監督が辞任し、西本幸雄コーチが監督昇格。 
「近代野球は打たなくてはファンから見捨てられる。攻撃は最大の防御。立て直しには打てるチ―ムにすることだし、それ以外ない」 
 と抱負を語る。62年の阪急は5位。チーム打率は.229でリーグ最下位だった。 
 西本監督は、大毎監督時代の部下でもある山内一弘獲得を球団に頼んだという。 
 一方、山内のいる大毎は宇野光雄監督を解任し、南海・鶴岡一人監督と移籍交渉をしていたが、断念し、現役時代はサイン盗みの名人と言われた本堂保弥監督が就任した。こちらは、 
「機動力がないようでは近代スポーツと言えません。野球は走ることがすべてなんです。いや、すべてに通じるんです」 
「近代スポーツ」は当時の流行語だったのか。 
 こちらは4位。チーム打率はリーグ1位の.268だが、盗塁はリーグ5位の75だった。 
 本堂監督、というより大毎は、阪神の小山正明獲得狙い。すでに4年前から動いていたものでもある。 
 同じく阪神─大毎の田宮謙二郎と小山が親しく、さらに、この年で小山は10年選手の権利も得ているので、小山と阪神との交渉次第では実現の可能性も十分にあった。 
 左目にボールが当たり、入院が続いていた阪神・三宅秀史は現時点で左目の視力が0.04まで落ちた。一時は大毎が獲得に動いていたようだが、その情報を聞き、断念した。阪神は外野手のソロムコにサードを練習させ始めたようだが、結局公式戦でのサード出場は一度もない。 
 以下宣伝。週べ60年記念シリーズ『巨人編』『日本ハム編』『阪神編』『ロッテ編』が発売中。現在、『広島編』を6月29日発売予定で鋭意制作中です。 
 では、またあした。<次回に続く>
 備考・・・2018(平成30)年に創刊60周年を迎える『週刊ベースボール』。1日に1冊ずつバックナンバーを紹介
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 ①http://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20171129-14
 ②http://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20180627-02
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%B1%E5%88%8A%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%AB
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