「神様もその道を知らないだろう」などとうそぶいています。
それは、信仰と知識とが「十字架の知恵」だからです。
神様おひとりが義なる人々の道を知っておられます。
その道は義なる人々からも隠されています。
神様の右の御手が彼らを奇跡のように導いていきます。
それは「感情や理性の道」ではなく「信仰の道」です。
この道は暗闇の只中を貫通し、
そこで私たちは見えないものを見ることになるのです。
(マルチン・ルター)
神様を知りたかったら、
聖書を読むことと教会へ行くことです。
そして、祈りと賛美の日々を過ごすと、
いつも一緒のJesusの喜び、平安に生きることができます。
間違っても、カルト(エホバの証人=ものみの塔、統一協会や創価学会などには行かないように・・・行き着くところは、いのちではなく、破滅であり、死です。)
十字架のないところは、神の愛も聖霊の風も吹いていません。
真理は人を生かし、自由を与えます。
束縛するものはありません。
嘘がない、光の世界です。
函館の教会巡りをした時、
どの教会にも聖霊の風が吹いていました。
北海道大学の敷地内を歩いた時、
優しい聖霊の風が吹いていました。
入り口にある聖公会の教会の中にも聖霊が満ちていました。
大阪のカトリックマリア大聖堂に最初に行った日、
平日でした。
真っ白なマリア像が印象的な教会でした。
きれいなステンドグラス、
堂本印象の絵が飾られている会堂の一番前に座って祈りました。
「いやされた!」
娘がそう言いました。
頭がいたかったのに、す~っとなにかに触れられていやされたと。
すべてをご存知の神様がウェルカムしてくださいます。
神の愛の満ちる所、
教会がオープンにされていれば、
そのこともわかるかもしれません。
聖霊様はキリストの霊、
キリストへキリストへと導く真理の霊です。
心のドアを開けると、愛で満たし、いやし、平安にみたしてくださいます。
詩篇1を暗記しましょう。
メロディが天から流れてくるのがわかるでしょう。
キリエ・エレイソン
”悪しき者のはかりごとに歩まず、
罪びとの道に立たず、
あざける者の座にすわらぬ人はさいわいである。
このような人は主のおきてをよろこび、
昼も夜もそのおきてを思う。
このような人は流れのほとりに植えられた木の
時が来ると実を結び、
その葉もしぼまないように、
そのなすところは皆栄える。
悪しき者はそうでない、
風の吹き去るもみがらのようだ。
それゆえ、悪しき者はさばきに耐えない。
罪びとは正しい者のつどいに立つことができない。
主は正しい者の道を知られる。
しかし、悪しき者の道は滅びる。
(詩篇1)”
7月23日の花言葉
ハイビスカス(赤)
新しい恋・勇敢
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