弾き語りとデュエットで魅せた、麗しくもハートウォームなクリスマス・アクト。
端的に言うなれば「ようやく」ということになろうか。才色兼備のシンガー・ソングライター/ピアニスト、黒川沙良のライヴ・イヴェント〈Sala Kurokawa Christmas Live 2022〉を体感しに、東京・下北沢にあるSEED SHIPへ足を運んだ。会場は50名ほどのキャパシティに思われるこじんまりとしたフロアとはいえ、早い段階でソールドアウトとなり、生の歌声を待ち侘びて駆け付けたファンたちで一杯に。9月に竹芝のBANK30にて〈TALIKA JAPON presents MOMENT feat. 黒川沙良〉、10月に代々木・LIVE STUDIO LODGEでの3マン・イヴェント〈Make Happy!!〉、10月に下北沢のLiVEHAUSでのSWING-O主催イヴェント〈My Favorite Soul〉へのゲスト出演など近日もライヴを行なっていたのだが、タイミングが合わないまま年を越してしまうかもと思いかけた矢先に当ライヴの告知を受け、速やかに予約した次第。ライヴというところでは、TBSラジオ『アフター6ジャンクション』内のライブ&ダイレクトでのスタジオライヴを聴いていたりはしたものの、生の歌声を聴くのは初めてとなる。
個人的な黒川の音楽との出会いは、ネットサーフィン(死語)していた際に辿り着いた「ブリコー」。オートチューンがかかった憂いのあるメランコリックなR&Bに乗る凛とした声色に耳が引き寄せられ、7インチ・シングルとしてリリースされた「イイネシナイデ/ブリコー」(記事→「黒川沙良「イイネシナイデ/ブリコー」」)を手にしたのが2020年8月だから、2年以上も経過してしまった。クリスマスライヴということで、従来の趣向とはやや異なるかもしれないということも受け入れつつ、小箱だからこその距離でのアットホームなムードを楽しむことが出来た。
開演時刻より15分ほど遅れて黒川が登場。本人いわく「クリスマスということで気合いを入れてきた」という背中が開いた肩出しの黒のロングドレスでピアノの前に座す姿は、クラシックピアニストにも思える光景。おもむろに鍵盤を弾き出して始まったのは「ディス・クリスマス」。ダニー・ハサウェイが1970年に発表し、特にR&B/ソウル系のアーティストがこぞってカヴァーしている、クリスマスソングの定番曲だ。数々のカヴァーのなかでは、やはり娘のレイラ・ハサウェイのヴァージョン(来日公演でも何度か披露している →「Lalah Hathaway@BLUENOTE TOKYO」)や、ナタリー・コールがナット・キング・コールと"共演”した「アンフォゲッタブル」よろしくこちらも父と"共演”した「ディス・クリスマス(デュエット)」が好みだが、煌びやかにライトアップされた街並みに人々が胸躍る光景が思い浮かぶ跳ねる鍵盤と可憐とシックの間を行く凛としたヴォーカルの黒川ヴァージョンも美味だ。
冒頭に「ディス・クリスマス」、ラストにゲストの和田昌哉とによるナット・キング・コールの歌唱で著名な「ザ・クリスマス・ソング」のデュエット・カヴァー、また、現時点で黒川唯一のクリスマスソング「Silent Night」とクリスマス仕様ならではの楽曲に加え、いつもはライヴの最後に歌うという感謝の念を綴った「Appreciate」や「Goodbye」などバラード多めの構成。ただ、キーボードを膝上に乗せて演じた(本人いわく「初めてライヴで使ったんだけど、(膝上で)超滑る」とのこと)ミディアムR&Bラヴァー「Still I Love You」や、他人と比べずに自分として生きるのが魅力的なんだというポップなメッセージ・ソング「いいじゃん」、代表曲のひとつで気兼ねせずに打ち明けられる友人との関係性を綴った「ガールズトーク」、さらに「話し出すととまらなくなっちゃう」というMC、中盤に配されたゲストの和田とのコラボレーションやクリスマスプレゼントコーナーも加わって、アットホームかつヴァラエティに富んだステージとなった。
自分の趣向で言えば、『Prelude』収録曲ならアッパー・グルーヴな「Allnight」や「Now Best One」、スウィートなミディアム・メロウ「その光を私に射して」あたり、新しいところだと90~00年代のR&Bマナーを意識したような「I'm Going My Way」が聴けなかったのは残念だったが(クリスマスライヴというテーマゆえ致し方ないところ)、琴線に触れるメロディが魅力の「17さい」が聴けたのは良かった。アルバム『Prelude』を聴いていた時に、特に好むサウンドではないのだが、なぜか分からないが気になっていた曲で、タイトル通り17歳の時に書いた曲だという。もう歌うこともないと思っていたそうだが、夏に久しぶりのライヴとして本公演が決まり、もう一度原点に立ち返るという想いからセレクトしたとのこと。「一人なることが多くなった / でも孤独と感じたことはなかった」以降の切なさと希望がないまぜになった懐かしさも感じさせるメロディラインは、美メロ好きの耳には至極といえるのではないだろうか。
これまで、シックな横顔を捉えた『Prelude』のジャケットヴィジュアルはじめ、「ガールズトーク」のミュージック・ヴィデオでのカジュアル・モデル風や、7インチ「イイネシナイデ/ブリコー」のジャケット・ヴィジュアルのショートボブ姿など、ヘアスタイルやシチュエーションによってガラリと表情を変える彼女だが、凛とした美しいヴォーカルは不変。ただ、歌声だけで言うなら、淀みのない、というか、どこまでも瑞々しく清廉とした声は、それほど好きなタイプではない。良し悪しというよりも、綺麗過ぎてクセがない声は、自分の好みのラインになかなか触れてこない(つまらなく感じてしまう)というのが正直なところだ。その意味ではゲストで登場した和田昌哉は、R&B/ソウル・ミュージックに親和性の高いスムース&テンダーなヴォーカルでグッと惹き込まれる。CHEMISTRYのプロデュースほか、GENERATIONS from EXILE TRIBEをはじめとするLDH系を手掛け、MISIA「忘れない日々」、久保田利伸「Free your soul」などへコーラス参加しているといえば、そのソウルフルな声質とR&Bへの親和性は分かってもらえるだろう。
しかしながら、黒川は単に透明感だけのヴォーカルではない、引き寄せられるだけの声色を有している。専門的な知識がなく、音楽にも明るくないから、技術的に説明することは出来ないのだが、たとえていうなら、山の稜線が水面に綺麗に映る、波一つない静謐な湖に落ちた時に生まれる雫の輪が、次第に大きくなって外へと連なって伝わっていく振動、ヴァイブスのようなものとなって五感を刺激する……とでも言えばいいだろうか。それを揺らぎというのか正しいのかも分からないが、その輪の波動が何層にもなり、潤いある瑞々しい声と重なることで彼女にしかないグルーヴを生み出し、食指を動かす要素になっていることは確かだ。和田のユニット"Fixional Cities”の「Chocolate Milk」のデュエット・カヴァーや、元々は会いに来てくれるかも分からない意中の友人を待ち続ける女性のもどかしさややるせなさを歌った黒川の新曲「pulse」を、和田が"相手側の男性がいたら”という新たな視点を加えてリメイクした「pulse」デュエット・ヴァージョンを聴いて、その想いを強くした。
黒川ならではのグルーヴを帯びたユニークなヴォーカルワークだけでも心地よいのだが、この日の和田のようなスムース&メロウなヴォーカルやトラックと重なり合うことで、より深みや濃度が増した音楽性が導き出されていた。「調子が悪い時ほど曲が書ける」らしく、未発表曲の「Secret Call」もそうだが、ネガティヴというかうまくいかないラヴアフェアをテーマにした楽曲が多い傾向にあるのもR&B/ソウル的で(極論を言えば、R&Bなんて成就しない恋か不倫かベッドタイムソングしかない)、R&B/ソウル・ラヴァーとしては喜びもひとしおだ。そういった黒川の資質に鮮やかなコーティングやデザインを施しているのが、黒川のプロデュースを務めているトラックメイカー/プロデューサー/作・編曲家のMANABOONなのだろう。MANABOONもJASMINE、Crystal Kay、EMI MARIA、AISHA、久保田利伸らのプロダクションに関わり、色気のある"エロピ”なる鍵盤捌きを披露している気鋭の人物。以前の記事でも述べたが、黒川の稀有なヴォーカルの良さを削ぐことなく、コンテンポラリーなR&Bのエキスを注入することで、彼女の世界観をより彩って鮮やかな陰影をもたらしている。
本来は「ガールズトーク」で幕を閉じようとしていたそうだが、来年にリリース予定の未発表曲「Secret Call」と、再び和田を招き入れての「ザ・クリスマス・ソング」のデュエットをプラスして、クリスマスシーズンらしいハートウォームなム―ドでエンディング。ヴァラエティに富み、なかなかヴォリュームもあったが、気づけばあっという間の終演となった。
アフリカへ行った友人に「世界観変わるよ」と言われ、世界観を変えたいと思って「来年はアフリカに行きたい!」との目標を話していた彼女。実際にアフリカへ行き、感化され、帰国後は大陸的なアーシーなリズムやトライバルなビートを用いた楽曲もチャレンジすることもあるだろうか(笑)。そんな妄想はさておき、来年2月20日には目黒のブルースアレイジャパンにて〈SALA KUROKAWA BIRTHDAY LIVE 2023〉を開催するとのこと。MANABOONをはじめとするバンド・セットで、DJにDJ大自然(久保田利伸のライヴでもお馴染み)も参加と、今回とはまた異なるステージを味わうことが出来そう。2023年はさらなる飛躍となりそうな、そんな期待感も抱いたクリスマスライヴとなった。
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<SET LIST>
01 This Christmas(Original by Donny Hathaway)
02 I Still Love You (*O)
03 いいじゃん
04 Blue (*P)
05 17さい (*P)
06 Appreciate (*P)
07 Where's the Love(guest with 和田昌哉)(Original by 和田昌哉)
08 Chocolate Milk(guest with 和田昌哉)(Original by Fixional Cities)
09 pulse(Part II: Another parallel story Version)(guest with 和田昌哉)
MC ~Christmas Present Section~
10 Silent Night
11 Goodbye (*P)
12 ブリコー
13 ガールズトーク (*O)
14 Secret Call (未発表曲)
15 The Christmas Song(Merry Christmas to You)(guest with 和田昌哉)(Original by Nat King Cole)
(*P):song from album『Prelude』
(*O):song from album『On My Piano』
<MEMBER>
Sala Kurokawa/黒川沙良(vo,p,key)
Special guest:
Masaya Wada/和田昌哉(vo)
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【黒川沙良に関する記事】
2020/09/12 黒川沙良「イイネシナイデ/ブリコー」
2022/12/22 黒川沙良 @下北沢SEED SHIP(本記事)
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