1986年架空の歌劇(オペラ)PARTⅡ7月9日
東京・新宿厚生年金会館には足を運んでいるのに
1985年の架空の歌劇(オペラ)PARTⅠ
10月14日の神奈川県民ホールの一度だけ
(84年の3月から1年7ヶ月ぶり)
パンフレットに記載もなかったので
7月9日の東京・新宿厚生年金会館は記憶になくて
文字交換の中で届いた新聞記事
昭和60(1985)年7月10日付日刊スポーツ
ジュリーが歌った
新装開店!10ヶ月ぶり公演
写真をちっちゃくしたら文字がくっきりじゃないので
概要のみ
ジュリー、沢田研二(37歳)が317日ぶりに歌った
(紅白をのぞく前年のコンサートから)
9日、東京新宿厚生年金会館で全国ツアー「架空のオペラ」をスタート
新事務所「Co-COLO」設立し
東芝EMI移籍も正式決定し
自ら作詞、作曲した移籍第一弾
「灰とダイヤモンド」(8月8日発売)など20曲を熱唱
新生ジュリーをアピールした
6日から100時間以上のリハーサルを重ね
この日も昼過ぎには会場入り、最後の最後まで完ぺきを目指した
そのため開演は予定より27分遅れの午後6時47分
暗闇の中で「ゴーン」と腹に響くキーボードの音が流れ
照明バー3本が手前から徐々に光りを放っては天井に上がっていく
40本のスポットが客席の天井めがけて
一斉に光量を上げると、真っ白なスーツ姿のジュリーが
ステージ中央の奥から登場
蜷川幸雄氏の演出に女性ファンで埋まった会場は拍手の渦
1曲目「指」を歌うジュリーがステージ前方へ進んでくると
天井からいきなり「雨」が降ってきた
シャワーに濡れながら歌うジュリー
*記事にはないけれど6曲目は「君が泣くのをみた」
6曲目を歌い終えた後、
ジュリーは初めて客席に向かって話しかけた。
「今日は大雨の中来て下さいまして、ありがとうございます。
久々のステージです。
パチンコでいうなら新装開店、出血大サービス、どうぞ楽しんでください。」
これまでのコンサートと違って、おしゃべりはこれだけ。
あとは曲の合間に「ありがとう」を繰り返すだけ。
全ての曲を歌い終えると、きゅっと下唇をかんだ。
日刊スポーツの記者さん
客席で観ているような気持ちにさせてくれて
この記事の2ヶ月
パンフレットを買い求めた神奈川県民ホールのステージが甦って