パンフレットに寄せられた南田洋子さんからのメッセージ
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ジュリー頌―――――南田洋子
「はじめまして、沢田です」
ツブラな瞳を伏し目がちに、真っ赤になりながらあいさつをかわした彼。
もう何年前になるでしょうか。
今でも続いているフジテレビ「ミュージック・フェア」のスタジオでした。
ウカツなことに、そしておろかなことに、私はそれまでその沢田クンが当時若者のアイドルだったザ・タイガースのスターであることを知りませんでした。
そのときいらい、お仕事で、また個人的にもおつき合いがはじまりました。
たまたま逢う彼は顔色が悪く、しかし瞳だけはいつも輝いていました。
「しばらくネ、元気?」
「ええ」
「身体に気をつけてネ」
「大丈夫です」
彼はいつもことば少なく、私たちは同じ会話をくり返していました。
このナイーブな美少年が果たして芸能界の荒波を切りぬけて行けるのだろうか。
そんな私の危惧をよそに、GSの沈滞、ザ・タイガースの解散、そして新グループ結成と、いくつかの大波を切りぬけて沢田君は現在を迎えました。
きょうのリサイタルは、彼が今後の方向をボーカリスト一本にしぼった決意のあらわれとみます。
実は俳優としてもすぐれた素質を持っていると私は見るのですが、それはそれとして、たいへん良いことだと思います。
これから十年、二十年と歌い続け、やがて美青年の彼にもシワが寄ってくる時期がくることでしょう。(ゴメンなさい)
そんなときになっても、その年齢に合った魅力を保ち、どんな世代の人とも対話のできる歌手になってほしい。
そして、きょうのリサイタルが過去の集大成ではなく、輝ける未来へのスタート台であってほしいと心から願っています。
八年間も歌番組の司会をやっておりますと、ホンモノとそうでないものとの区別が幾分でもつくようになります。
大変僭越ですが沢田君は本物になれる力を持った歌手であると私は信じています。
きょう彼のために集まって下さったファンの皆様もきっと思いは同じだと思います。
どうかこの日の感激を忘れることなく、いっそう精進されることを心から祈ります。
そして、最後にもうひとつ、私があんまりおばあさんにならないうちにドラマで共演しましょうネ。(1971.12.3記)
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残念ながら南田洋子さんとの共演は叶わなかったけれど
あれから44年も歌い続けて
年齢に合った魅力を保って 親子三代のファンもいるヴォーカリストになって
現在の沢田研二 南田洋子さんの願った通りの真っ最中かな
ザ・タイガースの青盤の懐かしいジャズ喫茶のLIVE音源で
タイガースのヴォーカリスト ジュリーに繋がって
ザ・タイガースの赤盤のCDジャケットで 懐かしいソロ・リサイタルのパンフレットに繋がって
リサイタルのパンフレット 沢田研二に寄せられた4人のメッセージに
44年後の 現在の沢田研二に繋がって
これでようやく 沢田研二LIVE2013「Pray」ツアーの申し込み最終決定