四半世紀前(ってすごいなw)私は田舎の高校生でした。
その頃私は福岡市東区の端っこから中央区の高校へ通っていました。
当時福岡の高校事情は「本命は県立、滑り止めは私立」という構造になっており、モデルガンばかり
いじっていた私は当然の如く本命を落っこち、なんとか引っ掛かった私立へ不承不承通っていました。
実家からかなり離れた高校でしたので周りに同じ中学の友だちはおらず、通学も顔見知りに
会わない寂しい高校生活のスタートでした。
そんな中でも何か良いことはあるものです。
何が良いってあなたw、それまでたまにしか行くことが出来なかったトイガンショップに学校帰りに
毎日のように通えるという夢のような環境が待っていたのですw
その頃の福岡市にはMGCとSWATの2軒のモデルガン専門店がありました。
メーカー直営店のMGCは客層が大人のセレブなお店で、高校生が気軽に立ち寄るには
向かないお店でした。(と自分では思っていました)
一方SWATは無愛想なおいちゃんと愛想の良いおばちゃんの二人が交代でやっている店でした。
おいちゃんは(中身はそんなじゃないんですが)見た目その筋の方のような風貌で、小学生が
店の窓を覗いて「えーっ!今日おいちゃんの日やん!」と言って走り去るくらいでしたw
高校から歩いて行ける距離にあり、長居しても嫌な顔されないので私はSWATに足繁く
通うようになりました。
そんな高校生活にも慣れた秋頃、SWATにあのイチロー・ナガタ氏が来店するという話を
おばちゃんから聞きました。
当時店でGUN誌とCM誌のどちらも読める環境(って買えよw)にあった私はGUN誌ではヨーロッパ支局と
ターク・タカノ氏のレポートのファンでしたが、一方その頃CM誌に移籍したイチロー・ナガタ氏の
素晴らしい写真と直感的なレポートの大ファンでもありました。
あのイチローさんが来る!当時の私には大きな驚きと喜びで、友だちと当日は何にサインして
もらうかを熱心に話し合ったもんでした。
イチローさん来店の当日は平日だったので学校を休んで行こうと思っていましたが、そんな
我々の行動を予期してか来店時間は学校が終わってからの夕方に設定されてしまいました。
当日は授業なんか当然上の空で終わると全力でSWATに走っていきましたw
店に着くと10坪ほどの店内には人が溢れかえっていてカウンターの中にイチローさんが
ちょこんと座っていました。
雑誌で見たとおりの風貌と想像より高め声で穏やかなしゃべり口の人だなぁというのが第一印象でした。
とりあえずサイン会となり、当時新発売のコクサイM19&M66の下敷きをみんなもらって銀色のマーカーで
サインしてもらいました。
それから質問タイムになり当時イチローさんがやっていたコンバットシューティングの話題が出ると、
「それじゃ実際にやってみようか?」
と言われ、突然近所の公園でシューティング教室が開かれることになりました。
(注:当時でも公園でモデルガンを発火させるのは非常識な行為でしたのでドライファイヤでした)
最初に構え方、狙い方、走り込んでの撃ち方などレクチャーしてもらい、各人がそれぞれ実践して
イチローさんがアドバイスをしてくれるという楽しいシューティング教室でした。
あっという間に秋の日は暮れて、もう見えなくなったのでみんなで集合写真です。
高校生の頃のマニアな思い出バナシとしては一番ですねぇ。
その後もイチローさんには数回お会いする機会があるのですがそのときの話はまたいずれ。
大人よりも境遇的に恵まれない子供達に対するこのようなイベントは、掛け値なしに良い事であると思います。
いいとこあるじゃないですかイーチさんw
なんと言ってもカリスマ的存在でしょうから、その存在価値を活かしてドンドンやっていただくと、業界も活性化されることでしょう。
いいなあ、このような思い出って。
私には皆無なのです・・・うらやましかあw
東京で行われていた氷川丸や東京タワーでのイベントに比べればささやかなものでしたが当時雑誌しか情報がなかった私には大きなイベントでした。
帰国の際に貴重な時間を割いて頂いたイチローさんには感謝です。
マニアにとってはタマラナイお話はいいですね♪
今、丁度、KENさん著の「ビアンキカップへの道」
を読んでいて、イチロー・ナガタ氏の話が出てくる
ので、私にとってはタイムリーでした。
小さい頃にこういった経験があると、プロ野球の
少年野球教室みたいに、未来に夢をもつガンマニア
が生まれるのでしょうね、Jumoさんみたいに。
羨ましいデス!
当時からの仲間とは「あのときは興奮したなぁ」と今でも思い出話に花が咲きますw
イチローさんが福岡出身だからなのかと思ったら、鹿児島でしたね。SWATさんとどういう関係があったのか知りませんが、このような場をつくってくれた良いお店が近くにあって羨ましいかぎりです。
イチローさんが最初にSWATを訪れたのはご実家に帰省される途中に寄られたのだったのではないかと思います。
長旅でお疲れのはずなのに我々と遊んで頂いたイチローさんと我々と遊んでもらえるようお願いしてくれたSWATのおいちゃんとおばちゃんには今でも感謝です。