「心身の神癒」より。

2015-03-17 01:48:38 | 日記

     ~ 恩師の御講演「心身の神癒」より ~

    
            第十話

124、それはそれ自身としての実在ではない。
      それは目的に対する手段であって、目的そのものではない。
      その故にこそわたしは肉の望むもの(複数)と肉のもの(複数)
      には終わりが来るが、み霊のもの(複数)存続すると、いうのである。

125、現象我は感覚の幻影である。
      しかし真の現象我は聖なるみ霊が日常の行為に
      現れた相(すがた)である。

126、わたしが弟子たちの間から引いて始めて、
      イエスの現象我という幻影から解放されたわたしは彼らの許へ
      行くことができたのである。


              ~ 感謝・合掌 ~



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