そのさきへ -Deep Sky Blue version-

このブログは引っ越しています

[MLB短評]ポスト・マネーボール時代

2012-01-15 12:28:50 | MLB
Helping baseball's scouts in a post-'Moneyball' world (Los Angels Times)

オークランド・アスレチックスのビリー・ビーンGMとそのアシスタントのポール・デポテスタが起こした、低予算でもプレオフ進出を果たすことができるという、これまでの常識を覆した球界の革命は、後にマイケル・ルイスにより書籍化され、昨年、日本でもこの本を下にした映画が公開されたことで、一気に市民権を得ました。

映画の中では、成績低迷にあえぐアスレチックス内でスカウト陣とビーンGMがどの選手をオフシーズンに獲得するべきか話しあう場面があります。老齢のスカウトたちがいろいろな選手名を、成績だけでなく個性や性格面でああだこだというのを、ビーンGMは浮かない顔をして聴いています。そして話を遮るように、そんな選手たちを狙っているようではダメだといい、ノートPCを携えて同席していたデポテスタと共にいろんな選手をホワイトボードに掲げます。それらはほとんどのチームから見放されたお払い箱ばかりで、スカウトたちが浮かない顔をしはじめますが、彼らはいわゆる「セイバーメトリック」とよばれる手法で選ばれた「精鋭」でした。このやり方には監督もファンも懐疑的でしたが、その後、2003年シーズンにアスレチックスがプレイオフ進出を果たすことで、ビーンは正しかったことが証明されました。

この裏で、スカウトたちはその職を追われました。1年のほとんどを選手を探すための車か安いモーテルで過ごし、食事もファストフードかデニーズか、おまけにどれだけの将来の大スターを探しだしても給料は安いまま。それでも数人のスカウトでは全米を見まわるわけにはいかないから、通常のチームは10人以上のスカウトを抱えていました。しかし、多くのチームがアスレチックスの手法をルイスの本で知ると、「マネーボール」出版の翌冬に103人のスカウトが解雇されたそうです。どんなものにも、必ず光と影があることを思い知らされます。

そうしたスカウトの不安定な地位と生活を守るため、Professional Baseball Scouts Foundationという組合的な団体があることを今回初めて知りました。これが設立されたのは2003年、つまりアスレチックスがセイバーメトリックでプレイオフ進出を果たした年だったのは必然だけだったのか、今後「マネーボール」の手法が広まることをスカウトの眼力で予期していたのかはわかりません。今回、この団体の年次総会がロサンゼルスで行われるとのことで、殿堂入りのジョニー・ベンチやフランク・ロビンソン、ドジャーズの現役スターであるマット・ケンプやバド・セリグMLBコミッショナーがゲストで資金集めをするとのことです。

しかし、どれだけサイバーメトリックが流行しても、最終的に選手を見極めるのも、チームが強くなるのも人間であることは変わりありません。選手の獲得、特に新人選手の獲得でも、最終的にはスカウトの眼力も必要となるはずです。それは数字だけでは語られないプロでの適性というものを実際の動きから探るためでもあります。

「マネーボール」が注目を浴びたのは、東海岸では当たり前だった「金で優勝を買う」やり方が間違っているという潜在的な意識に対して、必ずしも正しくないと証明しただけでなく、どんなものでも数値化、統計的により白黒付けようとするアメリカ独特のビジネス感覚の強さが影響していると思います。そこには、片や手段を選ばない勝者へのやっかみ、片や勝者になるための方法という、相対するものが存在しています。メジャーリーグのスカウトはそうしたものの狭間で生きなければならなくなったのかもしれません。

でも、最終的な決め手は数字ではなく生身の人間が握る、そのことは映画「マネーボール」でも描かれていました。2003年シーズン開幕直後、負けが込んでいながらも大音量の音楽を流しながらクラブハウスで騒ぐ選手たち。そこにビーンGMがバット片手に現れ、CDラジカセを壊します。そして流れる沈黙。「これが敗者の音だ!」とGMが選手を一喝します(恐らくハリウッド独特の脚色があるとは思うのだけど)。数字は嘘を付きませんが、数字が将来を決めてくれるわけでもないのです。

マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男

マイケル・ルイス
ランダムハウス講談社


最新の画像もっと見る