Missed call ends Galarraga's perfect bid (MLB.com)
Gammons: Tigers, Joyce show class (MLB.com)
Bodley: Selig makes the right call (MLB.com)
What Jim Joyce's bad call teaches us (Washington Post)
日本時間6月3日の朝、いつものように仕事場のPCを立ち上げ、いつものようにこっそりTwitterをチェックしていたら、
驚くべきニュースが飛び込んでいました。「タイガースのアーマンド・ガララーガが完全試合中」。すぐさまMLB.comへ
アクセスして、これまたこっそりとインディアンズと対戦中のタイガースの試合をGameDayで追いかけることにしました。
ガララーガは8回表を難なく乗り越え、8回裏のタイガースの攻撃の後、1週間で2回目の完全試合が目前になりました。
ガララーガが1アウト、2アウトと獲得し、あとひとり。打席にはジェイソン・ドナルド。仮にここでガララーガがドナルドを抑え、
完全試合を達成したら、1ヶ月に3回も達成される完全試合って実は簡単なものなんだろうというコラムがどっと増えるに
違いない。そう考える反面、仮にドナルドがヒットを打てば、この夜のトップニュースにはなったとしても、SIやESPNは
せいせい「ガララーガは非常に惜しかった」程度の取り上げ方で、翌日からのNBAファイナルの予想を始めるでしょう。
そしてドナルドが打った・・・そのときGameDayに出た文字は”In play, no out”。あぁ、ガララーガは完全試合を逃した、
動画を見ていないので、そのときはそのような印象しか抱くことができませんでした。
しかしこの"no out”のプレイは、ダラス・ブレイデンの感動的な完全試合達成や、ロイ・ハラデイの匠の投球術による
完全試合達成よりも、人々の記憶とアメリカプロスポーツの歴史に残るものになりました。1-2塁間の内野安打と
判断されたこのプレイは、実はベースカバーに来たガララーガの足が、ドナルドよりも先にベースを踏んでいたのです。
それでも1塁の塁審だったジム・ジョイスはセーフの判断。そしてメディアはこれをありきたりな言葉「世紀の大誤審」
(21世紀の現代に21回目の完全試合になるはずだったからか?)と騒ぎ始めました。
絶え間ないリプレイの再生とメディアの報道の裏で、まだ若いガララーガもベテランのジョイス審判も非常に大人の
対応をしました。「人間にはミスはつきものだからジョイスを責めない」とするガララーガ、すぐに自分の判断が若い
選手の夢を砕いてしまったことを認めたジョイス。「あれはミスコールだ!」「いや自分の判断は間違っていない」と
対立しあうのも珍しくないスポーツ界にあって、珍しいくらいの穏やかな解決。それどころか、翌日の試合前には、
ガララーガが塁審のジョイスの元へスタメン票を持参するという演出まで加わりました。おまけに、GMはガララーガに
慰めのコルベットをプレゼントしました。ランナーを出さなかったブレイデンやハラデイはそうしたものを貰っていませんが。
一方で外野ではいつもどおりの大騒ぎが展開されています。それこそがジョイスのコールが「世紀の大誤審」にまで
引き上げているのではないかと思えるほどです。その焦点のひとつは、ホームランだけでなくあのような塁上プレイでも
ビデオ判定を行うべきではないかと言うこと、そしてもうひとつが、コミッショナーのバド・セリグはあの判断を職権で覆し、
最低でもドナルドはエラーでの出塁としてノーヒッター試合にする、願わくばドナルドをアウトとして完全試合にすべしと
極端な意見まで出ました。
そうした騒ぎをよそに、セリグはガララーガの投球を褒め、一方で将来のビデオ判定への検討余地を残す一方、
ジョイスの判断を変えることはしませんでした。そして今度はこのセリグの判断について議論がはじまりました。
もともと人気の無いコミッショナーの声明に対して、予想通り批判する内容のコメントが多く寄せられました。SI.comの
ジョン・ヘイマンは「今回に限り」コミッショナーは一度フィールドで下された判断を覆すべきだとしています。しかし、
これらはすべてガララーガがかわいそうで、かつセリグはダメなコミッショナーだという感情論だけで片付けられている
印象を受けます。
それどころか、ホームラン以外でビデオ判定が導入されていない現在において、仮にセリグがここで職権発動をしたら、
審判の仕事ぶりではなく、審判の判断に実質的なビデオ判定が下される結果になります。それを「今回限り」として
行えば、今後雪崩こむように同様の判断をすべしと求められます。また、今回は完全試合か否かという究極的な
プレイでの判断でこのような問題が起こったわけですが、仮にセリグがフィールドの判断を覆せば、完全試合の価値が
下がるような印象を受けます。終わったことは変えられないわけで、セリグの判断は至極全うだと考えます。
ただし、これらのことと将来のビデオ判定導入の是非は、ガララーガ-ジョイスの件は単なる引き金になるにだけです。
それでも、メジャーリーグの他のチームの監督、例えばジョー・ジラルディやケン・モッカはビデオ判定に対していい顔を
していません(セリグも長年ビデオ判定を拒否していましたが)。
そして、今回の一件で改めてわかったこと、完全試合というものはやっぱり難しいのだということです。いくらここ最近の
メジャーリーグ界が投手有利になってきているとはいえ、1ヶ月間に2回も達成されると完全試合のすごさにすら疑問も
抱かれるようなときにあり、3回目まで達成されたら、その有り難さの欠片もなくなってしまうのではないかと思えてきます。
完全試合とは、完璧な投球、完璧な守備、そして完璧な判断の三位一体で初めて達成されるのだとその実感します
(コミッショナーの介入では作られないのです)。皮肉にも今回の一件は、最後の完璧さが最後の場面で崩れ去り、
完全試合以上の有り難い、いや、あり得ない試合になりました。
Gammons: Tigers, Joyce show class (MLB.com)
Bodley: Selig makes the right call (MLB.com)
What Jim Joyce's bad call teaches us (Washington Post)
日本時間6月3日の朝、いつものように仕事場のPCを立ち上げ、いつものようにこっそりTwitterをチェックしていたら、
驚くべきニュースが飛び込んでいました。「タイガースのアーマンド・ガララーガが完全試合中」。すぐさまMLB.comへ
アクセスして、これまたこっそりとインディアンズと対戦中のタイガースの試合をGameDayで追いかけることにしました。
ガララーガは8回表を難なく乗り越え、8回裏のタイガースの攻撃の後、1週間で2回目の完全試合が目前になりました。
ガララーガが1アウト、2アウトと獲得し、あとひとり。打席にはジェイソン・ドナルド。仮にここでガララーガがドナルドを抑え、
完全試合を達成したら、1ヶ月に3回も達成される完全試合って実は簡単なものなんだろうというコラムがどっと増えるに
違いない。そう考える反面、仮にドナルドがヒットを打てば、この夜のトップニュースにはなったとしても、SIやESPNは
せいせい「ガララーガは非常に惜しかった」程度の取り上げ方で、翌日からのNBAファイナルの予想を始めるでしょう。
そしてドナルドが打った・・・そのときGameDayに出た文字は”In play, no out”。あぁ、ガララーガは完全試合を逃した、
動画を見ていないので、そのときはそのような印象しか抱くことができませんでした。
しかしこの"no out”のプレイは、ダラス・ブレイデンの感動的な完全試合達成や、ロイ・ハラデイの匠の投球術による
完全試合達成よりも、人々の記憶とアメリカプロスポーツの歴史に残るものになりました。1-2塁間の内野安打と
判断されたこのプレイは、実はベースカバーに来たガララーガの足が、ドナルドよりも先にベースを踏んでいたのです。
それでも1塁の塁審だったジム・ジョイスはセーフの判断。そしてメディアはこれをありきたりな言葉「世紀の大誤審」
(21世紀の現代に21回目の完全試合になるはずだったからか?)と騒ぎ始めました。
絶え間ないリプレイの再生とメディアの報道の裏で、まだ若いガララーガもベテランのジョイス審判も非常に大人の
対応をしました。「人間にはミスはつきものだからジョイスを責めない」とするガララーガ、すぐに自分の判断が若い
選手の夢を砕いてしまったことを認めたジョイス。「あれはミスコールだ!」「いや自分の判断は間違っていない」と
対立しあうのも珍しくないスポーツ界にあって、珍しいくらいの穏やかな解決。それどころか、翌日の試合前には、
ガララーガが塁審のジョイスの元へスタメン票を持参するという演出まで加わりました。おまけに、GMはガララーガに
慰めのコルベットをプレゼントしました。ランナーを出さなかったブレイデンやハラデイはそうしたものを貰っていませんが。
一方で外野ではいつもどおりの大騒ぎが展開されています。それこそがジョイスのコールが「世紀の大誤審」にまで
引き上げているのではないかと思えるほどです。その焦点のひとつは、ホームランだけでなくあのような塁上プレイでも
ビデオ判定を行うべきではないかと言うこと、そしてもうひとつが、コミッショナーのバド・セリグはあの判断を職権で覆し、
最低でもドナルドはエラーでの出塁としてノーヒッター試合にする、願わくばドナルドをアウトとして完全試合にすべしと
極端な意見まで出ました。
そうした騒ぎをよそに、セリグはガララーガの投球を褒め、一方で将来のビデオ判定への検討余地を残す一方、
ジョイスの判断を変えることはしませんでした。そして今度はこのセリグの判断について議論がはじまりました。
もともと人気の無いコミッショナーの声明に対して、予想通り批判する内容のコメントが多く寄せられました。SI.comの
ジョン・ヘイマンは「今回に限り」コミッショナーは一度フィールドで下された判断を覆すべきだとしています。しかし、
これらはすべてガララーガがかわいそうで、かつセリグはダメなコミッショナーだという感情論だけで片付けられている
印象を受けます。
それどころか、ホームラン以外でビデオ判定が導入されていない現在において、仮にセリグがここで職権発動をしたら、
審判の仕事ぶりではなく、審判の判断に実質的なビデオ判定が下される結果になります。それを「今回限り」として
行えば、今後雪崩こむように同様の判断をすべしと求められます。また、今回は完全試合か否かという究極的な
プレイでの判断でこのような問題が起こったわけですが、仮にセリグがフィールドの判断を覆せば、完全試合の価値が
下がるような印象を受けます。終わったことは変えられないわけで、セリグの判断は至極全うだと考えます。
ただし、これらのことと将来のビデオ判定導入の是非は、ガララーガ-ジョイスの件は単なる引き金になるにだけです。
それでも、メジャーリーグの他のチームの監督、例えばジョー・ジラルディやケン・モッカはビデオ判定に対していい顔を
していません(セリグも長年ビデオ判定を拒否していましたが)。
そして、今回の一件で改めてわかったこと、完全試合というものはやっぱり難しいのだということです。いくらここ最近の
メジャーリーグ界が投手有利になってきているとはいえ、1ヶ月間に2回も達成されると完全試合のすごさにすら疑問も
抱かれるようなときにあり、3回目まで達成されたら、その有り難さの欠片もなくなってしまうのではないかと思えてきます。
完全試合とは、完璧な投球、完璧な守備、そして完璧な判断の三位一体で初めて達成されるのだとその実感します
(コミッショナーの介入では作られないのです)。皮肉にも今回の一件は、最後の完璧さが最後の場面で崩れ去り、
完全試合以上の有り難い、いや、あり得ない試合になりました。