
先週火曜日に、一足も二足も早く映画「アルゼンチンババア」を中野サンプラザで見てきました。
主な登場人物は、母をなくした父子と「アルゼンチンババア」の3人です。
この話はいろいろな見方ができると思うのですが、率直に思ったことは、この父と子は、根っこの部分で
似ているなということです。父は墓を作る石彫り職人、子はパン作りの好きな女子高生(将来の夢は
地元でパン屋を開くこと)という点からしても、どちらも職人肌です。そしてどちらも曲がったことは
好きではないというものの考え方もある意味似ているようです。
ただし、考えている内容は全く逆で、父は自分の妻が先立ったことを受け入れられず「ババア」の屋敷に
居候することになる(そして「ババア」との間に子供を作ってしまう!?)、子はそんなわがままな父を
何としても屋敷から連れ戻したいと、いろいろ考えます(そしてムチ打ち症になってしまう!?)。
そんな親子と接しながら、広い心で理解する「ババア」、そういう存在でしょうか。
そして、この父子にとって失われた母への想いも非常に強かったのだと思います。でも死に際をこの目で
見てしまった子にとっては、それを受け入れざるを得なかった、妻の死を悟っていた父にとっては、
絶対に受け入れられないことでもあったのです(妻は夫に対して「私が死んだらお墓を作ってね」と
頼んだらしいのですが、それは裏返せば妻が先に死んでしまうことを意味します)。そうした父子の考え、
母への想いが、奇しくも「ババア」の妊娠という形で強められたのも(あの歳で妊娠しねぇだろう!
などという突っ込みは置いといて)、おもしろい対比に思えます。
そして、「ババア」は子供ひとりを産んだのと入れ替わるように、この世を去ってしまいます。もしかしたら、
この赤ちゃんが母親の生まれ変わりを象徴しているのかもしれません。
主な登場人物は、母をなくした父子と「アルゼンチンババア」の3人です。
この話はいろいろな見方ができると思うのですが、率直に思ったことは、この父と子は、根っこの部分で
似ているなということです。父は墓を作る石彫り職人、子はパン作りの好きな女子高生(将来の夢は
地元でパン屋を開くこと)という点からしても、どちらも職人肌です。そしてどちらも曲がったことは
好きではないというものの考え方もある意味似ているようです。
ただし、考えている内容は全く逆で、父は自分の妻が先立ったことを受け入れられず「ババア」の屋敷に
居候することになる(そして「ババア」との間に子供を作ってしまう!?)、子はそんなわがままな父を
何としても屋敷から連れ戻したいと、いろいろ考えます(そしてムチ打ち症になってしまう!?)。
そんな親子と接しながら、広い心で理解する「ババア」、そういう存在でしょうか。
そして、この父子にとって失われた母への想いも非常に強かったのだと思います。でも死に際をこの目で
見てしまった子にとっては、それを受け入れざるを得なかった、妻の死を悟っていた父にとっては、
絶対に受け入れられないことでもあったのです(妻は夫に対して「私が死んだらお墓を作ってね」と
頼んだらしいのですが、それは裏返せば妻が先に死んでしまうことを意味します)。そうした父子の考え、
母への想いが、奇しくも「ババア」の妊娠という形で強められたのも(あの歳で妊娠しねぇだろう!
などという突っ込みは置いといて)、おもしろい対比に思えます。
そして、「ババア」は子供ひとりを産んだのと入れ替わるように、この世を去ってしまいます。もしかしたら、
この赤ちゃんが母親の生まれ変わりを象徴しているのかもしれません。