その1 昨日から今朝にかけて感動いっぱい やっと日付変わって午前4時にブログアップ
平成30年 西暦2018年10月10日 水曜日 旧暦9月2日
いつものように我がフェイスブックのコピペ編集
なんといっても輪島の逝去が
我が人生って旅を再考させました!!
輪島の土俵入り
輪島と北の湖
貴乃花の親父が輪島の断髪式に!!
今まで何度となくアップしたが56歳で逝ったスティーブ・ジョブズのスピーチに改めて人生って旅を考えさせられる。
それと突然体重が動く
とはいっても0.5キロ減少だが
もうれつに我が細胞どもが食べ物を要求
今朝午前4時には1キロアップしして67.5キロ
でも早朝散策後は多分67キロのはず!!!
最近おしゃれなソックスで散策
それではコピペスタート
朝の忙しいときに
トルコ大紀行を見てします!!!
素敵な国です。
我輩がこれまでに学会で知り合ったトルコの人たちは自由で明るく素敵な人でもありました。
今回の番組を見て納得
動画は我がフェイスブックを訪問されたし!!
YOUTUBE.COM
【トルコ大紀行】エピソード4~トロス山脈と地中海~
幻想的で美しい景色で人々を魅了する地中海世界。アンタルヤでは2500年以上も燃え続けるというま…
YOUTUBE.COM
【トルコ大紀行】エピソード2~エーゲ海の魅力~
トルコ国内でも特に美しいとされるエーゲ海沿岸の都市、ムーラ、イズミル。イズミルでは、自然と…
その3 昨夕の動画 3本 ラジオ体操 青空ロータリ公園そして波高し風強しバックビーチ
夕方のラジオ体操を終えてから散策スタート
その前の午後2時半の休憩時間は
山梨行きのTam Huynh
宮城県石巻市行きのThucと楽しき露店喫茶でお話
その2 日付変わって昨夕からの出来事
平成30年 西暦2018年10月10日 水曜日
我らの世代には1964年のこの日の東京オリンピック開催日が体育の日祝日だが!!
昨日は0.5kgだけ体重が下がり66.5kgに!!
たかが0.5されど0.5kg
身体が食べ物を要求
食べました昨日は!!
夕方の散策中にも体が要求
ファミマでおにぎり2個を!!
さすがに散策途中に間食休憩すると
歩く速度が20%くらいに落ちましたが!!
午後2時半の休憩時間も例の露店喫茶で大笑い
そして授業終了後にはラジオ体操!!
ちょっと遅めの夕方散策
午後5時15分の高校前は生徒たちの帰宅時間生徒いっぱい
ビーチは東風が強し波高し
でも眺望はよしでした。
ファミマで間食して
プルマンホテルとロッテマート経由してラストはPhoBo
午前2時15分の体重は67kgに戻っていました。
輪島を偲んで写真3枚 土俵入りと輪湖と断髪式の貴乃花の親父さん
午前2時20分アップ
その1 角界のサラブレッド 流石に貴乃花 もったいない貴乃花を追い出した相撲協会!!
理事長以下協会幹部が貴乃花に頭を下げ理事長職を献上するくらいの度量がないと角界はつぶれるかも!!
貴乃花の追悼文には品あり
元貴乃花親方が輪島さんを追悼「輪島のおじちゃん」
[2018年10月10日1時26分]
1日付で日本相撲協会を退職した元貴乃花親方(元横綱)の花田光司氏(46)が10日、貴乃花応援会公式サイト内のブログを通じ、大相撲の第54代横綱輪島で死去したことが分かった輪島大士氏(本名・輪島博=享年70)の死を悼んだ。
花田氏は「輪島さんに哀悼を告げます」と題し、以下の文章をつづった。
「哀悼を告げます。輪島さんに最後にお会いしたのは、未だに私の尊敬する、亡き北の湖前理事長との対談をされていたときで、その際傍でご挨拶ができました。その時は、声帯の手術と治療をされていると聞きましたが、かすれながらに『こうじ、こうじ、』と、元気にお声がけ頂いたことが思い出されます。それが輪島さんと最後にお会いした時でした。その時期の私は、北の湖理事長の下で職務を学んでいた頃でした。輪島さんに久しぶりにお会いできて大変嬉しく、同時に北の湖理事長の輪島さんに対する労わりの精神を垣間見させていただきました」
花田氏は、輪島氏との最後の対面を明かした。その上で、敬愛した当時の理事長で15年11月に亡くなった北の湖敏満氏も、輪島氏には一目置き、尊敬の念を持って接していたことをつづった。
「北の湖理事長も横綱を張った輪島さんとあって緊張された様子でした。その御心を察して、手を引くように国技館をご案内され、労わるように輪島さんの前を歩いておられたそのお姿。神が降臨したかのような北の湖理事長の優しさ、美しさ。そして、近年の実績でも追従をゆるさない横綱北の湖関に、私は魅了されてしまいました。輪島さんの緊張を察してそれをほぐすかのように、川の流れのように、自然体で深くて美しくゆったりとした風格。それこそが私には印象的でした」
そして輪島氏が気さくな人柄で周囲から愛されていた思い出話を明かした。
「輪島さんとその前にご同席できたのは、石川県にあります、かの有名な加賀温泉の加賀屋様でのひと時でした。一晩、加賀屋様にお泊めいただいた私は、「この世に竜宮城のような、こんな絢爛豪華なお宿があるのか」と思った次第です。それに加えて、従業員さんたちの礼儀正しさと、気品溢れる大女将様の仕草と語らいは、日本国を代表するこの世の居留地であり、人生のあらゆる場面で生じた喜怒哀楽を青く澄んだ海に浮かべることができるようなお宿で、展望台の中に佇んで旅情を包んでくれる御心与えしおもてなしでした。輪島さんの気さくで誰も真似のできない会話のユニークさ、そして、演出できない輪島さん節を聞きながら、天空のお宿、加賀屋様で過ごした思い出は私の人生の財産です」
また輪島氏が85年に花籠名跡を担保に借金したことで日本相撲協会を離れた後も、各界で支援されていたと明かした。
「輪島さんは定年以前に角界を去りましたが、後援会長や支援者に長年にわたり愛され、大切にされた方です。個人名は出せませんが、輪島さんを永年ご支援された方々は存じております。私の父、先代貴ノ花の師匠からも輪島さんが人々に愛され大切にされてきたお話はたくさん聞いておりました」
また幼少期に輪島氏に出会った思い出もつづった。
「私が幼い頃ですが、輪島さんは先代貴ノ花の自宅へ遊びに来られていました。夜に突然来られてあっという間に残り香を遺して帰られるような輪島さんは、私の子供の頃の記憶を辿ると、宇宙人みたいな、それこそ天孫降臨されたような方でした」
さらに父の貴ノ花親方が生前、輪島氏が代名詞「黄金の左下手」を、より光らせる技を持っていたと明かしたこともつづった。
「大相撲の時代を作った輪島さんの黄金の左下手は天才です。ふと私の父の遺した言葉が蘇りますが、"輪島は黄金の左下手といわれるがそれは違う、左を差した時の右からのおっつけが強かった。"黄金の左下手には、そんな秘訣もありました。これも私の父が遺した言葉です。"北の湖は天才。北の湖は若い頃から孤独でそれに打ち勝って横綱になった。北の湖は強かった。"もう一つ父の言葉が蘇ってきます。"俺は、玉の海関に強くしてもらった。玉の海関がいなかったら今の自分は存在しない。"輪島、貴ノ花が若手の筆頭株で、二人で幕内上位に昇り龍のごとくに活躍していた前から、バリバリの若手を相手にして息も上がらずに、一番も負けずに何十番と稽古をつけられた方が、横綱玉の海関でした。玉の海関は、解説でも著名な北の富士親方の盟友でもあった方です。私も本場所中は花田家の仏前に祈りを捧げて通っておりましたが、玉の海関の戒名もうちの仏前には書き込んでありました。毎回、私は御先祖様と玉の海関に蝋燭とお線香をたいて祈りを告げておりました」
花田氏は最後に「輪島さんの思い出を辿ると、先代貴ノ花の師匠が遺して下さったお話も尽きないほどに思い出されますが、どれもが懐かしいことばかりです。輪島さんのあの愉快な楽しい話がまた聞きたいです。グァム旅行にご一緒したこともありました。大きな大きな背中の輪島のおじちゃんとの大切な思い出を、いつまでも心にしまっておきたいと思います」(原文のまま)と、輪島さんへの思いをつづった。
その6 最近 木村さんと知り合って石川県に関する記事に目が行く
大横綱だった石川出身の輪島が逝去を知り
Steve Jobsの言葉が思い出される。
元横綱輪島大士さんが死去 70歳、「黄金の左」
[2018年10月9日13時33分]
大相撲の第54代横綱輪島で、北の湖とともに輪湖時代を築いた輪島大士氏(本名・輪島博)が死去したことが9日、分かった。70歳だった。
1948年(昭23)1月11日、石川県七尾市生まれ。日大3、4年時は連続学生横綱。花籠部屋に入門し、70年初場所幕下付け出し(60枚目格)で初土俵。73年名古屋場所で横綱に昇進。
「黄金の左」を武器に優勝14回。ライバル北の湖と輪湖(りんこ)時代を築いた。81年に引退し、花籠部屋を継承。しかし、85年に花籠名跡を担保に借金したことで日本相撲協会を離れた。
86年に全日本プロレス入門。88年の引退後は学生援護会アメリカンフットボール部の総監督、タレントなどでも活躍した。
13年12月に咽頭がんの手術を受けたが、翌14年には高田川部屋へ、二所ノ関一門の連合稽古を見学に訪れ、筆談に応じるなど元気な姿をみせていた。
第55代横綱で、日本相撲協会の理事長を務めた北の湖敏満氏は15年11月に亡くなっている。
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STEVE JOBS Last Words -
スティーブジョブス最後の言葉
I reached the pinnacle of
success in the business world.
私は、ビジネスの世界で、成功の頂点に君臨した。
In others’ eyes, my life is an epitome of success.
他の人の目には、私の人生は、
成功の典型的な縮図に見えるだろう。
However, aside from work, I have little joy.
In the end, wealth is only a fact of life that
I am accustomed to.
しかし、仕事をのぞくと、喜びが少ない人生だった。
人生の終わりには、富など、私が積み上げてきた
人生の単なる事実でしかない。
At this moment, lying on the sick bed and
recalling my whole life,
I realize that all the recognition and wealth that
I took so much pride in, have paled and become
meaningless in the face of impending death.
病気でベッドに寝ていると、
人生が走馬灯のように思い出される。
私がずっとプライドを持っていたこと、
認証(認められること)や富は、
迫る死を目の前にして
色あせていき、何も意味をなさなくなっている。
> In the darkness, I look at the green lights from
the life supporting machines and hear the
humming mechanical sounds,
この暗闇の中で、生命維持装置の
グリーンのライトが点滅するのを見つめ、
機械的な音が耳に聞こえてくる。
I can feel the breath of God and of death drawing closer…
神の息を感じる。死がだんだんと近づいている。。。。
Now I know, when we have accumulated
sufficient wealth to last our lifetime, we should pursue
other matters that are unrelated to wealth…
今やっと理解したことがある。
人生において十分にやっていけるだけの
富を積み上げた後は、富とは関係のない
他のことを追い求めた方が良い。
Should be something that is more important:
もっと大切な何か他のこと。
Perhaps relationships, perhaps art,
perhaps a dream from younger days …
それは、人間関係や、芸術や、
または若い頃からの夢かもしれない。
Non-stop pursuing of wealth will only turn
a person into a twisted being, just like me.
終わりを知らない富の追求は、
人を歪ませてしまう。私のようにね。
God gave us the senses to let us feel
the love in everyone’s heart, not the illusions
brought about by wealth.
神は、誰もの心の中に、
富みによってもたらされた幻想ではなく、
愛を感じさせるための「感覚」
というものを与えてくださった。
The wealth I have won in my life I cannot bring with me.
私が勝ち得た富は、(私が死ぬ時に)
一緒に持っていけるものではない。
What I can bring is only the
memories precipitated by love.
私が持っていける物は、愛情にあふれた思い出だけだ。
出典 https://m.facebook.com
That’s the true riches which will follow you,
accompany you, giving you strength and light to go on.
これこそが本当の豊かさであり、あなたとずっと
一緒にいてくれるもの、あなたに力をあたえてくれるもの
あなたの道を照らしてくれるものだ。
Love can travel a thousand miles.
Life has no limit. Go where you want to go.
Reach the height you want to reach.
It is all in your heart and in your hands.
愛とは、何千マイルも超えて旅をする。
人生には限界はない。
行きたいところに行きなさい。
望むところまで高峰を登りなさい。
全てはあなたの心の中にある、
全てはあなたの手の中にあるのだから
What is the most expensive bed in the world? –
“Sick bed” …
世の中で、一番犠牲を払うことになる
「ベッド」は、何か知っているかい?
シックベッド(病床)だよ。
You can employ someone to drive the car for you,
make money for you but you cannot have someone
to bear the sickness for you.
あなたのために、ドライバーを誰か雇うこともできる。
お金を作ってもらうことも出来る。
だけれど、あなたの代わりに病気になってくれる人は
見つけることは出来ない。
Material things lost can be found.
But there is one thing that can never be
found when it is lost – “Life”.
物質的な物はなくなっても、また見つけられる。
しかし、一つだけ、なくなってしまっては、
再度見つけられない物がある。
人生だよ。命だよ。
When a person goes into the operating room,
he will realize that there is one book that he has
yet to finish reading – “Book of Healthy Life”.
手術室に入る時、その病人は、まだ読み終えてない
本が1冊あったことに気付くんだ。
「健康な生活を送る本」
Whichever stage in life we are at right now,
with time, we will face the day when the
curtain comes down.
あなたの人生がどのようなステージにあったとしても、
誰もが、いつか、人生の幕を閉じる日がやってくる。
Treasure Love for your family,
love for your spouse, love for your friends…
あなたの家族のために愛情を大切にしてください。
あなたのパートーナーのために、
あなたの友人のために。
Treat yourself well. Cherish others.
そして自分を丁寧に扱ってあげてください。
他の人を大切にしてください。
追伸
そしてティムクックに、送った言葉が、
「スティーブならどうするだろう?」
と、考えるな!
TEMITA.JP
スティーブ・ジョブズの「最後の言葉」が心にズシンと刺さる
後継者のティム・クックには巨大企業Appleを引き継ぐ大きなプレッシャーがあったことでしょう。 最後の「スティーブならどうするだろう?」と考えるなというのは、ティムのプレッシャーを和らげるための最大限の配慮だ...
1回目の休憩
午前4時38分