もうすぐ、16歳の次女が亡くなって2年になります。
ブログを始めたとき、まずこのことを書くべきと思っていましたが、やっと心の余裕ができたので、書いてみたいと思います。
次女が亡くなる1週間前に、城山ホテル鹿児島に家族4人で宿泊しました。
これが家族4人の最後の旅行になりました。
次女は完治してディズニーランドに行くことを本当に楽しみに、そして治療の励みにしていましたが、とても無理な状態でした。
10月の下旬に、もうできる治療はありませんと告知され、次女には伝えることはできませんでした。
日に日に痛みが強くなり、痛み止めの麻薬の量も限界まで増やし、亡くなるのをただ待つだけの毎日の中で、何とか気分転換をと計画したのが、この旅行でした。
ホテルに受け入れてもらえるか、心配しながら連絡すると、快く引き受けていただきました。
宿泊当日は、お化粧して、お着替えしている娘を見ていると、自然と笑みがこぼれました。計画してよかった。
民間の医療タクシーで病院からホテルに移動して、点滴台と車椅子で部屋まで移動しました。
部屋につくと、いままでぐったりしていたのが嘘のように、車椅子から立ち上がって姉に支えてもらいながら、楽しそうに部屋を見てまわりました。
夕食は、部屋食がサービス停止中とのことで、ホテル内のバイキングに行くつもりで予約していましたが、痛みが酷く部屋から出ることができませんでした。
夕食のお迎えに来てくれたコンシェルジュにキャセルを伝えてしばらくすると、
なんと、部屋へバイキング料理を運んで来てくれました。
娘はすぐには食べる事はできませんでしたが、「せっかく来たから、頑張って食べる!」と起き上がって食べていました。
このときの写真が、4人で笑って撮った最後の写真になりました。
運んで頂いたデザートの中には、娘が抱っこしてきたクマのぬいぐるみを真似たケーキがあり本当に驚きました。
当然ですがこんなサービス受けたことありません。娘もすごいねすごいねと喜んでいました。
ちなみにこのケーキは、今でも我が家の冷蔵庫で冬眠中です🐻
30分おきに痛み止めをフラッシュしないと、耐えられない激痛のため、寝たか寝ないかわからない状態でしたが、部屋から見えた翌朝の桜島と朝日は本当に綺麗で元気が出ました。
朝食も部屋に用意していただきました。
和食と洋食があり娘は洋食をもくもく食べていました。5ヵ月で抗がん剤治療を7回行って、常に吐き気がある状態だったので、こんなに食べることはあまりありません。
とっても美味しいのですが、朝食が終わると病院に帰る時間です。だんだん重苦しい空気になっていきます。
最後にロビーで写真を撮って、また医療タクシーに乗って帰りました。
このとき総支配人までお見送りに出てくださいました。迷惑ばかりかけているのに恐縮です。
今考えても、コロナ禍の色々制限がある中で、また、他の宿泊客の迷惑にもなる我々を快く受け入れるだけでなく、心のこもったおもてなしを頂いた城山ホテル鹿児島の皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございました。
いつかまた、あの部屋に泊まりに行きたいと思っています。