Cube3で走るオーストラリアの旅2012

シドニー、メルボルン、アデレードそしてタスマニアを訪れ、夫婦のんびり旅行のエピソードや楽しみ方を伝えたいと思います。

Cube3で走るオーストラリアの旅2012   忙しい街 Sydney

2012年09月04日 | 旅行
Cube3で走るオーストラリアの旅2012   忙しい街 Sydney

3月2日(金)
Sydneyへ向かう。市内に近づいてくるとHwyも渋滞し到着までに時間を要した。
初めてSydneyの市内を運転したが、車の量は新宿、渋谷と同じように道路を埋め尽くしていた。おまけに一方通行道路が多く、横殴りの雨の中、私達にとって非常に疲れる運転であった。また、Naviが高い建物の影響で正しく表示されない場所も有り、目的地を探したが見つけ出す事が出来ない所もあった。
私達は昼食をとる為、Opera Houseの駐車場を利用することにした。
驚いたことに駐車料金は1時間当たり$9(800円~900円)は、ちょっと驚いた値付けであった。そして、Harbour Bridgeに面したFoods courtで食事を取る予定であったがOprra Houseでの公演が終わったばかりであたりは人だまりが多く出来き、寿司バーは、日本人の板前一人が慌ただしくにぎりを作っていた。私達は、こんな騒がしい所で食事をするのは気に入らない、またおそらく値段も相当高そうだった。そんな理由でSydneyに滞在することは止めて早々市内を出ることにした。
Sydneyから150 km先のNew Castleに向けCue3を進めた。TasmaniaからMelbourne
へ戻り、以降4日間は毎日、雨が続いている、旅行を始めた頃の天候とは正反対である。
2時間程するとHwy沿いにモーテルのサインが見えた。その地域はSwansea、今日の宿泊は、そのモーテルすることにした。受付の男性は私達を見て日本人だとわかると「こんにちは」と日本語で語りかけた。New castleまで30分程の地域である。
今日のCube 3の走行距離は305’0km
今日のあとがき
今回の旅行で初めて交通違反を犯した。それは、旅行を終え帰宅して2週間後に郵便が届き、初めて違反を知った。違反を犯した場所が記されていたのでGoogle Mapで探してみると、その場所の記憶がよみがえって来た。違反の原因は、停車違反。私達はSydney市内から20分程ドライブするとNaviは目指すHotelに到着したと案内したのでCube3を路肩に止め、運転席からフロントガラス越しにあたりを見上げ予約したホテルを探している時であった。そのサインを見つける為に、ほんの1分、長くても2分はかかっていないと思う。確かに私が停車した場所は、2台ほど停車できるスペースがあったが、そこが違反エリアだったのだ。しかし、そのスペースの前後はすでに10台程の車がすでに駐車していた。Google Mapを見ると、確かにそのスペースの傍に高さ3m程のポールの先端に「停車違反」の小さなプレートが見えた。罰則金は$210(2万円程度)。違反切符に書かれた電話番号にダイヤルすると出てきた女性の係員は「1秒でも停車したら違反です」と問答無用でした。であるならば路面に表記する等、ドライバーにもっと分かりやすく表示しろ。たった1分程の出来事でした。End

Cube3で走るオーストラリアの旅 2012 Vancouverと似て緑に包まれた静かな街 Canberra

2012年09月03日 | 旅行
Cube3で走るオーストラリアの旅2012 
 Vancouverと似て緑に包まれた静かな街 Canberra

3月1日(木)初めてのCanberraの朝は、昨夜からの降り続く雨が私を寒く感じさせてくれる。
幸子さんは今日も私より前にシャワーをすませており、私がシャワーを済ませると同時に、今まできていた服を一緒に洗うと言っていた。たっぷりと暖かいシャワーを浴びた後、私は毛布や服を洗濯機の中に入れコインを投入した。その間に私達は食事を済ませ10時前にはCaravan Parkを出発した。
市内の小高い山は、Black Mountainと呼ばれ、晴れていれば市内全域をを見渡す事が出来るが今日の様なガスが発生し、雨が降っている時は、この施設も閉鎖されており私達が駐車場に入ろうとした時に、係員から「No」のサインが出された。しかたなく、少し時間が早かったがParliament Houseへ向かった。
オーストラリアの議会はいつでも定数の見学者を受け入れているようである。Houseの受付で見学の方法を尋ねると、案内されたカウンターにはすでに数十人列を作って手続きを待っていた。
私は名前とinfoでもらった予約Noを伝えると、係官は登録されていない為、反対側にある当日受付入口に私たちを並ぶように指示した。当日受け付けは、予約者で満席であれば見学する事は出来なかったが幸いにも入室する事が出来た。列を作った人のほとんどが市民以外の人かと思われた。
テレビで見る光景と同じように議場には首相のGillardさんや見なれた野党代表のAbbottさんがおり
いつもの調子で議論がはじまりだした。所々、話の内容は理解できるが私達にとってその理解する事よりいつでもオープンにされている議会の雰囲気を感じる事の方がより大切であった。1時間半程議論を聞いていたが以外にその時間は早く感じられた。その事より、Parliament Houseの駐車場はいつでもfreeである。気軽にHouseを訪れる事が出来るなんて日本の状況とはずいぶん違うと思った。
政治がすごく身近に感じられた。Houseの外に出ると西にある1900メートル程の山の頂は雲に隠れ、広大な自然の中にAustralia Parliament Houseは建っている。
 今日は1日中雨の為、Museumの見学をする。私達はその後、Australian War Memorialを訪れた。
大変立派な建物に多くの貴重な品物が展示されていた。AustraliaとNew Zealandは第一次世界大戦の時、同じ軍事組織として編成された。独立後、間もない時に有事の時は合同で参戦していた。現在もその精神は引き継がれANZAC( Australian and New Zealand Army Corps)Dayとして今も4月25日は、祝日であり全国で多くの記念行事が開催され、Gold Coastでもマーチを演奏しながら市内を行進する人々であふれている。
又、第2次世界大戦における日本と戦争、捕虜の待遇、ビルマ戦線での橋の建設等ジオラマで分かりやすく説明されているコーナーもあった。私達が訪れた時、20人ほどの小学生たちが2グループに分かれ係員から説明を受けていた。中には手をあげ質問している子供も多かった。かといって事実を客観的に伝えるものであり、子供たちにNationalismや反日の感情を起こさせるものではないと彼らを見て感じた。日本ではこのような歴史教育をきちんと伝えているのか、そちらの方が気にかかってしまう。
16時を過ぎ、Cube3は次の目的地のSydneyを目指す。私達はその道沿いにある適当なCaravan Parkを見つけようと考えていた。Hwyに入ると雨あしがだんだん強くなりガスも出てきた。空はすでに暗くなり運転するにはコンディションはますます悪くなってきた。隣の車線を大型トラックが通り過ぎると一瞬フロントガラスは水しぶきで前が見えなくなってしまう。今夜は宿泊場所を探す事はおそらく難しいと思った。するとHwyの端に特大Macの看板が見えた。私達は今夜80km先のMacで休むことが事故を起こさない一番の方法だと決め、安全に気をつけながらCube3を進めた。
今日のCube 3の走行距離は204’3km


1・Cube3で走るオーストラリアの旅2012  今日はひたすらCANBERRAを目指す。

2012年09月02日 | 旅行
1・Cube3で走るオーストラリアの旅2012  今日はひたすらCANBERRAを目指す。
2 月29日(水)
目を覚ますと時計は8時を過ぎていた。幸子さんは、すでにシャワーも浴びて荷物の整理も終えていた。私が幸子さんより遅く起きるのは毎朝の同じパターンである。私は寝ぼけマナコのままシャワーを浴び、長袖に着替えた。今日は少し肌寒く感じる。東の空は一面濃いグレーの雲が立ち込めている。昨夜、Sydneyから来たCamperの話では、大雨の中をドライブしてきたと言っていた。今日の旅はCanberraを目指すが天候が少し気にかかる空模様であった。WaggaWagga、Yass、CanberraはHayから長距離の移動になり、ドライブコンディションを判断して安全な運転を心がけなくてはいけない。
 Cube3はNaranderaを過ぎ、WaggaWggaに着く。この街の人口は7~8万人程である。以外に道路は渋滞しており、食料の購入と休憩の為、ショッピングセンターの前に車を停めた。建物は私達の住むGold Coast, SouthportにあるAustralian Farと同じぐらいの売り場面積がある(東京郊外のスーパーが入っている駅前ショッピングセンターと同様)。
近郊の町からも買い物に来る人が多いのかもしれない。
 私達は、数日分の食料やBeerを購入し、Canberraに向けてCube3を進めた。
やはり、Yassに着く前から雨が降り出した。さらにCanberraにむけたHwyは夕方のラッシュと重なり車は長く連なっていたが渋滞もなく比較的スムースに流れていた。そろそろAustralian Capital Territoryになる。HwyからそのままCanberraの街に入ってくると道路の両側は緑も多く整然と高い建物が続いていた。フロントガラスに落ちる小雨が道路の標識を見にくくしていたが、いつものようにinfoを探したが、みつける事が出来ず、cube3を降りナビゲータの示されたあたりを探していると傘を腕に提げた会社員風の男性が声をかけてくれた。彼の指示通りにCube3を進めるとやっとinfoに着く事が出来た。
私は、早速、受付の女性にCanberraのお薦め観光コースを尋ねるとWorld War Memorial等案内してくれた。また現在、議会が開かれておりQuestion Timeも聴く事が出来ると言うので明日の見学予約をすませた。いつもはTVで見るGillard首相の答弁や、Abbott党首の質問等,討論を聞く事が出来るのだ。とは言え、その議論を正確に理解するほど私にはそこまでの英語力は無いが、Australia議会の雰囲気を味わってみたかった。
雨は少しづつ強くなってきたかもしれない私達がCampsiteに着く頃は、少しづつ冷え込んできた。
今日はフランスから来たカップルと一緒に食事をした。彼に焼酎をプレゼントすると小首をかしげながら美味しそうな顔を私に見せた。共通の話題は「Aussieの話す英語が速すぎる」と言う不満であった。勿論、いつも私もその様に感じる。しかし、道を尋ねたりする時は結構、親切にゆっくり話してくれる人が多いと思う。しかし、いつも感じるのだかAussieはCS(Customer Satisfaction)感度はあまり高くないと思う。偏見でしょうか?
私達も外国からの旅行者の対応は気をつけたいものですネ。
今日のCube 3の走行距離は536km


1・Cube3で走るオーストラリアの旅2012  Loanecoorie Riverの朝

2012年09月02日 | 旅行
1・Cube3で走るオーストラリアの旅2012  Loanecoorie Riverの朝
2 月28日(火)Border of Stateの町 Echuca
 Loanecoorie Riverの朝は昨夜からの雨が降ったり止んだりした為、少し蒸し暑く寝苦しい夜であったが日の出の頃になると急に冷え込んでいた。起床は9時を過ぎていたがsiteの人影はなくひっそりしていた。勿論、Barry& Noreenもまだ姿は見られなかったが
彼らの車の傍の薪からは少しだけ白い煙が登っていた。
出発する前に、私はBarry とNoreenに挨拶に行くと彼はBusiness Cardを私にくれた。Warrnambollに来た時は連絡しなさいと言う事なのだ。別れ際に彼はまた私に親指を立てた。お互いのhappyな旅行を期待しようとの意味なのだ。
今日は、Echucaを目指す。
私達は12時過ぎにEchucaに到着した。この町の人口は1万人程である。19世紀半ばに始まり、現在の町並みも当時の歴史を感じさせてくれる。Murray RiverはNSWとVICの州境に位置し、VICのEchucaとNSWのMoamaは交通の要所として古くから鉄橋が掛けられ二つの町の結んでいる。
又、この川に西部劇で見るPaddlesteamer(蒸気船)を見る事が出来る。川岸には多くの
観光用の船が繫がれている。当時、この川は多くの船により資源、農産物を東海岸へ輸送したのだろう。私達は川のほとりで食事をすませた。食事の後、幸子はinfoで紹介されたチョコレートファクトリーで買ったチョコレートをを食べながら満足そうにコーヒーを飲んでいた。
私達はCanberraを目指す為に、次の町Hayを目指す。この町はEchucaから北の方向に200km程に位置している。またこの旅の初に訪れたCobar(Copper ,Silver等、鉱物の富で栄えた町)はさらに430km北のある。
空模様は曇りから少しづつ晴れ間が見られるようになり陽射しも強くなってきているようだった。NSWの道路はTasmaniaと異なり平坦である。大型のトラックが対向車線から向かってきてもCube3を少しだけセンターラインから離れる余裕がある。大型車とすれ違う時は、少しだけ緊張する事もあるのだ。Hayの町に着く少し前に、Cube3の燃料残のメーターに赤いランプがついた。このランプが点灯すると私は安全を考慮して走行可能距離を80Kmと決めている。ナビの表示はHayまで60km程となっているが幸子さんは少し気にかかっているようだ。オーストラリアのドライブ旅行は燃料を補給する機会があれば必ず補給した方が良いのだが。Hayの町に到着する時は燃料インジケーターは目いっぱい左を差していた。何もアクシデントがなくCube3の食事も終えCaravan Siteに着いたのは17時まであった。
今日のCube 3の走行距離は355km