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タイの沼は海ですか?

ナラティブ 〜物語をもの語る〜

語りたくなるドラマがある。

ただ面白かったとか、キャストが良かったということだけではない。物語を深く感じて、心の底から沸き上がり溢れ出す言葉たち……。
ふと、自分自身の内面や、経験と照らし合わせて語りたくなるもの。
それが【ナラティブ(物語)】である。


私はこのナラティブという言葉や概念を、自分の専門領域を通じて知った。しかし、今では一般的なビジネスにおいても、割と使われる概念となったようだ。

出来上がった物語(ストーリー)に顧客が寄ってくるのを待つのではなく、顧客ひとりひとりの物語(ナラティブ)に寄せて、企業側から企画・提案、アプローチする時などに使われるそうだ。
もともと、ナラティブとは、自分のことを【自ら、もの語る】という意味合いを持つ言葉である。


ドラマに限らないが、良い作品には普遍性がある。伝えたいメッセージも、つき詰めればシンプルであることが多い。BLのように特殊に見える舞台設定でも、描かれているものが確かなら多くの人に響く。

人は物語(ストーリー)を自分に照らし合わせて考え、あるいは登場人物に感情移入し、泣いたり笑ったり、その幸せを祈ったりする。そして今、そこから生み出されるのは、たくさんのツイートやブログ記事というそれぞれの物語(ナラティブ)である。

『おっさんずラブ』でも『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』でも起こってきた、いやまさに今、現在進行形で起きている現象だ。(過去の例で一番わかりやすいのは横川良明氏のnoteだろう。言うまでもなく『おっさんずラブ』に関しての。あれは横川氏のまぎれもないナラティブである。)

これらを視聴者から引き出した作品は、まさにナラティブ・アプローチに成功した作品だと言えると思う。(作り手が意図したものかはわからないが。)


安達の気づきや黒沢の心情、春田の決意や牧の涙に強く想いを寄せる時、「これは、実はあなたの物語でもあるんですよ」作り手のそんな声が、私には聞こえる。

あなたならどうする?
あなたはどうしてきたの?
などと……。

だからこそ、私たちは、いや私は、語ってしまう。ブログにチェリまほ用の新たなカテゴリを作らねばならないほど語ってしまうのだ。

良い作品は、そんなムーブメントを起こす。時に社会現象となるほどに……。


作り手が、視聴者の顔色をうかがったり、ツイートやトレンドに必要以上に振り回されるのはナンセンスだと思う。本当に作りたいものを自信を持って作り、堂々と提示すればいい。しかし、人々のナラティブを軽んじることは、せっかく双方向のやりとりが可能となった現代において、賢明ではないと思うがいかがだろうか?
いや、エンターテイメントとして作品を提供するなら、どうかくれぐれも大切にして欲しい。(アートに軸足を置くなら別だが。)

ドラマ作りの指標として、ナラティブ・アプローチもありだと思うのだ。見ている人の心に共振し、波を起こしたドラマは、いつまでも記憶に残り愛される。それはまるで、忘れられない恋のように……。 

「これはあなたの物語でもあるんですよ」

そう提示され、時に自分自身の深い部分まで降りて考え、語りたくなるドラマ……。
私はこれからもそんなドラマを待っていたい。



(と、「もうSNSのトレンドがドラマ作りの指標になる時代じゃない」と語っていた、あるプロデューサーに言いたかったりするw)







そして。
実のところ私がタイ沼にハマった理由もこのナラティブにありそうだ。だってそこはナラティブだらけなんだもの。

長くなった。
また、いつか、書いてみるよ。


※ナラティブとストーリーの違いってちょっと難しいよね。私もまだうまく説明出来ていないし、間違っている部分もあるかもしれません。すみません!先に謝っておきまーす。😉













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