山村留学体験記&棚田復活!         あの山の向こう

横浜→長野へ山村留学した長男(中学3年間)と次男(小4-5)の記録と山留「その後」+山村の耕作放棄棚田の再生挑戦記♪

島人ぬ宝(しまんちゅうぬたから)

2009年10月13日 | 育てる会「山村留学」のこと
< 2009 美麻小中学校  梨の木祭① >


自分の住んでいる街や 生まれ育ったふるさとのことを・・・

どれくらい知っているだろう。。。



長い時間を経ても 変わらないこと・・・

時と共に どんどん変わっていくこと・・・



ふるさとを離れてみて

初めて気がつくことって意外といっぱいあったりします。








美麻小中学校 


生徒会スローガン 「 競い 励まし 助け合い 」


梨の木祭2日目のステージ発表は


小4 12名による 「涙そうそう」 合奏と、 

この 「島人ぬ宝(しまんちゅうぬたから)」合唱でスタート。

歌詞のひとつひとつが

しっかりと 心に響くような すばらしい歌声でした。


島人の唄ですが

この美麻に生きる子供たちの言葉にも思えたり・・・

自分のふるさとを思い出したり・・・


長い人生を思えば 山村留学生にとって

ここにいる時間は ほんとうに僅かな時間ですが

教科書でも テレビでも ラジオでも 伝えられない

「 ここにしかない 大切なもの 」 を 

たくさん感じてほしいと思います。




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島人ぬ宝(しまんちゅうぬたから)



僕が生まれたこの島の空を

僕はどれくらい知ってるんだろう

輝く星も 流れる雲も

名前を聞かれてもわからない


でも誰より 誰よりも知っている

悲しい時も 嬉しい時も

何度も見上げていたこの空を


教科書に書いてある

事だけじゃわからない

大切な物がきっと

ここにあるはずさ

それが島人ぬ宝



僕が生まれたこの島の海を

僕はどれくらい知ってるんだろう

汚れてくサンゴも 減って行く魚も

どうしたらいいのかわからない



でも誰より 誰よりも知っている

砂にまみれて 波にゆられて

少しづつ変わってゆくこの海を



テレビでは映せない

ラジオでも流せない

大切な物がきっと

ここにあるはずさ

それが島人ぬ宝



僕が生まれたこの島の唄を

僕はどれくらい知ってるんだろう

トゥパラーマも デンサー節も

言葉の意味さえわからない



でも誰より 誰よりも知っている

祝いの夜も 祭りの朝も

何処からか聞こえてくるこの唄を



いつの日かこの島を

離れてくその日まで

大切な物をもっと

深く知っていたい

それが島人ぬ宝




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2002年NHK沖縄放送局“沖縄本土復帰30周年イメージソング”

石垣島出身のBEGINの島人ぬ宝

作詞 BEGIN・作曲 BEGIN

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