小説家 夢咲香織のgooブログ

私、夢咲香織の書いた小説を主に載せていきます。

短編恋愛小説 砂漠の薔薇(R15) 04結婚 夢咲香織

2021-02-05 22:11:37 | 小説

この作品には性的な表現が含まれるため、R15となっております。

 居間へ入ると、薄明かるいランプの下にタンジーが立っていた。タンジーはサラの顔を見ると静かに笑って、

「話は聞いたかね?」

と言った。

「ええ」

サラはそれだけ言うと、床に置かれたクッションの上に座った。タンジーも腰を下ろす。

「ナミマにも話したんだが、ワシもそろそろ身を固めようと思ってね。お前さんは中々美人だし、こんな田舎で身売りさせておくのは勿体ないと思ってな」

「それは……でも私……貴方を愛していないわ」

「ホホホ、それは分かっておるよ。だがワシはお前を気に入っておる。ワシと街で気楽に暮らせば良いだろう?」

「でも、そしたら、お祖母ちゃんは?」

「生活費は送ってやるよ」

「サラ、こんな良い話はないよ? 娼婦のお前を身請けしてくれるってんだから」

ナミマは始終笑顔だった。その娼婦に私を落としてくれたのはどちら様でしたっけ? とサラは思ったが、口には出さなかった。サラは

「……良いわよ」

とだけ言った。

「決まりだな。通常なら持参金など必要になるが、お前さん達の経済状況は分かっておる。そんなものは必要無いし、式の準備はこちらが持つよ」

「結婚式は必要ないわ」

サラは珍しく強い口調で言った。

「どうしてかね?」

「どうしてって……」

サラは俯いた。結婚式は神の前で二人の愛を誓う為の物である。愛してもいない男と一緒になるのに神前で誓いの言葉など言えない……

「ふむ。まあ良いだろう。本当に式は無しで良いんだね?」

「ええ、その方が良いわ」

「分かった。ではこれを受け取ってくれるかね?」

タンジーはサファイアの指輪を取り出した。サラは黙って指輪を受け取ると、左手の薬指に嵌めて、ヒラヒラ手を振ってみせた。

「よろしい、では改めて一週間後に迎えに来るよ」

そう言ってタンジーは家を出ていった。


「やったじゃないか!」

ナミマは嬉しそうにサラの背中を叩く。

「ええ……そうね……」

サラは別に嬉しくは無かった。

「お前の言いたい事は判るがね。このまま家で客を取り続けたって、埒が明かないよ。タンジーさんなら、金の心配はしなくて良いんだ。私だって楽になる」

サラはぼんやり窓の外を眺めた。このオアシスの村ともお別れか。体を売る事を始めて以来、この村の事などどうでも良いと思っていたが、いざ離れるとなると怖いものである。サラは生まれてからこのオアシスの村しか知らないのだ。街とはどういう所であろうか? その夜サラは|眉尻《まんじり》ともせずに過ごした。


 一週間経って、約束通りタンジーはやって来た。お付きの者を従えて、真っ赤な|天鵞絨《びろうど》を張ったソファーの付いた、豪華な馬車を大通りに乗り付けた。従者が持つ日除けの傘に守られながら、砂漠の強烈な日差しの下をサラの家の前まで歩いてきた。


「じゃあ、サラはワシが引き受けるよ」

タンジーはそうナミマに挨拶すると、サラを連れて馬車へと戻った。タンジーとサラは向かい合ってソファーに腰掛けた。初めて乗る馬車にサラは少し興奮した。ソファーは今まで座った事のある、どのクッションよりも座り心地が良く、それだけで、タンジーがどれ程金持ちなのかうかがい知る事が出来た。馬車はゆっくり大通りを走り出した。窓から青く輝くオアシスが見える。美しい村だったのだわ――サラは今更ながら外の眺めを見て思った。風景を楽しむなど、すっかり忘れていたのだ。


 馬車はやがて村の外へ出た。そこからは固い岩盤の砂漠地帯である。黄褐色の大地に所々背の高い岩が見えた。サラは村の外の景色を初めて見たのだった。サラの瞳の様な、雲一つない真っ青な空に白銀の太陽が浮かんでいた。その太陽がゴツゴツした大地をジリジリ焼いている。時々背の低い灌木や、小さな草むらが点在している他は、生物の気配は無かった。この砂漠の風景を眺めていると、サラはまるで自分の心を絵に描いたようだ、と思うのだった。不毛の大地――本来であれば喜ばしい筈の結婚も、サラの心を動かしはしなかった。


 延々砂漠を走り続けて、日も傾いた頃、馬車は街へ到着した。街は日干し煉瓦を積み上げた巨大な城壁で囲われていた。正面に見える大きな門から、馬車は街へと入った。賑やかなバザールを抜け、住宅街を進み、街の中心の大広場を通って、馬車は小高い丘の高級住宅街へと辿り着いた。門を抜けて馬車は玄関前へ停車した。


「さ、着いたよ」

タンジーはそう言って馬車を降りた。後に続いて降りたサラが目にしたのは、白亜の石造りの巨大な邸宅だった。こんな大きな建物を見るのは、サラは初めてだった。玄関前のポーチの脇に大きな松明がゆらゆらと燃えて、周囲を明るく照らしている。サラが呆然と立っていると、タンジーは振り向いて、

「もう日も落ちた。中へ入ろう」

そう言ってサラを屋敷へ招き入れた。


短編恋愛小説 砂漠の薔薇(R15) 03タンジー 夢咲香織

2021-02-05 09:09:48 | 小説

この作品は性的表現を含むため、R15となっております。

 サラがすくんでいると、ナミマが肩を抱いて言った。

「仕方ないんだよ。食べていくためさ……他にどうしろって言うんだい?」

ナミマは諭すように言った。金が無いという事はこんなにも悲惨なものか。金と引き換えに、金持ちに少女としての尊厳さえ明け渡すのか。サラは泣き出しそうだったがグッと堪えた。せめてタンジーの前で涙を見せない事が、彼女のプライドを守る事の様に思われたからだ。


 タンジーと寝室へ入ったサラは大人しくベッドへ横になった。暴れたところでどうにもなるまい。全ては金の為だ。心までタンジーに奪われるわけでは無い……。

「まあ、そう緊張せんでも良い。まあ、生娘じゃ仕方あるまいが……最初は痛むかも知らんが、すぐに慣れるからな」

タンジーはそう言って服を脱いだ。お世辞にも美しいとは言い難いタンジーの裸を見て、サラは身震いした。タンジーは手早くサラの服を脱がせると、あれこれ前技を施した。だが、サラにとっては気持ち良いどころの話では無かった。

「よし、もう良いだろう」

そう言ってタンジーはサラの処女を奪った。鈍い痛みが走る。事が終わるまで、サラはひたすら頭にイルカの姿を思い浮かべた。


 終わるとタンジーは優しくサラの身体を拭き、

「まあ、お前さんにとっては苦痛だったかも知らんが、私としてはそれなりに楽しませてもらったよ。これは料金とは別にお前さんにやる」

そう言って幾ばくかの金を渡した。それからタンジーはナミマのところへ行き、何か話して出ていった。


 タンジーが家を出ていったのを確認して、サラはベッドへ突っ伏したまま泣いた。体の痛みはどうでも良かった。これでサラの純真なイルカへの思いが汚されてしまった。そう思うと涙は止めどなく流れてきて、枕を濡らした。この日を境に、サラは笑うことは無くなった。


 一度崩れた倫理観はもう元へは戻らなかった。ナミマは次の日から、次々に客となる男を探しだしては家へ連れてきた。男達は皆粗野な田舎者で、若いサラを気遣う素振りも見せず、金をナミマに渡すと、ただ自分の欲望を満たして帰って行く。唯一の例外はタンジーで、彼は出来るだけサラを優しく扱い、時には自分の身の上話を話して聞かせるのだった。


 タンジーの話すところによれば、彼はここから少し離れた街で宝石商を営んでおり、高品質の宝石の莫大な売り上げで優雅に暮らしているのだった。だが残念ながらその外見のせいで ――タンジーはお世辞にも美しいとは言えない――中々結婚は出来なかったという。それで時々、こんなふうにして女を買うのだ、と話してくれた。タンジーは若いサラの体に夢中になった。街の裕福な紳士らしく、ガツガツした姿は見せなかったが、月に二度はサラの元を訪れて、その瑞々しい体を堪能するのだった。


 サラは次第にタンジーに対して優越感を抱くようになっていった。自分は別にタンジーを求めてはいない。求めて金を払っているのは向こうである。いわば、タンジーはサラの美しい体の奴隷なのだ。そう思うと、サラの心は少し軽くなった。だが、それでも好きでもない男達の欲望の相手をし続けるというのはしんどい事である。サラは出来るだけ心を閉ざして、ただ機械の様に日々の激務をこなした。


 そんな毎日が数年続いた。サラの心はもう何を見てもほとんど動かなかった。今日も男の相手をして、ナミマの言い付け通り市場へ肉を買いに行くのだ――オアシスの畔に座り込んだサラはここまで回想して、現実へ戻った。きっと、私の一生はこんなふうにして終わるのだろう。イルカはもはやどうなったのか知る由も無いし、一度娼婦へ身を落とした女を引き受けてくれる男はそうそう居るものでは無い。


 サラは立ち上がると市場へ向かった。市場には畑で採れたばかりの新鮮な野菜や、肉を取り扱った店が、所狭しと並んでいる。村人達が大声で値段の交渉を交わす、その活気ある様は、今の枯れ果てたサラとは対照的だ。サラは肉屋の前まで行くと、羊肉を選んだ。

「すみません、これはお幾ら?」

頭程の肉の塊を指差して店主に訊ねる。

「ああ、サラかい。そうだね、これは五百ペタだね」

サラは持ってきたコインを見つめた。買えない事は無いが……

「ちょっと高いわ。少し負けれないかしら?」

「四百五十! これ以上は無理だよ」

「良いわ。これを貰うわ」

「毎度!」

店主は愛想良くそう言うと、肉をヤシの葉で包んでサラに渡した。


 無事に肉を手に入れて帰宅したサラを、玄関前でナミマが出迎えた。いつも冷静なナミマが、珍しく興奮している。

「……何かあったの?」

「ああ、サラ。大変だよ、今、タンジーさんが来ていてね」

サラの両腕に手を置いて、ナミマは荒い息をした。

「今から相手をする訳?」

サラは溜め息をついた。

「そうじゃ無いんだよ、タンジーさんが、お前を嫁に欲しいって」

「嫁?」

「結婚の申し込みに来たのさ!」

ナミマは叫ぶと、サラを抱き締めた。