涼太のご先祖は天女から野菜の種を受け継ぎ、村人たちを天へ送るために野菜を育てて皆に分け与えるように言われていた。涼太は独りで畑を続けていたが、自分は時代遅れなのではないかと思う。そんな時、涼太の友人の健治の息子、淳が熱射病で倒れる。淳を見舞った日の夜、涼太は宇宙へと飛ぶ。先祖伝来の畑の謎とは? 短編SFファンタジー。
涼太のご先祖は天女から野菜の種を受け継ぎ、村人たちを天へ送るために野菜を育てて皆に分け与えるように言われていた。涼太は独りで畑を続けていたが、自分は時代遅れなのではないかと思う。そんな時、涼太の友人の健治の息子、淳が熱射病で倒れる。淳を見舞った日の夜、涼太は宇宙へと飛ぶ。先祖伝来の畑の謎とは? 短編SFファンタジー。
この作品は性的な表現を含むため、R15となっております。
「アスランの命令なんだ」
「マフィアのボスの?」
「うん……聞いていると思うけど、アスランは偽物の宝石を売りさばいて儲けていた。でも最近は、タンジーの本物に敵わなくなって来ていたんだ。街の連中も目が肥えてきて、偽物を見抜く様になってきたからね……で、アスランはタンジーを憎んでいたんだ。とうとう、奴を消せ、と命令を下したのさ。俺にその役割が回っただけの事さ」
「そうだったの……」
サラはタンジーの遺体を見つめた。私には優しかったタンジー。でも二人の恋の邪魔者……
「でも、これからどうするの? これで貴方は殺人犯よ」
「うん……」
イルカは俯いた。タンジーが居なくなったのは二人にとって好都合だが、このままではイルカは殺人犯として、街の留置書へ勾留され、再びサラと離れ離れになるのだ。
「お二人共、砂漠へお逃げなさい」
カイリが突如口を開いた。
「砂漠へ?」
「はい。私がしばらく分の食料とお金をご用意致します。それで砂漠へ」
「でも、砂漠だなんて……」
「この街から少し行った所にキャラバン隊が旅の途中で補給に立ち寄る井戸がございます。次のキャラバン隊は数日後に到着予定ですから、そのキャラバン隊に頼んで、遠くのオアシスへお逃げなさい」
「オアシスなら、私達が生まれた村があるわ」
「そこではすぐに足が着きます。もっと遠くへ行くのです」
「……分かったわ」
カイリの用意してくれた食料と金の入った背嚢を背負って、二人は屋敷を後にした。街を出てえんえん歩く。夜の砂ばかりの砂漠を月明かりを頼りに進んでいくと言われた通り、大きな井戸があった。井戸の脇には砂が固まって出来た砂漠の薔薇がキラキラ光っていた。休憩用の小さな小屋が隣に立っている。既に東の空が白んでいた。二人は井戸の前で並んで座り、朝焼けを眺めた。
「とうとう一緒になれたわね」
「うん……。でも、サラはこれで本当に良かったのか? 俺と一緒じゃ、もうあんな贅沢な暮らしは出来ないぜ」
「良いのよ……私は好きな人と居るのが一番なの」
「……俺もさ……オアシスで、羊の放牧でもするかな」
「そうね」
二人は固く抱き合った。抱き合った二人を朝日が照らす。砂の上に長い影が出来た。朝日は二人の新たな門出を祝福するかの様に、砂漠に白い光を放っていき、砂漠の薔薇は沈黙したまま、二人を見つめていた……
この作品は性的な表現を含むため、R15となっております。
「今日はどうしたね?」
夕食を取りながらタンジーが訊ねた。イルカに出会ってから、サラは何処か上の空だった。
「いいえ、何でもないわ」
「そうかね? 今日も街へ行ったんだろう? どうだった?」
「え、そうね……お洋服を見たり、アクセサリーを見たりしてきたわ」
「そうか……。楽しんだかね?」
「ええ」
夕食を終え、ベッドの上で寝室で本を読んでいると、タンジーがやって来た。
「サラ……」
タンジーはベッドへ上がり込んでサラを抱き締めると、キスをする。
「い、嫌……」
サラは抵抗してタンジーを手で押し退けた。
「サラ……一体今日はどうしたんだ?」
「別に……ただ、今日はそんな気になれないの」
「そうかね……何だか今日はおかしいぞ?」
「そうかしら? 女っていうのは、時々おかしくなるものよ」
「ふむ……まあ良い。じゃあ、今日は大人しく引き上げるよ」
タンジーはそう言って笑うと、自分の部屋へ戻って行った。ホッと胸を撫で下ろすサラ。イルカに出会ってからは、もうタンジーに抱かれるのは嫌だった。サラはこれから、ずっとタンジーの求愛をかわしきれるだろうか? と不安になった。
それからというもの、サラはずっとタンジーを拒み続けた。タンジーは時に無理やりサラを犯そうとしたが、その度にサラは必死に抵抗して、難を逃れた。サラは葛藤し続けた。このままタンジーの元に居たのでは、イルカへの思いを胸にしまったまま、ずっと悩む事になる……明日は思い切って家を飛び出し、イルカの元へ逃げ出そうか? そんな事を考えたが、すぐに連れ戻されるのは分かりきっている。サラがタンジーの奥方だという事は、今や町中の者が知っているのだ。サラは泣きながら眠りに着いた。
翌日も、サラは部屋で独り、悶々としていた。だが独りでこうしていても埒が明かない。サラはカイリを呼びつけた。
「はい、奥様」
「カイリ……その……」
「何なりとお申し付け下さい。私は奥様の下僕でございます」
「いえ、そうではないのよ。先日会ったイルカだけどね」
「はい」
「貴方も見ていたと思うけど、私彼を愛しているの……子供の頃からよ。もし、私がこの家を逃げ出して、あの人の元へ行ったら……そしたらどうなるかしら?」
「奥様。恐らく旦那様はあらゆる手を尽くして、奥様を探しだし、お屋敷へ連れ戻すでしょう」
サラはフーッと溜め息を付くと、ベッドへ突っ伏した。
「そう……そうよね……」
サラは泣き出した。一度涙が流れると、止めどなく涙は溢れてきた。
「奥様……」
「ありがとう。下がって良いわよ」
「……はい。失礼します」
夜になり、食堂のテーブルに着いたサラの表情は暗かった。
「この間から、一体どうしたのかね?」
タンジーはグラスをテーブルに置くと訊ねた。
「……いいえ、何でもないわ」
「そうは言っても、何だか暗いし、やはりこの間から変だぞ。この間何か合ったのかね?」
「何でもないって言ってるでしょう!」
サラはテーブルを叩くと食堂を飛び出した。タンジーが慌てて後を追う。
「付いてこないで!」
サラはそのまま階段を掛け上がると、部屋へ籠った。
タンジーは食堂へ戻ると、カイリを呼び出した。
「この間、奥様に何か合ったのかね?」
「……いいえ、特に何もございません」
「そうか……あの日はどうして過ごしたのかな?」
「はい。奥様の買い物に付き合いました。奥様はお洋服を選んだり、アクセサリーを見たりなさっていました」
「そうか……何か変わった事は無かったんだな?」
「はい、旦那様」
「ふむ……下がって良いぞ」
「はい。失礼します」
カイリが引き下がったその時である。
ガチャーン!
窓が割れる音がした。割れた窓から男が侵入して来た。召し使い達が遮ろうとするのを男は巧みにかわして食堂へと入って来た。
「な、何だ! お前は!」
タンジーが叫ぶと同時に、男はタンジーへ体当たりする。
「ウッ!」
タンジーが呻いて床に崩れ落ちた。男はナイフでタンジーの腹をひと突きしたのだった。
「旦那様!」
執事が駆け寄ろうとするのを男は静止した。
「近付いてみろ、お前も同じ目に会うぞ!」
そう叫ぶと、男は今度はタンジーの胸にナイフを刺した。床に敷かれた絨毯が血で染まってゆく。
「だ、誰か!」
執事が叫ぶ。カイリが食堂へ入って来た。カイリは男を見た。イルカだ。
「おい! お前も近付くな!」
イルカが叫んだ。
「イルカ!」
騒ぎを聞き付けて降りてきたサラがイルカを見て叫ぶ。カウンターに置かれていた食事用のナイフを持ってイルカに近付こうとする執事を、カイリが静止した。
「サラ……」
「どうして? 私のため?」
「それもあるが……実は……」
イルカはポツリポツリと話し始めた。
この作品は、性的な表現を含むため、R15になっております。
明くる日からサラはカイリを連れてイルカの捜索を始めた。馬車で街を走り、イルカを見かけた衣料品店の辺りを中心にくまなく探し回った。サラは衣料品店の前で馬車を降りると、通りを行く人や店の店員に聞き込みを始めた。
「すみません。この辺で、茶色の髪に緑の瞳、背はこのくらいの若い男性を見ませんでした?」
「うーん、ちょっと分からないな」
「そうですか……ありがとうございました」
こんな具合に、出来るだけ沢山の人に聞き回った。
何十人かに聞き回った時、ある女性がこう答えた。
「ああ、その人なら、ナジル街の方へ行くのを見たわ」
「ナジル街?」
「この通りを真っ直ぐ行って、大きな書店の角を左に曲がってずっと行くと、ナジル街よ。でもねえ……」
「何ですか?」
「ちょっとガラの悪い地域なのよね。奥さんみたいな方が行くような所じゃ無いわ」
「……ありがとう」
サラは馬車へ乗り込むと、ナジル街を目指した。言われた通り、書店の角を左へ曲がってずっと進むと、街の様子はガラリと変わった。崩れかけた住居、ゴミの散乱した道路……いわゆるスラム街である。ナジル街へ着いたサラは馬車を停めると、降りて通りを歩き回った。途中でいかにもガラの悪そうな男達が、ジロジロとサラをみつめる。だが、そういった男等、娼婦時代に散々見てきた。サラは思いきって一人の男に声をかけた。
「すみません。この辺で、イルカという、茶色の髪に緑の瞳のこのくらいの背の若い男性を見ませんでしたか?」
「ああ、イルカなら知ってるぜ。アスランの所の若いのだな」
「アスラン?」
「この街のマフィアのボスさ。宝石や酒なんかを売りさばいて、結構儲けてるね」
「宝石?」
サラの頭にタンジーの事が思い浮かんだ。
「まあ、偽物や粗悪品なんだけどな、それでも普通の人間にゃ良く分からんだろう? 無知な奴等にゃ良く売れるらしいぜ。イルカっていう若い奴は、アスランの手下だよ」
「そう……何処へ行けばイルカに会えるかしら?」
「この先の赤く塗られた建物に居るよ。でもなあ……」
「何です?」
「どういう事情か知らないが、奥さんみたいな人が行くような場所じゃ無いぜ」
「良いのよ、ありがとう」
サラは男に礼を言うと、赤い建物を探した。日干し煉瓦で出来た壁を赤い漆喰で塗りかためた建物に到着したサラは、入り口のドアをノックした。中から
「誰だい?」
と低い男の声がする。
「サラといいます。ここにイルカが居ると聞いて来ました。彼に会わせて」
「何で奴に会いたいんだ?」
「幼馴染みなのよ」
ドアが開いて、男が顔を出した。頬に傷のある、浅黒い肌の男だった。
「イルカは?」
「この奥さ。イルカ!」
男が大声で呼ぶと、イルカが現れた。
「イルカ!」
サラはイルカに駆け寄ると、彼を抱き締めた。
「サラ……」
イルカは戸惑い勝ちにサラを抱き締めると、
「どうしてここへ?」
と訊いた。
「貴方に会いたかったからに決まっているでしょう! ずっと探してたのよ……あの時、何故逃げたの?」
「それは……だって俺、金持ちになってサラと結婚するつもりだったのに……街へ来て、仕事を探したけど、俺みたいな田舎者を使ってくれる所は無くて、結局マフィアのボスに拾われて……こんな姿、サラには見せたく無かった……」
「そんな! そんな事構わないのに!」
「サラは何故街へ? それと、その後ろにいる男は何だ?」
「それは……」
サラは今までの経緯を話した。
「タンジーだって?」
タンジーの話をすると、イルカは驚いた声を上げた。
「ええ、それがどうかした?」
「いや……」
イルカは口ごもって黙り込んだ。
「何でも無いさ。それで、サラは幸せなのか?」
「分からないわ……タンジーは優しくてお金持ちで、私の事が好きだわ。でも私……幸せかどうか分からないわ……」
「そうか……まあ、とにかくせっかく来てくれたんだ、今コーヒーを入れてくるよ。そこの椅子に座って待っていてくれ」
イルカはそう言ってサラを椅子に座らせると、奥のキッチンへ入って行った。
「あんた、タンジーの奥方かい?」
さっきから黙って二人のやり取りを聞いていた傷の男がサラに話しかけた。
「ええ、それがどうかした?」
「いや、まあ……何でも無いさ」
男はイルカと同じ様に口ごもって、それきり黙った。何故タンジーと聞くと二人ともそんな反応をするのか、サラには不思議だった。
「コーヒーお待ちどう」
イルカがカップを二つ持って戻って来た。
「ありがとう」
それからしばらく、二人はコーヒーを飲みながら、昔話に花を咲かせた。サラは数年振りに幸せを噛み締めていた。やっと愛しのイルカに会えたのだ。イルカがマフィアの手下だとか、そんな事はサラにはどうでも良かった。彼が無事に生きていて、こうして私と話している……その事こそが何より重要なのだった。
この作品は性的な表現を含むためR15となっております。
ドレスを購入したサラは家へ帰って来た。タンジーは仕事に出かけて留守だった為、サラは一人で部屋へ戻った。寝室で、サラは青いドレスを着てみた。今日はこのドレスで過ごそうかしら? サラは鏡に姿を映してみたが、一人では別段楽しくもない。カイリを呼び出した。
「はい、奥様」
カイリはすぐに現れて、サラの指示を待つ。
「別に用事という訳では無いのよ。ただ……ねえ、このドレスどう思うかしら?」
「とても良くお似合いでいらっしゃいます」
「……本当の事が聞きたいのよ。お世辞ではなく」
「本心から申しております」
「そう……良かったわ」
サラは本心とは裏腹にそう答えた。ドレスが似合っていようがいまいが、どうでも良かった。どのみち似合っていたところで、見てくれる人間はタンジーとメイド達である。ドレス姿のサラを見たら、タンジーは喜ぶだろうか? きっと大喜びで、そして脱がしてサラの体を楽しもうとするのだろう。そうなる結末が分かっているのだから、嬉しいとは思えなかったのである。
このままタンジーの欲求に答え続けていたら、いずれ妊娠しはすまいか? 突然、サラの脳裏におぞましい光景が浮かんだ。タンジーの子を身籠る――そんな事は絶対に後免だった。タンジーの相手をするのは仕方が無いとして、何か方法は無いものか?
「ねえ、カイリ、妊娠しないようにするにはどうしたら良いか、お前知っている?」
「は……」
カイリは少しだけ動揺したが、すぐに冷静を取り戻して告げた。
「街に医者がおります。薬を使って、避妊する事が出来ると聞いた事があります」
「そう……」
サラは少し考えると、
「じゃあ明日、その医者の所へ案内して頂戴」
とカイリに申し付けた。
「畏まりました。奥様」
「ありがとう。もう下がって良いわよ」
「はい、失礼致します」
そう言ってカイリは部屋を出ていった。
明くる日、サラはカイリを連れて街の医者を訪れた。中々立派な建物で、待ち合い室には既に数人の患者が順番を待っていた。サラは患者達に挨拶すると、ソファーに座った。どんな医者なのだろう? 避妊の理由を訊かれたらどうしようか? そんな事を考えながら待っていると、すぐにサラの番になった。診療室に入ると、大きな机の前で革張りの椅子に座った医者が、向かいのソファーに座るようにサラを促した。
「どうされましたか?」
医者は努めてにこやかな声でそう訊いた。
「はい、あの……避妊のお薬が欲しいのです」
「避妊ね……ええ、薬はございますよ。ですが、少し体に負担のかかる薬ですが……」
「構いません。どうしても妊娠したく無いのです」
「分かりました」
「それと、この事は内密にお願いしたいのです。主人にも」
「奥様、ご心配には及びません。医者には守秘義務という物がございます。この部屋で交わされた内容は誰にも話される事はありませんよ」
「そうですか……」
サラはほっと胸を撫で下ろした。
「ありがとうございました」
医者から薬を処方されたサラはカイリと連れだって外へ出た。
「間違っているかしら?」
サラはカイリにそう訊いた。
「何がです? 奥様」
「避妊薬を飲む事よ」
「私は奥様の従者でございます。その様な判断の権限はございません」
「そう……。主人には秘密にして頂戴」
「畏まりました」
サラは馬車へ乗ろうとしたが、ふと、通りを歩く若者が気になった。目を凝らして良く見る。イルカじゃないかしら? サラの心臓は高鳴った。
「イルカ!」
サラは若者に向かって叫んだ。若者が振り向く。イルカに良く似ている! だが若者は咄嗟に走り出した。
「待って! 何故逃げるの?」
サラは必死に走って後を追ったが、二人の間はぐんぐん開き、とうとう若者は何処かへ消えてしまった。
「イルカ……きっとそうよ、あれはイルカだわ。でも何故逃げるのかしら? 私が分からないのかしら?」
サラはドレス姿の自分を見下ろした。私は村に居た時とは随分変わってしまった。それで、彼は私だって分からなかったのかしら?
サラは諦めて馬車に乗った。確かにイルカだった。あの緑の瞳……サラの心に子供時代のイルカの姿が浮かび上がる。幸福だったあの頃。でも、さっきのイルカは薄汚れた服を着て、何だか暗い、ちょっと別人みたいだったわ……。何があったのかしら?
でも、イルカがこの街で生きている事は分かったわ。サラの目に涙が滲んだ。良かった、生きていてくれて! 後でゆっくり探せば良いわ……。サラは背もたれに背中を埋めると、大きく息を吐いた。大粒の涙が数滴こぼれ落ちた。今まで、もう二度と彼には会えまい、と思っていた。それは絶望の日々だった。だが、一筋の希望が射したのだ。サラは窓から外を眺めた。日干し煉瓦や漆喰で出来た建物が通りすぎて行く。この街の何処かに、イルカは居る! サラは静かに微笑んだ。