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『神様の御用人』その2

2023-08-29 15:09:43 | 読書

神様の御用人(メディアワークス文庫)

著 浅葉なつ
二柱
~名言スランプ~
10月初旬、朝から雨が降り続いていた日。
親友である孝太郎が家を訪ねて来た。
いつものたわいの無い雑談をしながら、
話は良彦の仕事の方へ。
バイトをしながら就職先を探していることを孝太郎に知られてしまう。
孝太郎「なんだ、仕事探してるじゃん」
「だいたい、良彦は何の仕事がしたの?」 「野球が出来なくてショックなのも、膝が未だに痛いのもわかるけど、稼がないと生きて行けないんだぞ?」
「今はバイトでよくても、30歳40歳になってもそのままという訳には行かないだろ?」
と、正論を突きつける孝太郎に対して
良彦「……んなこと、分かってるよ」
「おれだって、やりたいこと、なりたくないことはあるし」
「それは……まだ、考え中っていうか…
と、煮え切らない良彦
尚も、正論を突きつける孝太郎
孝太郎「そんなこと言ってるうちにどんどん年取って、気がついたら再就職も難しい年齢になってたりするんだぞ」
「お前はもっと、自分のこと知った方がいいよ」
孝太郎とは高校からの親友で、お互いのことも分かりあってる。
人付き合いの苦手な良彦にとってもっとも信頼していると言える相手。
でも、仕事を見つけられない自分。
膝が痛いのは確かだけど、それを理由にしてしまう自分。
中途半端なまま動き出せない自分。
そんな自分を誰よりも不甲斐ないと思いっている自分。
孝太郎も良彦のことを考えて言ってくれてるけど、素直に受け止めることが出来ず
「………孝太郎には、わからねえよ…
と、突き放してしまう良彦。
そんな折、宣之言書(のりとごとのしょ)が
光新たな神様の名前が浮かび上がった。
「一言主大神(ひとことぬしのおおかみ)」
という神様だった。
一言主大神とは古事記の下巻に登場する神のことらしい。黄金曰く、多くの人を処刑したことで大悪天皇と呼ばれた、当時の第二十一代雄略天皇をも跪かせた名神とのことだ。そしてその一言主が鎮座する社は、大和葛城山の東南麓に位置するという。
そんな一言主大神の元へ向かうバスの中で良彦と黄金はおばあさんに出会います。
おばあさんも歳のせいで膝を痛め、良彦に話しかけられ
孝太郎に対し、心無いことを言ってしまったことを打ち明けます。
そんな良彦に対し、おばあさんが告げます
「誰かが言った一言に救われたり、気づかされたりすることもあるものよ。
 放った言葉は戻ってこないけど、もう一度真摯な言葉を届けることはできるものだから。」
もう一度、真摯な言葉を届けることはできる。確かにそうかもしれないと
自分にとってはそれが、孝太郎への謝罪の言葉なのだろうと良彦は噛み締めながら旅路を急いだ。
神社に到着すると山吹色の打掛けをまとった若い女性が迎えてくれた。
この女性は一言主大神に使える眷属である銀杏の精霊であるお杏という女性らしい。
そしてこのお杏から
「ほとほと困り果てていることがあるのです。
 私の力だけではどうにもできず、様々な手を尽くしましたが、
 今はただ心を痛めることしか…」
「良彦殿、どうか我が主、一言主をお救いくださいませ」
その瞬間、宣之言書が光り、今回の御用の契約が成立しました。
良彦、黄金、お杏は神社の奥へ入っていきます。
お参りしている夫婦に向かって黄金がつぶやきます。
「小銭を投げつけ、おざなりな拝で祈願を唱え、なぜそれで望みが通ると思うのか…」
多くの人々は神様とは、願いをかなえてくれる存在だと思っています。
ですが、本来は、基本的には神は豊穣や繁栄などの大きな祈願に関与し、
受験や恋愛などの個人的な祈願にはほとんど干渉しないもの。
力添えはするが、人の子の努力なくして叶うものではない。
でも、昔からその土地に密着する神にとっては、人の子とは我が子のようにかわいいもの。
お小遣いをねだられれば、ついつい渡したくなるものです。
現に、一言主様は、人々からの健気な願いには、信託という形でお告げを下ろしていました。
その名残で、今では一言さんと呼ばれ、一つだけ願いを叶えてくれる社として、
この辺りでは浸透しています。
そんな一言主ですが、力が衰え、信託を下ろすことが難しくなった今でも、
毎日拝殿の階段に座り、聞こえないとわかっていながら、参拝した人の子、一人ひとりに
労いと励ましの言葉をかけることを常としていた。
しかしここひと月ほど、本殿に閉じこもったまま外に出てくることはなくなったという。
などと会話をしながら一言主の大神のところへ向かいます。
一言主のいる扉を開けるとそこには…
中学生くらいの少年がちゃぶ台の前に座り込んでいた。
そして、その前には、パソコン、キーボード、タブレット端末やスマートホン、
なども転がっており、液晶テレビ、据え置き型のゲーム機もいくつかあった。
あっけにとられた良彦と黄金だったが、一言主が
「…別に引きこもったからこうなったわけじゃなくて、僕のデフォルトだけど?」と
2人の前でもゴロゴロする一言主に対してお杏が
「この辺りでは特に慕われている神なのに、その神がいつまでも引き込みりなど…!」
と怒っても
「もともと人間には僕の姿は見えてないんだから、外に出ようと、引きこもっていても同じじゃん」
「もう別にいいよ。どうせ何を言ったって人間には聞こえてないんだし。
 いくら名神って言われても昔の話だし、古事記にはちょろっとしが出てこないし。」
「今なんて、力も落ちてきてこの姿だし、僕が引きこもってても、誰も困らないでしょう」と
自虐的に語る一言主。
そして、パソコンの画面に映るゲームに良彦が反応します。
「そのゲーム、おれ、どうしてもクエストクリアできないんだけど、もうクリアした?」
その言葉に興味を示した一言主は興味を持ち、
「そこならクリアしたよ、よかったらその隅にノートパソコンあるから手伝ってあげようか?」と
いそいそとパソコンを取りに行く良彦でしたが、ふと拝殿前を見ると賽銭箱の前に制服姿の1人の少女が、一言主もそれに気づき、はじかれたように立ち上がるが。
「…いや、なんでもない」といい、話は再びゲームの事へ。
ゲームがひと段落すると二人寝ころびながら良彦が孝太郎のことを話します。
余計なことを言って、気まずくなってしまった友達を話を、すると一言主は
「僕が言葉を口にできないで困っていて、良彦は言葉を口にして困ってる。なんか不思議」
と笑います。
そして、良彦に問います。
「悪かったと思ってるんだろう?」と
良彦は「うん」と答えると
「親しいからこそ、愚痴を吐いたり、甘えたり、どうにもならない感情をぶつけたりするものでしょう?それって、相手を信頼している証拠のような気がする。心を許しているからこそ、格好悪いところも見せられるっていうか…だからきっと、その孝太郎もわかってるよ」と
そして、一言主も話し始めます。
「さっき見た少女はね、僕は彼女が赤ん坊だった頃から知ってるんだ。」
「首が座る前から親に連れてこられてここにやってきて、中学生になった今は、家族や友人の幸せや健康っていう、ほんの些細なことを祈って帰ることを習慣にしている。学校帰りに立ちよって、花壇の花が咲いたよ。なんて報告をくれたりもするんだ。」
「その彼女が、ある日失恋をして、雨の中、泣きながらここに来たことがあったんだ。
 僕はてっきり、吐き出したいことがあるんだろうと思って、愚痴でもなんでも聞いてあげようと思って、僕の言葉は届かないけど、せめて慰めの言葉をかけようと思って、拝殿の階段に降りたんだ。」
「……でも、彼女は何も言わなかった。
 その日は祈ることも、すがることも、文句を言うこともなかった。
 僕はそんな彼女を見てることしかできなかったんだ。
 言葉の神様のくせに、何も言葉をかけてあげられなかった。…なぜだかわかる?」
「僕は、あの子に、頼られてなんかいなかったからだよ」
「彼女にとってみれば、僕は理不尽な愚痴すら言えない空虚な存在だったんだ。
 所詮力を失った僕の言葉は人間には届かない。
 励ましも慰めも、僕の自己満足でしなかい。そんなこと、わかっていたはずだったのに。
 僕はその時、痛感した。」
「僕は、これっぽっちも、人の役に立てない。」
そういって一言主は微笑む、でもその笑みは泣いているようにも見えた。
その後、良彦は神社で寝るまで話をし、朝を迎えた。
朝ご飯を調達しに黄金とお杏を連れ3人でコンビニに向かい、
近くのベンチで話をした。
そして、自然と話題は昨日の少女の話題に。
良彦は疑問に思っていることをお杏に尋ねた。
「その子って、その一件以降も参拝にきてるんですよね?学校帰りに立ち寄ってるんですよね?」
頼りにしていない神様のところへ、そんなに足しげく通う物だろうか。
そんな問いに対して
「だからこそ、なのでございます。ほぼ毎日のように訪れながら、一番困っていたはずのあの時、
なぜ無言だったのか、それが知りたいのでございます。」
「彼女はあの一件以来、何事もなかったかのように、元気に学校生活を送っております。
 友人の前では常に笑顔で、信頼も厚く、とても健気な少女でございます。」
そういって、理由を知りたいお杏は良彦に直接少女に聞いてほしいと頼みます。
ですが、いきなり知らない人が聞ける内容でもないし、
誰も知らないはずの少女の話を良彦が話すわけにもいきません。
「……けれど思えば、彼女は自分が失恋したことを、友人にすら話していないようでございます。
 きっと隠したいのでしょう。気丈に振る舞う姿を、私はみておりますゆえ。
 良彦殿のおっしゃる通り、誰もいない神社で泣いていた姿を他の人が見ていたら、
 それは彼女の望みに反することになるかもしれません……」
そのお杏の言葉に良彦はふと顔を上げます。
「…お杏さん、今、なんて言いました?」
と良彦は呼吸も忘れて考える。
昨日の一言主のと会話。耳に繰り返される言葉が決定的なズレを教えてくれる。
あれは確かに、一言主が言った。孝太郎のことを相談した自分を励まそうとして。
心を許しているからこそ、格好悪いところを見せられるのだと。
「…あいつ、自分で言ったくせに…」と
つぶやき、弾かれたように神社へと走り出した。
落ち着いて考えれば、すぐにわかる問題だ。
失恋したあの日、彼女は雨の中、神社を訪れた。
神前でただ泣き続けているだけの姿を、一言主もお杏も目撃している。
それなのに2人とも、そして話を聞いた自分さえ、彼女が何も話さなかったという事実に
気を取られて、そこにある真実を見失ってしまっていた。
答えなど、とっくにわかっていたのに。
「一言主!」
傷む膝をおして石段を駆け上がり、乗り込んだ良彦は訴えた。
「今すぐ、こんなバカげたことをやめろ!」
「人の役に立てないなんてバカみたいなことで、悩むなっつってんの!」
「女の子に頼られなかったとか、言葉をかけられなかったとか、それで落ち込んで引きこもって、
 めそめそしてんじゃねえよ!そんなの全部、どうでもいいことだ」
「なんであの子があの日、ここへ来たが、考えたことがあったか?」
「あの子にとって、本当にここがどうでもいい場所なら、なんで雨の中泣きながら来たんだよ」
「お杏さんが言ってたよ。あの子は、友達の前では常に笑顔で、失恋したことだって誰にも告げずに、
 気丈に振る舞ってたって」
「失恋して泣くなんていう格好悪いところ、ここじゃないと見せられなかったんだよ」
「確かに彼女は何も言わなかったかもしれない。でも、ここに来たっていう事実だけで十分なんじゃねえの?」
「あんたの言葉は聞こえてないかもしれないけど、その想いは絶対に伝わってるよ。
 だから、あの子は、ここに来たんだよ。それにおれは、言葉だって大事だけど、
 たった一人の女の子を慰められなかったことを後悔する、お前のその優しさの方が
 もっと大事だと思う。」
「言葉がなくても、そばにいると思うだけで、心強いことだってあるよ…」
「一言主だからって、格好いいことなんて言わなくていいんだ。
 言葉に縛られる必要もない。あんたはそこにいるだけで、十分優しいんだ。」
その瞬間、空間に光がはじけた。
後日談。
良彦たちは拝殿に腰掛けながら少女の話を聞いていた。
「おじいゃんのぎっくり腰が早く治りますように。」
「ちょっと触るだけでわあわあ騒いで大変なの。私は面白いけど、おばあちゃんはうるさいって言って怒るし、おじいちゃんもかわいそうだから、あ、それから、お父さんのへそくりがお母さんに見つかりませんように。でもあの辞書の間じゃそのうち見つかっちゃう気がするけど」
「あとね…それとね…この前はここで泣いちゃったけど、あの時は辛くて、悲しくて、落ち込んだりもしたけど…私、もう大丈夫だよ、いつまでも、めそめそしていられないもんね…心配かけてごめんね」
拝殿の階段で一言主が
「…君は強い子だ、強くて、優しい子だ。
 僕がここで聞いているから、僕がここで見ているから…いつでもここへおいで」
その声は聞こえないはずなのに、届かないはずなのに、ふと顔を上げた少女は不思議そうに耳を澄まし、やがて花が咲くように笑った。
その後良彦は帰る途中孝太郎に出くわした。
孝太郎が普段通り声をかけてくれる。
「ようやく帰ってきたか」
「ごめん」
「お前はほんと世話やけるな」
「ごめん」
「まあ、もう慣れたけど」
「ごめん…それからこの前もごめん…孝太郎にはわからないとか言って、ほんとごめん」
「…そのことだけど、おれもちょっと言い過ぎたっていうか、よく考えたら、誤解させたかもしれないと思ったことがあって…」
「誤解…?」
「お前は自分のことをもっとよく知った方がいいって言ったのは、誉め言葉だったんだけど」
「誉め言葉?」
「あ、やっぱ逆に取ってた?」
と孝太郎は話始める。
「多分お互いにないものねだりなんだよ。
おれは順調に人生を歩んでるように見えるかもしれないけど、それって結局、神社の跡取りに生まれた宿命をあるいてるだけだし、お前は波乱万丈だけど、自分が思う通りに自由に生きていけるだろ?」
「おれたちは目指す場所も、歩く道も違うから、100%分かり合えるなんて絶対に無理だけど、
 分かり合おうとすることはできると思うし」
そういって照れくさそうに笑いながら
「まあ、つまり、今から飯でも食いに行く?」
「お前のおごりで」と2人して笑いあって歩いていく。
というわけで、長くなりましたが「言葉」についてのお話でした。
言葉とは簡単に人を傷つけることもできてしまうけど、たとえそうなっても真摯に伝えることができるもの、そして、言葉がなくても、相手を思いやることができ、そばにいることの大切さを教えてくれる物語でした!
…心に残った言葉…
『誰かが言った一言に救われたり、気づかされたりすることもある。
 放った言葉は戻ってこないけど、もう一度真摯な言葉を届けることはできる。』
『必ずしも大げさな神事が必要なわけではありません。
 ただ神前で人の子が口にする感謝の言葉や、生きていることの喜びを伝えてくれることが
 神の力の源になっていたのです』
『親しいからこそ、愚痴を吐いたり、甘えたり、どうにもならない感情をぶつけたりするものでしょう?それって、相手を信頼してる証拠のようなきがする。心を許しているからこそ、格好悪いところみせられる』
『言葉がなくても、そばにいると思うだけで、心強いことだってあるよ』
『誰かを想って放つ言葉とは、こんなにも力があるものなどだと。』


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