輪島塗の世界では、修理に出された漆器を「なおしもん」と呼ぶ。暮らしの中で使い込めば傷がつき、縁が欠けることもある。ときに漆を塗り足し、他の色に塗り替え、模様を付け足し、そうすることで器が深みを加えてゆく。
▼手間と実入りが釣り合わない仕事と聞く。それでも作った器を売りっぱなしにせず、一生ものとして愛用してほしい。お客とのつながりを疎(おろそ)かにしたくない―。「なおしもん」に込められているのは、漆器作りに携わる人々の誇りと願いだという。
▼能登半島地震とそれに伴う火災で大きな被害を受けた「輪島朝市」周辺では、きのう、公費による建物の解体が始まった。元日の発生から5カ月、「前に進まねば」という思いと、愛着のある建物との別れを惜しむ思いと、人々の複雑な感情が行き交う節目だったかもしれない。
▼公費解体の実施は、申請件数に追い付いておらず、街のありさまが震災直後と変わらない地域も多いという。やがて梅雨が訪れる。田畑には恵みの雨でも、倒れかけた家屋から思い出の品を取り出せずにいる人々にとっては、恨めしい涙雨だろう。
▼先日は、追い打ちをかけるように輪島市などを震度5強の地震が襲った。その影響だろうか、当方がSNSでフォローする老舗漆器店の若い当主が、実家の倒壊を報告していた。元日の地震で「全壊」の判定を受けていたものの、何とか建っていることが心の支えだったという。
▼「どれだけ前を向いて進んでも、何か後ろに引き戻される感じがします」と、やり場のない思いがつづられていた。「なおしもん」を習いとする人々にも容易に修復できないものがある。せめて思いを寄せられぬものかと、被災地の空を遠い都心から仰いでいる。
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