労働は苦役である
という定義❓は、
旧約聖書のコヘレトの言葉から来ているのですね。
名を上げるのは失礼ですけれど。
亡父、和己は文春に勤められたことを感謝の極みで亡くなりましたけれど。
コマツさんは、コマツ人は人権擁護という意識が皆無で、コマツ社員やその傘下の従業員を牛馬の如く、鞭打たなないと、労働者は労働という苦役に従事しないという暗黙の了解があるようです。
それで、私がコマツで楽しみながら、労働に勤しんでいると、山田荘一主任の一存❓で殴る、蹴る、引っぱたく、暴言のこの4つでしか、自分自身はコマツ人として鍛えられていないから、それに倣うのが至極当然だとしかの意識しか、山田さんには働かないし、その労働の仕方に何一つ、文句が言えないのは、油機製造部工作課部課長が揃って、山田氏の教育方法に異論がないとしたのですね。
ですから、楽しんで労働に勤しむ
とは、
何事だ!
ふざけているのか、お前は!
しか
小松製作所社内の人間には一通りの労働態度以外、異論の余地もなく、余りに面食らった私は、環境障害と陥ったのだと想いますけれど、ね。
病気というより、面食らい方があまりに、父の背中と異なっていたのでね。
じゃ。
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