むーちゃんの最後の日の写真です
200枚以上もありますが
今日は・・これを
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きょうは 長文になりますよ~
覚悟して読んでね
1ヶ月ぐらい前に フジテレビで
「千の風になって」の体験公募募集があったのですが
そのサイトを見つけた時に
一気に小さな投稿文の枠の中に書き込んだ文なのです
文も言葉もめちゃくちゃですが
何だかその時は気持ちをぶつけたくって
ドバーって書いちゃいました
3884通の応募があったそうです
もちろん選考はされませんでしたが
書く事ですっきりまた一歩前進できた事を感謝です
千の風になっての放映
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私がその時に一気に書いた原稿です
読んでね~~
「遭難したかもしれません」
の私の記事から
もう半年以上もたつのですね
皆さまには 本当に暖かく見守られながら
今まできました・・
一歩一歩と皆一緒に進んできました
ありがとうございます
最近このブログを訪れる方も増えてきました
こんな経過だったんだとの文でもありますね
思い出すもの辛いけど
やはり・・現実だった事も認めなくてはいけないしね
辛い方は素通りしてくださいね
応募の「千の風になって」を意識しながら書いたので
ちょっとそれが変ですが・・
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私は53歳 そして夫は50歳だった
夫は50歳で千の風になってしまった
今年1月に「山の朝日と夕日を写してくるよ」
といった言葉を残して出かけた夫
まさかその言葉が最後に聞くあの人の言葉になるとは・・
夫と私は4年前に知り合った再婚同士
前の結婚生活の苦しみから逃れやっと出会った人だった
前日まで中央アルプスへ行こうか?
北アルプスへ行こうかと迷ってた様子
いつもなら山行の時は迷わないのに・・
前日までは北アルプスへ行くと言ってたのに
朝になり「中央アルプスならケーブルで途中まで行けるしな、
今回は縦走もしないし朝日と夕日の撮影だから心配ないよ
いい写真撮ってくるからいい子で待ってるんだぞ」って
この選択が夫の生死を分ける事になろうとは
この時は二人とも知る由もなかった
夫が山行にとりつかれたのは3年前から
最初は丹沢の低山に数回一緒に登ってた
夫は中高年からの山登りの本を読み漁り私を連れて行ってくれた
初めての山登り・・
頑張って頑張って歩いて頂上に辿りつけた時の喜びは
50代の私にとっては苦しくもあったけど爽快な気持ちだった
そんな気持ちを味わえた事に幸せ感を感じてた
こんな素敵な空間がこの世にあったのね
二人で始めた山登りだった
所が何でも極めたいという性格の夫は
それから山の神様に導かれるように山行にとりつかれていくのである
3000Mの21座のうち 去年暮れまでに1座を残しクリアした
山登りの怖さを知らない私は夫があまりにも
喜び勇んで出かける山行にいつも笑顔でいってらっしゃいが言えてた
冬山がどんなに恐ろしいかを知らない無知な私だった事を
いまさらながら反省だけど
夫もこの時になってきっと冬山の怖さを身にしみてわかった事だろう
行った日は晴天次の日明け方から数年に一度という
恐ろしい爆弾雪が
この地方に襲撃したのである
そして山の上で夫の命が消えてしまった
去年の5泊の北アルプス縦走の時は待ってても全然平気だったけど
今回は3泊停泊予定だったが何となく気持ちが落ち着かなかった
出かけた次の日の夕方トマト(黒柴)を連れて
散歩にでたがいつもと違う方へ行きたがる
リードを引かれるままに行くと
駅の反対側の商店街
前夫と行った焼肉やさんとかカラオケ屋さんの当たり
何でここに私を連れて来たの?
急に胸騒ぎがしだした
前に夫とここへ来た日の事が蘇る
夫の顔が眼のまえにチラツク
どうしようもない不安感で涙がとめどもなく溢れた
いつもなら山行中でも電波届く所から数回連絡があるのに
今回は一度もない
胸がドキドキになった
どうしたのかな~と
自分でも理解出来ないトマトの行動でもあり私の涙だった
明日現地がどんな様子か電話してみよう
次の日現地へ電話してみた
こちらは「爆弾雪」が降ったんですよ!
奥さんに連絡がないとは遭難では?警察に電話してくださいって
ん?嘘?ほんと?どうして?なんで?
頭の中が真っ白になった
ドキドキしながら現地の警察に電話して捜索依頼を発声
でも心の中では「絶対どこかで生きてるよ
だって何でもこなしてきた人だもん
いつだって俺に任せろ」って言ってくれた人だもんって・・
現実はそう甘くはなかった
現地の麓のホテルで捜索中もんもんとした気持ちで電話待ちをしてた
ヘリの捜査でテントらしきものを発見!
との情報があり警察へ飛んでく
夫の荷物?違う人のだよ
夫はどこからか下山して明日あたり「心配かけたな」
って頭をポリポリ掻いて出てくるよ
あ~でもその気持ちは運んで来た荷物を見て一瞬に消えた
夫のテントだった・・夫の寝袋だった・・
夫のリュックだった・・夫の持って行った食糧だった
そして・・夫のカメラだった・・
まだあるある・・
夫の帽子・・夫の手袋・・何もかもあるよ・・無いのは身体だけ
頭の中に血が走る・・ドキドキと血が走る
これは夢?
へんな夢だな~
起きたら絶対言わなくちゃ・・
「冬山は行くのはいやめて!」って
ヘリからおりたての荷物はどれも凍ってた
一つ一つ手にとっていたら・・
急に涙が顔にする~と一筋流れた・・もう一筋流れた
そしたらどんどん流れた 滝のように流れた
どうしたのぉ?どうして?なんで・なんで?
それしか言葉に出なかった・・でも何となく冷静だった
大声で泣いたら自分が壊れそうだったし夢の中にいる感じだった
警察の方にこの荷物が夫のものであるかの荷物の確認をされた
「はい!間違えありません」と割と冷静に答えられた
夫の姿を見るまでは死んだという事実は認めたくなかった
荷物が全部あるのでどこかで山越えしてるはずもないけど
一ミリの希望だけでも持ちたかった
山の頂上は風も強く二次災害も起こりえるとの判断で
捜査が打ちきられる事になった
春の雪解けまで待つしかないと・・
夫の娘夫婦はその場で仕方なく帰った
私は帰る気持になれずにいたらロープウェイが
豪雪のため止まってたのだが動き出した事をお聞きして
少しでも山の頂上に近い所に行きたいと思い
ロープウェイの上にある山の千畳敷ホテルに一人泊まる事にした
ロープウェイに乗ってホテルに着いた
そんな天候だったのでホテルの中はシーンとしてた
ご飯の後 外に出てみたもちろん雪はもう降ってない
夜なのに雪あかりで何とも言えな神秘的な世界だった
「どこに隠れてるの?むーちゃん(夫の呼び名)返事してよ
迎えに来たよ早く帰ろうよ・・むーちゃん~」
あそこらへんでテントが発見されましたと
夕方聞いてた当たりに向かって小声で叫んだ・・」
「・・・」しーーんもう一度話してみた
「どこにいるの??私も行きたいよ・・
同じところへ・・いつも一緒って言ってたじゃん」
サクサクって自分の足が前に進んでる・・
サクサクという音だけが暗闇の銀世界に響き渡る・・
サク サク! サク サク!
ところが・・そこでなんと・・トマトの顔が浮かんだ
黒いトマトの影が飛び交った
「ママ?」って呼ばれた気がした
我に帰った
そうだね・とトマトが待ってるんだよね
危うくトマトに命を助けてもらった
しっかりしなくちゃ・・まだお父さん発見されてないしね
「生きてるよね」とトマトに言い聞かせながら部屋に戻った
でも・・もう心のどこかにもう諦めなくては
と自分に言い聞かせながらね
部屋に戻ったけど寝つかれなかった
お茶でも飲もうと急須からお茶を注ごうとしたら
「俺にもくれ」と声を感じた
「あ~そうだね・のど渇いた?」
自然にいつも家にいるみたくお茶を二つ注いだ
お菓子も食べようかな~?
また聞こえた「半分くれ」「うん」
二人は仲良しだった・・とてもとても仲良しだった
食べ物もいつも半分こしてたしね
いろんなお話を二人でした
内容は忘れたけどポンポンと出てくる会話
修学旅行気分で布団に寝転がりながら話した
いつも出かける時はテント泊が多かったので
ホテル(といっても和室)に泊まったのは
久しぶりだったので何だかウキウキ気分だったね
自分の手が頭にいって髪を撫ぜてたら
(どうしてそんな行動をとったのかわからないのですが)
数回手を動かしたら
その手がむーちゃんの手に代わってた
いい子いい子って何度も何度も頭を撫ぜてくれたた・・
そのうちに寝てしまったのだが
今思うときっと最後のお別れに私の傍にきてくれたんだと思ってる
私を本当に可愛がってくれた人です
山行に並んで夫は写真撮影も手掛けてました
同時進行のような感じで・・
撮影も極めたいと思うようになって2年足らず・・
それでも何でも一途にする人なので
腕がメキメキあがり去年は三枚はフォトコンで
金賞・銀賞をいただき一枚は雑誌にとり上げらてました
なんと遭難で発見された荷物の中のカメラには
初日に撮影したメディアにしっかりと冬山写真が二五〇枚も残ってました
最後の夫が写した写真になります
話はそれちゃいましたが
そんな楽しい夜を過ごして次の日はとりあえず帰る事に
帰りのケーブルにも・・
バスの中にもむーちゃんの残像と一緒でした
その時はとても疲れた表情をしてましたね
現地にいる時はやはり・・
夫が大好きな土地でしたし
暖かい何かが私を支えてくれたんですね・・
高速バスを降りて新宿に着いたのは夜でした
荷物がたくさんで人ごみの中を通り抜ける時に
涙があふれでました
そうだったね・・もうあなたはいないんだ
これからは荷物も自分で持たなくてはいけないんだ・・
何でも自分でしないといけないんだね・・
溢れ出る涙をこらえ家路へと・・
私と夫はブログを持ってます
二年ほど前から日々更新してます
夫は「風」といハンドルネームで山行の時の
写真・花・風景を主体としたブログを・・
私は愛犬黒柴とまとを通しての更新をしてました
一人になった私を支えてくれたのは・・
そのブログの読者さん達のおかげなんです
遭難事件を報告してから今までずっと
私に心を寄せてくださる皆さまがたくさんいる事なんです・・
その中のコメントの一つに
「千の風になって」って知ってますか?
是非聞いてみてください
「私もそれ知ってますが・・心がいやされます・・」
とのコメントもあり
全く知らなかった私はCDをすぐに買いに行きました・・
聞きました
これは・・むーちゃんの歌だ・・と
何回も何回も聞きました・・そして泣きました・・
そして・・そうなんだ・・
風になって私の事を見ててくれるんだと・・
捜査打ち切りから3週間後
現地の警察の方から電話が入った
「旦那さまらしき人が発見されました・身元確認に来てください」
飛んでいきました・・夫に会いたい
遭難で残された家族は本当に辛いのです
病気死のように看病しながら感謝を述べることも出来ず
ただ不安状態で待つだけだったんです
やっと会えるやっと会えるんだとちょっと嬉しさもあり現地へ
でも・・そこで見たものは非現実な世界
霊安室の床に毛布に包る物体が
「開けますよ・・いいですか?」
と毛布を開けてもらいました
はぁ!これは何でしょうか?と思うものがあった
頭は包帯ぐるぐる巻きで顔が見えません
手首もなく包帯ぐるぐる巻き・・おまけに右手が上にあがってる
顔がないので実感湧きません
遭難発見の時には顔と手首が小動物に食べられてたそうです・・
なんで?顔がないの?
私のあなたはどこへ?
少しづつ毛布を開けてくれて裸体の身体の確認へと・・
間違いなく夫のでしたが・
触ってみたらカチンカチンでまるで冷凍イカのようでした
なぜか・・冷静な私でした
次の日は娘夫婦も息子達も来て現地火葬に・・
最後のお別れですと言われ
凍った夫の身体を少しでも暖めようと
足首から撫ぜてたら・・
首の所にいった 包帯の上からでも
少しでも近づけるようにキスをしたくなり
そっと包帯の上の口に唇を重ねた瞬間に
もう私は離れなくなってしまい
顔を包み込み号泣して暴れまくってしまいました
その時・・夫も私を掴んだと思います
ギュッて二人は抱き合いました
やっとの思いで離したと後で聞きましたが
その時の事はあまり覚えてません
そして火葬のお骨を家に連れて帰りました
これからはトマトと生きてくんだねと言い聞かせ
日々を過ごしていかなくては・・
火葬してしまったので
何だか普通の葬儀のように慌ただしくはないのですが
やはりしない訳にはと思いながらも日が過ぎてった
夫のしたかった事はなんだろうか?
どんな風に送り出したらいいのだろうか?
そんな時毎日聞いてたのが「千の風にのって」のCDでした
この歌を聴くと涙が溢れ出るけど
悲しいんではなくってなんというか・・心がほっとして
暖かい気持ちになれる歌だからです
そしてその歌が曲が夫の気持ちに合わせられるからなんです
夫の写真
素晴らしい何かがあります
残された写真を見ながらいつもいつも
「千の風になって」を聞いてました
きれいな花の写真・山・空・緑・雲
まるでこの歌のためにあったような写真ばかりなんです・・
そうだ!この写真を葬儀お別れ会のテーマにしようっと・・
ブログの記事で私の気持ちを伝えたら
お手伝いします!
協力させてくださいと名乗り出てくる人がたくさん
折り鶴も全国から一斉に集まりました
お別れ会の場所が遠くって行かれないので
責めて折ツルだけでもって
夫は両親も他界し親戚も少ない私たちでしたが
当日は会社関係・ブログ関係の方達
100名程の参列者の中で
「暖かい暖かい写真お別れ会」ができました
きれいな写真は心を癒すことが出来るし・
きれいな音楽も心を癒せます
その相乗効果は素晴らしいです
無事にお別れ会ができました
もちろん全員で「千の風になって」を合唱してくれました
写真集はどうですか? 作ってください
写真でポストカードを作ってください
って声をたくさんいただきました
嬉しかったです・・
そして・・何とか少しですが
今ポストカード作成を試みる事に
夫は短い間でしたが私に「愛」を教えてくれた人です
教えたというより「愛」をたくさんたくさんくれた人です
そして勇気のある人でした
私をいつも笑わせてくれる人でした
「明るく爽やかに」が口癖でした
そして
「のんびりいこうっか・・・」の言葉も
自分の歩く道は自分で切り開く人
そして私を守ってくれる人だった
だから・・今は
その夫の切り開いた道のレールを私が歩くのです・・
さみしくなんかありません
むーちゃんに愛された事
むーちゃんを愛した事
その想いがあるので
さみしくなんかありません
もし・・さみしい気持ちになったなら
またこの歌を聴いて勇気をもらうのです
「千の風になって・・」
きっとあなたは傍にいてくれる
きっと私を守ってくれる
きっと今も同じように愛してくれてる
だから・・泣かないよ・・
生きていくよ・・
いつかその時が来るまで待っててね
夫は宝物をたくさん残してくれました
たくさんの写真
たくさんのブログ友達
そしてたくさんの私への「愛」を・・
+++++
でした
レンタルBOx情報
「夢たまごさん」へ
今日いろいろ納品しましたよ~
「青いポストカード」にUP
日曜は臨時休業のようです
*****
ありがとう。
本当にありがとう。
そして、頑張って行きましょうね。
むーちゃんさんと とまちゃんと 素敵な人たちと
一緒に
ろみさん ありがとう
きちんと現実と向き合う為に、書いてみる
とても大事な事だと思いますよ
私は母が、文章を書く事や本を読む事を小さい頃に特訓??されて
ペンを持つ事になんの疑問もありませんでした
ろみさん、これからもブログでどんどん自分の想いを表現
していってくださいね
40年目のマスタークラスかと思っていました。
風のマスターは心は温かく、想いは熱いお方です。
今頃は雲の上の天空を、風になりながら宇宙を目指して、何度もチャレンジしているかもしれませんね。
風のろみさん、ありがとうございます!
しっかり、読ませていただきました。
今日、一昨年亡くなりました父の迎え火を焚きました。
父も出先で倒れ、駆けつけた時には穏やかな顔で寝ていました。なんとも言えない気持ちでした。
去年、亡くなられた方をお迎えする仕事をし、いろいろと考えさせられ、生きることのすばらしさをかみ締めました。
ろみさん!生きていてくれてありがとう。とまとちゃんもきっとそう思っていますよ!
ご主人の足跡(写真集)お願いします。
追伸、先日は、とつぜんの花束を快く受け取っていただいて、ありがとうございます。 では。 るいぱぱ
とまとちゃんに助けてもらって本当に本当に良かった。
ろみさん生きていてくれてありがとう。
とまとちゃんろみさんをありがとう。
本当にありがとう
むーさんが居なくなって大変辛いことだと思います
これからもゆっくり前を向いて進んでいきましょうね
みんなと一緒にですよ。
前に進んで えらいですね ロミさん。
歩きながら こぼしていった涙を
トマトちゃんが 一粒づつ
食べていってくれたのかもしれませんね。
無理しないで 体に気をつけてね。
辛かったでしょう、でも書くことで、一つ一つ進んでいくのですね。
私も今日偶然「千の風になって」をあるお店で聞きました。
私も5月に亡くなった妹を思い出して、涙がこぼれそうになりました。
今日のろみさんのブログを読ませて頂いて、また涙です。
ムーさんの写真集を待っています。
夜、ホテルの外で一人でいたら・・・不思議じゃないことですよね。とまちゃんママを助けてくれたんだね。
涙流したり、根詰めながらここまで書き上げたんですね。
ろみさん、生きててくれて本当にありがとう。
むーさんの写真集楽しみにしてます。
少し前に、風さんのブログをやっと見終わりました。私なりに理解できたこと、忘れないよう、文を書き始めています。
時は優しいけれど、それと同時に風化させてゆく力も強いので、その時々の気持ちを形に留めていきたいと思うのね。
そういう意味で書くので、ブログには出しません。
ろみさん、身体を大切にね!
トマちゃんもいることだから・・・
身をすり減らしているように思えるわ。