石切(いしきり)は源氏重代(ちょうだい、じゅうだい)の刀です。重代というのは、その家の家宝という意味ですね。
石切は悪源太(あくげんた)との名を持つ源義平(みなもとのよしひら)が所有していたと言われています。悪源太と言うと悪人のようですが、昔の悪は必ずしも悪い意味ではありません。人名における悪という字には、強いという意味があったようです。義平はこの石切で戦ったとされていますが、義平以後は消息不明のようです。
石割(いしわり)は薙刀を改造した刀で、道長四天王の一人である藤原保昌(ふじわらのやすまさ)が所持していたと伝わっています。ややこしい事にこの石割の別名もまた石切と言います。現存するのかどうか不明です。
岩通(いわとおし)は源義経(みなもとのよしつね)の家臣である、武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい)の刀です。弁慶は実在していた人物ではありますが、伝わっているのは伝説ばかりで、本当の事はよく分からない人です。岩通も実在していた刀かどうかは不明です。
伝説では、岩通の長さは約126cmとなっています。日本刀の長さは全長ではなく刃渡りで表す事が多いので、おそらく全長は150~160cmほどではないかと考えられます。
石切は悪源太(あくげんた)との名を持つ源義平(みなもとのよしひら)が所有していたと言われています。悪源太と言うと悪人のようですが、昔の悪は必ずしも悪い意味ではありません。人名における悪という字には、強いという意味があったようです。義平はこの石切で戦ったとされていますが、義平以後は消息不明のようです。
石割(いしわり)は薙刀を改造した刀で、道長四天王の一人である藤原保昌(ふじわらのやすまさ)が所持していたと伝わっています。ややこしい事にこの石割の別名もまた石切と言います。現存するのかどうか不明です。
岩通(いわとおし)は源義経(みなもとのよしつね)の家臣である、武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい)の刀です。弁慶は実在していた人物ではありますが、伝わっているのは伝説ばかりで、本当の事はよく分からない人です。岩通も実在していた刀かどうかは不明です。
伝説では、岩通の長さは約126cmとなっています。日本刀の長さは全長ではなく刃渡りで表す事が多いので、おそらく全長は150~160cmほどではないかと考えられます。