こんにちは。かすていらです。
前回の記事やYouTubeの動画が想像していた以上に大きな反響がありました。
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今後もこうした記事を書いていきたいと思っていますので、引き続き宜しくお願い致します。
で、今回は先述の記事の続きを書いていきます。
YouTubeの話はここまでで、ここからは足尾に足を(足尾!笑)伸ばした話です。
失敗小僧さん、ジャコ天さん、ゴッパチさんと別れて、わたらせ渓谷鐵道でさらに山間部へと入っていきます。
たくさんの観光客を乗せたディーゼルカーが力強く険しい山を登り、街並みが見えてくると通洞駅へ到着。
足尾銅山までは徒歩で5分程度でした。近い!
自家用車を持っていない私にとって駅から歩いて行ける距離に観光地があるのはとても助かります。
首都圏に住んでいる人は私のように自家用車を持っていない人もたくさんいらっしゃるので、駅から近いというのはものすごく大きなアドバンテージだと思うんですよね。
わたらせ渓谷鐵道と沿線の観光地がコラボして、わたらせ渓谷鐵道に乗って観光地を回ろう!と大々的にPRされたほうが良いのではと思いました。
東京からちょうど良い距離にあるし、群馬県側は相老駅で東武鉄道と接続しているし、栃木県側はバスで日光市の中心部に抜けることもできるから、鬼怒川温泉や日光東照宮、水沼駅温泉センターなどと組み合わせた一筆書きの周遊ルートも組めるし。
都道府県の魅力度ランキングを「信頼性に欠ける」なんて非難してる場合なんかじゃない。
魅力いっぱいあるじゃないですか。
資源の掘り起こしや魅力を伝えること、広域的な連携ができていないことが原因なのでは、と思いますね。
行政がクライアントである仕事をしているので、行政は魅力の発信があまり得意でないことや、都道府県や市町村を超えた連携、あらゆる立場のステークホルダーをまとめることが非常に難しいこと、このようなことに割く時間や労力、マンパワーが不足していることは十分に理解していますが、そこに取り組まないといけない段階に来ているのではないでしょうか。
民間の力を活用して立ち上げと仕組みづくり、動き出しだけは頑張って取り組んで、あとは地域に自走してもらう、という形で良いと思うんですけどね。
私はどちらかというと福祉が専門ですが、そういったコーディネート、コンサルティングができる人を紹介することもできますし。
リモートワークの普及やインバウンドが戻りつつあって、なべそばさんのように地域の活性化にやる気をもって取り組んでいらっしゃる人材もいるのにものすごくもったいない!!
・・・というようなことを帰りの電車の中で思っていました。
話が脱線したので元に戻します。
足尾銅山に到着!
門をくぐって坂道を下ると受付があり、さらに下っていくとトロッコが停まっていました。
トロッコに乗車していざ入洞!
冒険家になったようでワクワクします。笑
「男の子ってこーゆーのが好きなんでしょ?」と言われるやつですね。
はい!好きです!!(大声。笑)
トロッコを下車して奥に進むと案内板が立てかけられていました。なになに・・・
「坑道の総延長は1,234kmに達します。これは東京から博多間に匹敵します。」
え!?すごっ!!
新幹線でも5時間かかるような距離を掘るのに現代の技術をもってしても苦労するだろうに、技術も発達していない時代にこんなに掘ったとは・・・
先人の苦労に頭が下がります。
順路に沿って歩いていくと、所々に当時の様子を再現した人形が置かれています。
あと、坑道の中は涼しかったです!
洞窟の中は温度が一定だから、夏は涼しくて冬は暖かいって確かに良く言われますもんね。
夏の暑さにうんざりしているそこのあなた!足尾銅山に行きましょう!!笑
坑道を出ると、銅(あかがね)資料館というものがあり、産出された鉱石や当時の精錬所の様子を再現された模型などが展示されていました。
鉱石の切り出しや搬出、銅の精錬などの工程も紹介されてあり、知的好奇心がくすぐられます。
また、別の建物では当時のお金の製造方法や製造の様子などを紹介された展示もありました。
もちろん現代でも現金は存在するわけですが、預金やクレジットカード、電子マネーもありますし、さらには仮想通貨というものまで・・・
実在するモノではなく、もはや実在しない概念になっていますね。
なかなか理解するのも大変な時代ですね。笑
お土産を購入して通洞駅へ戻って、わたらせ渓谷鐵道で終点の間藤駅へ。
駅の待合室にはこんなものが。
鉄道に詳しい方はご存知かもしれませんが、宮脇俊三さんという作家の方が国鉄時代に日本にある全ての国鉄の路線を完乗されて、その様子を「時刻表2万キロ」という本の中で紹介されていらっしゃるのですが、まさに最後に乗った路線がわたらせ渓谷鐵道(当時は国鉄足尾線)だったそうです。
旅行が大好きな私も学生時代に読んだことがありますが、名著です。
鉄道や旅行が好きな方にオススメしたい本です。
宮脇俊三さんのことを詳しく知りたい方は別冊太陽で発刊されている以下の本がオススメです。
「時刻表2万キロ」という本や当時の足尾線の写真も掲載されています。
私も時間が無いけど旅行したい!という時にパラパラ読んで旅行気分を味わっています。
間藤駅の待合室にはこうした宮脇俊三さんの偉業を記念して資料などが展示されています。
鉄道ファンの方は訪れてみてはいかがでしょうか。
間藤駅からは徒歩で奥へ進みます。
しばらく歩くと・・・
廃線跡ですね。
足尾銅山が操業していた頃は鉱石や銅を満載した貨車が行き交っていたのでしょう。
さらに歩を進めると、それは突然現れました。
思わず息を呑みました。
もうその役割を終えたであろう立派な橋梁と大きな建物。
橋の名前は古河橋。
明治18年に架橋された鉄製の橋で、現存する明治中期までに建造された道路用鉄橋として大変貴重なものであるそうです。
確かに、明治時代に山奥にこんな立派な鉄橋が架設されたのはすごいですよね。
いかに足尾銅山が重要な役割を担っていたかが分かります。
橋を渡った先の建物は旧本山精錬所。
まさにここで銅が精錬されていたのですね。
先ほど途切れていた線路は当時はここまで伸びていたようです。
別の角度からも見てみます。
逆光で少し見えづらいですが、いくつかの建物や駅のホーム、3つ並んだタンクのようなものも見えます。
少し先に煙突のようなものも見えますね。
もう少し近づいてみます。
でかっ!
銅の精錬で出た煙を排出していたのでしょうか。
奥のほうに見える山では木があまり生えていませんが、これは鉱毒の影響なのでしょうか。
私が足尾銅山を知ったきっかけは、足尾銅山の操業で鉱毒が発生し、それによる周囲の住民の方や山地、農地、渡良瀬川などへの被害が甚大で、国会議員だった田中正造さんが当時の天皇陛下に直訴したという話を学生時代に歴史の授業で習ったことです。
私も詳しくないのですが、当時は環境問題という概念すらなく、富国強兵が優先されている中で発生した新しい問題だったのではないでしょうか。
現代だからこそ、大気汚染や水質汚濁などの公害や地球温暖化が問題となっており(世界的に「カーボンニュートラル」を目指して国家や企業などが目標値を掲げ、高い目標を達成するとESG投資がなされるという動きになっていますね。)、環境に配慮することは「常識」となっていますが、当時はそういった考え自体が無かったのかもしれません。
そういう状況の中で、立ち上がった田中正造さんを私は尊敬します。
ただ、足尾銅山の採掘が間違っていたとは思いません。
当時は日本の工業を支えている足尾銅山の操業を続けることが「常識」であったと思いますし。
果たして足尾銅山の操業は正しかったのか、それとも誤っていたのか。
銅を手に入れることと環境を守ることのどちらを優先すべきだったのか。
どちらが善でどちらが悪だったのか。
それは判断できません。
ただ、足尾銅山で採掘された銅で当時の日本が伸長し、それが現在の日本につながっていることは事実だと思いますし、鉱毒による被害にスポットが当てられたことで、現在の綺麗な空気や水を享受できていることもまた事実だと思います。
どちらの立場でも想像を絶する苦労をされて、そこで得られた資源や知識、経験などで今の私たちの生活が成り立っている。
そう考えると、先人の苦労にただただ感謝するのみですね。
じゃあ、そういう私は未来に何を遺せるのか。
先人から受け継がれてきたバトンにどのような価値をオンして次のランナーに渡すことができるのか。
様々なことを考えさせられた日帰り旅行でした。
またYouTubeに出演させていただけることになりました。
撮影が終わりましたらこのブログでもレポを書こうと思います。
それまで少しお待ちいただければと思います。
これで日帰り旅行のレポは完結です。
読んでいただきありがとうございました。
コメントありがとうございます!
遺跡巡りがお好きなのですね。
是非お時間がある時にお出かけください!
コメントありがとうございます!
お褒めの言葉もありがとうございます!
今後も読んで楽しいブログにしてまいります。
先ほど、足尾銅山の文字で思い出しました。
あまり小説など読まない私が、羽田空港で見つけ購入した城山三郎さんの文庫本でした。なぜか惹かれ暗い雰囲気の文章に興味を持ち最後まで読み、いつまでも心の隅にありマスコミで足尾・田中正造で思い出してはいました。
まさかと思いましたが、机の隅にその本がありました。あの頃の政府の強引な方法には賛成できませんが、あの時代必要だったと理解するしかないのだな~と思いました。ダラダラと長文ですみません。
コメントありがとうございます!
長文でも全然大丈夫です!
城山三郎さんの『辛酸』を読まれたのですね。
私は読んだことが無いので読んでみたいです!