「存在の大切さはいなくなってからわかる。」byトン・ギュソン(イ・ユンソン扮)、パン屋オーナー
今日は『蝶よ花よ』からこのセリフにしました。このセリフは…
ギュソンの店に職人のドゥホが、施設に贈るのだ、と言ってタオルを持ちかえっきたので、ギュソンは感心してドゥホを誉めました。そしてこちらは手ぶらでやってきたソンダルに、最近ホランさんを見かけないけどどうしたのだろう、と話しかけました。ホランは、ソンダルの息子のグァンサンと一緒になろうと、ソンダルと結託してあの手この手で迫っていたのですが、グァンサンに拒絶されてからはおとなしくなり、店の方にも近寄らなくなっていたのです。そしてこのあたりの事情をよく知らないギュソンが呟くように言った言葉が今日のセリフになります。ところがこれを聞いたソンダルは、やっぱりそうだよな、と言って再度ホランをグァンサンと結婚させようと店を飛び出して行きました。
普段側にいる人の存在そのものもそうですし、健康、日常生活、親の恩、上司や先輩の小言、などなど、普段当たり前すぎる存在であればあるほど、なくなった後の喪失感はきついものですよね。それでも人はそういう存在の大切さは失わないとわからないのが痛いですね。
管理人の場合は、先日blog機能が数時間マヒしたことで、いつも何も気にせずblogにアクセスできるありがたみを知ったばかりです。