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たまに自分がずっと実家の近くの橋で
夕焼けを見ていた場所に今もいるという感覚に陥る時がある
今ここに自分がいるのに
気持ちはあそこにいるような感覚。
田舎の次女に生まれた僕は
長男の弟が生まれた時点でいらない人間だったのではないかなと思う
やっと男の子が生まれた
跡取りが生まれたという事で
末っ子からほぼ価値のない立場になったのではないだろうかと思う
両親は物心ついた時から喧嘩ばかりの不仲で
所謂、機能不全家族だった。
父親は浮気したり飲み歩きばかりして
家庭なぞ知らんの人で母に暴力やらしてDVしていた
そんな光景が当たり前なので
弟は小さい時は父にあまり近寄らず
母にべったりの弟だった
長女であるお姉ちゃんは
僕と歳がかなり離れていた
かなり可愛い容姿のため男性にちやほやされていた
中学の時から男性の家によく家出して
高校の時には完璧に家を出た
両親は僕には酷い扱いをしてきた
言うことをきかないとかで今思ってもあれは立派な虐待だと思う
おかしいと思いながらも子供の時にどこにもSOSを出さずに生きてきてしまったので
大人になってから今すごく大変な思いをしている
母は毒親の定番セリフをコンプリートしており
フラバしてしまう人がいると思うし
僕も文字としてあまり認識したくないので内容は書くの辞めるけれど
もう定番の否定的な毒親だった
僕が病気になってからは過干渉に変わったけれど支配型なので思い通りにしないと否定してくるのは消えはしなかった
はっきり言ってしまえば親ガチャを失敗してしまったのである
親ガチャSSR引きたかった\(^o^)/
しかも他の姉弟には虐待はしていない両親とかもうこの気持ちどうしたらいいの≡└(┐卍^o^)卍ドゥルルルル
愛をほぼ貰えなかった育ちの僕は
愛に飢えた思春期を迎えました
愛に飢えても人も信じられない
そして男性がなんとなく受け入れ難く気持ち悪い
そんな思春期でした
思春期は里帰り出産をしにきたお姉ちゃんとその旦那さんが
いきなりはい、家族です
という形で住むことになり
その旦那がすごいくせ者だった
元々夜職してた旦那は夜職を辞めて
ニートし出した\(^o^)/
おい!子供いるのに何してんの!
と今の僕なら言えても中学生の僕は
嫌だなこの知らん人と思うくらい
仲良くしようとしても相手はチャラ男なのでもう苦手属性
大体お姉ちゃんが妊娠して結婚の挨拶に来た時にピアスギラギラの編み込み頭の
ちわーっす!と言って家に入ってきたチャラ男やぞ/(^o^)\
そんなでもお腹に子供がいるならと結婚させた両親
姪ちゃんは今となっては可愛いけれど
大好きなお姉ちゃんの旦那がこれで
何もかも奪われた気分だった当時でした
その旦那とは数年前お姉ちゃんは離婚したんですけどね
元旦那と言えばいいのかそいつはただ僕の漫画を読んだりして
家にいるだけの人間でした
お気に入りの漫画を勝手に持っていき
カバーを無くすという
注意するとキレだすの。怒鳴るの。タンス蹴りながら怒鳴り散らしてくるの
なんなのあの編み込みゴリラ
当時は怖くて辛くてひたすら耐えてたけど
母親は実子ではないからと言いづらいと注意もせずにやらせ放題
その結果僕と元旦那は仲が悪くなりました
そして姪ちゃんが産まれてからは
育児ノイローゼになったお姉ちゃんからも攻撃されて
家を追い出されて鍵閉めされて
田舎なので行く場所なく川沿いや橋の上にいました
橋の上にいたのは
母が帰宅したらそこ通るので拾ってもらうためですね
じゃなきゃお家入れて貰えないので
中学の受験も夜泣きやら
家の炊事やらで大変でした
もうね、書くとたくさんあるんですよ
服すら買って貰えなかったとか
もうたくさん!
たくさんあるのでまたそのうち書きますが
僕の心はたまにあそこにいます
夕焼けを見てるんです
なんとも悲しい気持ちでさみしい気持ちで
死のうとも考えました
何度も何度も
でもいつか大人になったら
自分を愛してくれる人がいてくれるはずだって
この同じ空の下でその人はいるのだと思ったら少し心救われて
よく散歩しながら歌って大人になって普通の暮らしをしている自分を
いつか会えるその人を思ってました
もし彼がその人なら
その歌を歌ってた頃彼もまた辛い日々の中生きていたのだと思います
彼も両親からの虐待の中育ちました
ちょびっツという作品をよく見てて
私だけの人っていうのがあって
僕にも自分だけの人がいたらいいな
と思い中学生の時夕焼けを見ていました
なのでよくちょびっツのニンギョヒメという歌を歌ってました
さみしかった日々でしたが
今は猫と彼といます
ただ実家に置いてきてしまった猫がいるのでその子を迎えに行きたいのです
そんなわけで支離滅裂ですみません
文章のまとまりがないですね
気づけば4時なので寝ないとです
子供の時も大人になっても大変で
中学の時の先生が
やまない雨はないと言ってくれて当時は救われました
でも全然止まなくて絶望に変わり
今思うと、あれは教員になれてる
ある程度恵まれた人間だからこそ通じる言葉であるのだと思います
でも当時は救われましたから
でもやまないのを待つのはもうやめます
傘を作るところから始めます
どうしたら傘作れるかな?って
全部手探りなんですけど
でも最悪はずっと続かなく
どんなに辛いものでも人は続けば慣れてしまう生き物なんです
辛い時は辛いでいいんです
余裕出来ればニョキっと意欲が出て周り見渡したり出来ますから
ずっとは最悪は続かないです
自分から変える工夫とかないと
受け身だと疲れます
ある意味楽ですけどね
こっちかな、あ、違う
こっちかな、あ、ちょっと違う
こっちかな、あ、これいいかも
そんな感じでいいと思うんです
友達に言われて気づきました
僕は楽をすることをしなかったんだなと
最近は楽する方法を考えたり優先してます
すると余裕出てくるんです
人の言葉で傷つくことも気づくことも癒されることもあるのが当然のようで不思議ですね
僕も未だに死にたくなることありますよ
死ななくてもみんなの前から消えて逃げちゃおうかなとかね
でもその気持ちも大事にして自分の感情なのだと思うことにしてます
逃げたいくらい死にたいくらい辛いよねって
いつか笑い話にしたいねって
辛い出来事ほど笑い話にしたい
ここまで思えるように今はなりましたが
昔はさまよってました
その時の話もまたすると思います
その時はおつき合いしてくださると嬉しいです
それではまた