異名は「プーチンの狙撃手」 オランダのルッテ前首相 NATO新事務総長就任で高まる期待

 

異名は「プーチンの狙撃手」　オランダのルッテ前首相　NATO新事務総長就任で高まる期待　日曜に書く　論説委員・斎藤勉　

 

石破茂首相が自民党総裁選で掲げた「アジア版NATO（北大西洋条約機構）」構想は内外で疑念や臆測を招いている。一方でご本家のNATO（本部・ブリュッセル）では1日、オランダの首相を約10年務めたマルク・ルッテ氏（57）が新事務総長に就任、プーチン露大統領と中国への毅然（きぜん）とした物言いで信頼と期待を高めつつある。

ルッテ氏は欧州で「最も経験豊富な政治家の一人」とされ、「プーチンの狙撃手」との異名も取る。ウクライナ侵略を続けるロシアへのEU（欧州連合）による制裁をめぐり「われわれはロシア国民と対立しているわけではない。標的にすべきはプーチン大統領とその政権だ」との名指し批判で注目された。

事務総長の就任演説では「ウクライナを支援すればするほど戦争は早く終わる」と西側各国にウクライナへの兵器供与継続を力説した。同時に「インド太平洋など他地域での関係構築」と「日本などとの協力の重要性」を強調した。中国に対しては「ロシアの残忍な侵略戦争を可能にしている」と対露軍事支援を真っ向から非難する。

オランダは欧州各国の中でロシアに対して歴史的に特別、強硬だったわけではない。
ピョートル大帝の功績

プーチン氏が最も崇拝するピョートル大帝（1672～1725年）は17世紀末期、当時の世界経済の中心地の一つだったオランダの首都アムステルダムで身分を隠して船大工の技を学び、欧州の様々（さまざま）な近代国家の最先端技術も会得して帰国した。　ピョートルが土台から造った帝政ロシアの首都サンクトペテルブルクのモデルは、実はアムステルダムの街並みだった。

その後の1721年、海洋国家スウェーデンに対するピョートルの北方戦争での勝利は、オランダ海軍からの軍事的知略に負うところが大きいとされる。　これまでロシア・オランダ関係が比較的穏やかだったのは、第一、第二次大戦で戦火を交えなかった事情もある。
オランダ覚醒させた撃墜

そのオランダの国民が「ロシアの脅威」にこぞって覚醒したのが、10年前の2014年、プーチン政権がウクライナ南部・クリミア半島を併合してから4カ月後の7月17日に起きたマレーシア航空機撃墜事件だ。アムステルダム発クアラルンプール行きのマレーシア航空機がウクライナ東部・ドンバス地方上空で撃墜され、乗客・乗員298人全員が死亡した。乗客の約3分の2がオランダ人だった。

アレクサンダー国王とルッテ首相はともに「ショックだ」と表明。ルッテ氏は「プーチン氏と電話で激しいやりとりを交わした」と明かした。

故国に戻った犠牲者の霊柩（れいきゅう）車の長い車列の道筋で、多くの市民が悄然（しょうぜん）と立ち尽くす映像は世界に流された。オランダ全土には悲嘆と憤激が広がった。

事件直後、オランダ・ハーグの豪華マンションでオランダ人の男友達と生活していたプーチン氏の長女、マリアさんが突然姿を消して話題となった。

オランダ主導の国際合同捜査チームは15年10月、最終調査報告書を公表、「撃墜は親露派支配地域から発射されたロシア軍の地対空ミサイル『ブク』によって行われた」と結論づけた。たとえ民間機を軍用機と見誤ったにせよ、「ロシアの仕業」だと断定されたわけだ。
首謀者はFSB元大佐

22年11月、オランダの裁判所は撃墜の首謀者として起訴されていた露連邦保安局（FSB）の元大佐、ギルキン被告ら3人に本人不在のまま終身刑を言い渡した。しかし、プーチン政権は10年たった今も自らの罪を認めず、ギルキン被告らの身柄引き渡しにも応じようとしない。

41年前の1983年9月、サハリン（樺太）上空で日本人28人を含む乗員乗客269人の命を一瞬にして奪ったソ連空軍機による大韓航空機撃墜事件で、当時のアンドロポフ政権が一切の関与を否定し続けたのと同様の冷酷な対応ぶりだ。

NATOの盟主、米国の大統領選が間近に迫る中で、ルッテ氏は「懸念していない。（共和党候補の）トランプ氏とは4年間、一緒に働いた。（民主党候補の）ハリス氏とも緊密にやりとりをしている。2人ともNATOの重要性を理解しており、私は2人と協力ができる」と確信と自信のほどを口にした。

ルッテ氏はその異名通り、残忍なプーチン政権の心臓部を射抜き、ウクライナを「主権を持つ独立・民主国家として確実な勝利に導く」との信念を実現できるか。（さいとう　つとむ）