私ごとで恐縮だが、実は高血圧と高血糖の持病がある。血圧は薬を飲まないと最高血圧が200を超え、血糖値は今年1月に一時600を超えた。
血圧はずいぶん前から高かったようで、心臓の筋肉が肥大して、放っておくと心不全になると医師から言われた。血糖値が600のころは、のどが渇き、水分を摂ると夜中に何度もトイレに起きる羽目になった。
私ごとで恐縮だが、実は高血圧と高血糖の持病がある。血圧は薬を飲まないと最高血圧が200を超え、血糖値は今年1月に一時600を超えた。
血圧はずいぶん前から高かったようで、心臓の筋肉が肥大して、放っておくと心不全になると医師から言われた。血糖値が600のころは、のどが渇き、水分を摂ると夜中に何度もトイレに起きる羽目になった。
そういうわけで血圧や血糖値を下げる薬を飲んでいるのだが、実は正常値まで下げていない。最高血圧はやや高めの160~170でコントロールしているし、血糖値も150くらいを目安にしている。
それより下げると頭がぼんやりしてしまうからだ。今回は、私がなぜその決定をしたかについてお話ししてみたい。
外科の世界では、現在、当たり前のようにインフォームドコンセントの考え方がいきわたっている。
例えばがんの手術を受けるに際して、その手術の危険性(死亡率や失敗した際に起こりえること)を説明したり、手術がうまくいったとしても、ある程度の障害が残りえることを説明する。高齢者の患者には、手術がうまくいっても体力が大幅に落ちるなどといったリスクも事前に伝える。一方で手術のメリットも説明する。その上で、患者が同意すれば、実施する運びになっている。
ところが内科の場合、血圧や血糖値が高いことが分かると、ほとんどこの手の説明なしに投薬される。
副作用は説明するかもしれないが、それで足りるとは私には思えない。
中高年になり動脈硬化が進んでくると、血管の壁が厚くなるので、多少血圧や血糖値が高くないと、脳に酸素やブドウ糖がいきわたらないことがあり得る。年をとるほど血圧や血糖値が上がるのは、動脈硬化に対する適応現象の側面もあるのだ。
それなのに血圧や血糖値を無理に正常値にまで下げると、相対的な酸素不足やブドウ糖不足のため、頭がぼんやりすることがあり得る。私の場合は、これに当てはまるようだ。
要するに、頭がぼんやりしたまま残りの25年(私の年齢の平均余命)生きるのか、たとえ余命が20年と、短くなっても頭がシャキッとした状態で生きるのかを考えた際に、後者を選んだわけだ。そうした選択ができるよう、医師は投薬する前に患者に対して「血圧を正常に戻すと、寿命は延びますが、頭がぼんやりすることがありますよ」という説明があっていいはずだ。
同様に「残りの人生、いくら好きでも塩分を控えないといけません」「甘いものを控えないといけません」「お酒をやめないといけません」という医師の指示を一方的に受け入れるのではなく、寿命が多少短くなっても好きな飲食物を我慢しない生き方があっていい。
現状ではこのような説明は不十分で、選択肢も示さないことが多い。つまりインフォームドコンセントが尽くされないと私は考える。そんな日本の内科の実情に私は納得できないのだ。
投薬を勧める医師の言葉にも注意が必要だ。
血圧が高い患者に対して、「薬を飲んで血圧を下げないと脳卒中になる」、あるいは、「脳卒中の予防のために血圧を下げる薬を飲みましょう」という医者は珍しくないだろう。その言葉を科学的に検証したい。
60歳以上を対象にした大規模臨床研究によると最高血圧が170ぐらいの人が降圧剤を服用しない場合の5年半以内に脳卒中になる確率は9%だった。一方で、服用した場合は5%だった。確かに脳卒中になる確率を4割程度下げるのだから、この治療は有効ということになる。
しかし全体で見れば薬を飲まなくても5年半以内に脳卒中にならない人は9割に上る。少なくとも「薬を飲まないと脳卒中になる」という表現は間違っている。一方、降圧剤を飲んでいても5年半以内に5%の人は脳卒中を発症している。「飲めば予防できる」との説明はさすがに言い過ぎだろう。
ついでにいうと、この調査結果は米国のもので日本のものでない。
米国の場合は、科学的根拠(エビデンス)が示されるなどして、効果が高いと認められる医療サービスの自己負担割合を減らす医療保険制度の導入が進んでいる。これが米国で大規模臨床研究が盛んな理由の1つのようだ。
ところが日本だと、エビデンスに基づかない医療サービスでも公的保険の自己負担割合は変わらないので、日本の研究機関が大規模臨床研究を実施する動機は乏しいように思える。
私は欧米人のエビデンスが日本人には当てはまらないと考えている。米国や欧州の一部の国では死因のトップは心疾患であるが、日本の場合は、がんが死因のトップで、心疾患での死亡数はその半分程度だ。日本の心疾患の死亡率は、米国と比べて3割程度少ない。
食生活や体質の違いから日本では心疾患で死亡する人が少ないのだろう。薬を服用することで血圧や血糖値を下げたところで、もともと死亡率が低い心疾患患者を、どの程度救えるか私には疑問がある。それなのに日本では欧米のような大規模な臨床研究があまり実施されない。
欧米の研究で「悪玉」とされたLDLコレステロールについても、神奈川県伊勢原市における男性9949人(平均年齢64.9歳)、女性1万6172人(平均年齢61.8歳)を対象にした平均8.2年の追跡調査では、男性では確かに心血管系の疾患による死亡率が180mg/dl(日本では120を超えると境界域高LDLコレステロール血症、140を超えると高LDLコレステロール血症で治療の対象になる)以上になると増えるが、女性は増えなかった。さらにいうと、男性ではLDLコレステロールが180以上の群のほうが、免疫機能が高いためかそれより低い群よりむしろ死亡率が低いのである。
日本人と欧米の人で違うデータがさまざまな分野で出ている以上、薬のエビデンスについても日本人を対象にしたものが望まれるし、それがないと、本当に薬を飲むことに疑問を感じてしまうのだ。
もう一つ、私が体調を犠牲にしてまで、あるいは、食べたいものを我慢してまで、血圧や血糖値を基準値まで下げようとしない理由は医学の今後の進歩を信じているからだ。
実際、不摂生のために心臓の冠動脈の動脈硬化がかなり進んでいても、それを心臓ドックなどで見つければ、バルーン治療やステント治療などの進歩のおかげで、心筋梗塞はおおむね予防できるようになっている。
iPS細胞医学の進歩や普及が進めば、この細胞を動脈硬化の強い血管に移植(というか、貼り付けるだけのようだが)すれば、元の若い血管に戻すことが理論上は可能だ。
血友病患者が被害を受けた薬害エイズについては、確かに悲惨な出来事ではあるが、その後の治療の進歩のおかげで、ほとんどの人が、薬を飲み続けないといけない不便はあるが、通常に生活や仕事ができている。被害者の一人の川田龍平氏も現役で国会議員を続けている。
もちろん、薬の副作用だってあるだろうし、多少は症状が出るかもしれない。しかし、薬害エイズの原因になった非加熱製剤が発売される前の1960年代後半~70年代前半は、血友病患者の平均寿命はなんと18.3歳だった。それまでの治療法だったクリオ製剤は本物の血液の濃縮製剤だったために自己注射ができず、ちょっとしたことで大出血の起こる血友病患者は、そのたびに病院に行かないといけなかったのだ。それに対して非加熱製剤は、自己注射ができたために、その場で止血ができた。それが血友病患者の平均寿命を延ばした。
その結果、HIV感染という薬害につながったが、HIVの潜伏期間(約10年とされる)を考え、その間の医学の進歩を信じるなら、平均寿命を短くする恐れのあるクリオ製剤に戻すより、非加熱製剤を使い続けていたことが結果的に合理的だったという見方もできる(もちろん安全な加熱製剤があるのになかなか承認せず、承認後も非加熱製剤を回収しなかった厚生省の責任は重い。薬害エイズで亡くなった方々の無念さは察するに余りある)。
私の本業は、高齢者を専門とする精神科医だし、いくつかの老人ホームの顧問医のようなこともしているが、ひどい高血圧で、薬を嫌がって飲まないのに90歳を過ぎても矍鑠(かくしゃく)としている人もいるし、タバコをプカプカ吸っていても元気で長生きする人もいる。
これにしても、ゲノムの解析が進むと、高血圧でも未治療でも脳血管障害になりにくい人や、タバコを吸っても害が生じにくい人がわかるかもしれない。
高血圧や高血糖を放っておいても、多くの場合は、心筋梗塞や脳卒中を生じるのは20年後くらいだとされる。血管に障害が本格的に現れるのに、そのくらいの時間がかかるのだ。だとすると、その間の医学の進歩を信じるという考えは、確かにギャンブルではあるが、否定もできないだろう。
このようなことを考えて、もう少し自分の受ける医療を自己決定してもいいのではないかというのが、私の考えである。
ご興味をもたれた方は、そのヒントを、「医者のやめどき 『医療の自己決定』で快適人生」という書籍に書いてみたのでご一読をいただけたら幸いだ。
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