金曜日
(『オー・ソレ・ミオ(私の太陽)』は、
1898年に作曲されたカンツォーネ・ナポレターナ(ナポリ歌曲)。
カプッロ作詞、ディ・カプア(1864-1917)作曲。ハバネラのリズムが特徴的。
ナポリで毎年9月に開催される「ピエディ・グロッタ歌謡祭」において、
1898年の第2位に 輝いた。
エルビスプレスリーによるカバー『It's now or never』は、
世界中で1千万枚を超える大ヒットを記録した。)引用
「素晴らしきかな 太陽輝く一日
嵐の後の爽やかな空気
休日にそよ吹く新鮮な空気
素晴らしきかな 太陽輝く一日
更に美しいのは
もう一つの私の太陽
君の瞳に輝く僕だけの太陽
君の瞳に輝く
君の瞳に輝く」引用
小説「新・人間革命」
3月26日
山本伸一がグラウンドに姿を現すと、大地を揺るがすような拍手と歓声が空に舞った。
彼は、「ご苦労様!」「ありがとう!」「おめでとう!」と、皆に語りかけながら手を振り、グラウンドを一周した。
第十回学光祭が始まった。
「通教常勝太鼓」が轟き、次いで、コミカルな動きを取り入れた「新学光体操」が披露されると、来賓席の伸一も立ち上がり、その動作を真似ながら、共に体操を始めた。笑いが広がった。
そこには、“ぼくらは一緒だ。断じて負けるな!”との思いが込められていた。
さらに、組み体操などが終わると、伸一は、招いていたイタリアの著名なオペラ歌手レオニダ・ベロンを紹介した。ベロンは伸一の要請に応え、通教生のためにカンツォーネの「オー・ソレ・ミオ」を熱唱した。
「オー・ソレ・ミオ」とは“私の太陽”の意味である。その歌声は、「学は光」との信念に燃え、向学の精進を重ねる通教生への応援歌ともなったのである。
伸一が、この席にベロンと共に出席したのは、通教生と一流の芸術家との、出会いの場をつくりたかったからであった。
さらに、五百人の合唱団による、愛唱歌「学は光」などの大合唱が続き、実行委員長による「光友の誓」の発表となった。
凛とした青年の声が響いた。
「一、我ら創価大学通信教育生は、勤労しつつ学ぶ人生に、最高の誇りと喜びをもち、建学の精神を実践し、社会に英知の光を放ちゆくことを、ここに誓います。
一、我ら創価大学通信教育生は、断じて初志を貫き、互いに啓発し合える人生の友との絆を深く結び、向学の志高く、自身錬磨の研鑽に挑戦しゆくことを、ここに誓います。
一、我ら創価大学通信教育生は、創立者・山本伸一先生の御構想実現のため、生涯誉れの大道を歩みゆくことを、ここに誓います」
この誓いは、参加者全員の賛同の拍手をもって採択されたのである。
立正安国論
涅槃経に云く「我れ涅槃の後・無量百歳・四道の聖人悉く復た涅槃せん、
正法滅して後
像法の中に於て当に比丘有るべし、
持律に似像して少く経を読誦し
飲食を貪嗜して其の身を長養し
袈裟を著すと雖も猶猟師の細めに視て徐に行くが如く
猫の鼠を伺うが如し、
常に是の言を唱えん我羅漢を得たりと
外には賢善を現し内には貪嫉を懐く
唖法を受けたる婆羅門等の如し、
実には沙門に非ずして
沙門の像を現じ
邪見熾盛にして正法を誹謗せん」已上。
文に就て世を見るに
誠に以て然なり
悪侶を誡めずんば豈善事を成さんや。
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