ぶどう農家の作業というのがテレビで流れてきたので
眺めていたら。
一房ごとに、いらなそうなところを切り落として
残ったものに花粉つけて、とか
苦行みたいなことを延々とやっていました。
これ……あるいはお米でもこういう作業したら、
米粒二倍、うまみも二倍! とかいう
スーパーおこめつぶができたりするんですかねえ?
あれを見ていたら、仏教の苦行派の人は
寺の畑でぶどう作って、いらない部分をきりおとして
受粉させるというあの作業をやればいいのではないかと
ふと思いました。
残るものを育てるために、いらないものを切り捨てる……
この切り捨てられたものも命で、
切り捨てられなければ生きていく道もあっただろうに
など、いろいろ思案がはかどりそうな気がします。