メール
1話
「ああ、元気だよ~ それはそうと何か食べたい物は無いか?」と、スマホに届いたメールに対して女性は「うん甘い物… 団子が食べたい」と、メールを返した。
最初のメールの主は50過ぎの個人事業を営む皆実(みなみ)武夫と言い、相手の女性は皆実の妻で麻美と言って、数か月前に交通事故に遭い同じ区内の整形外科に入院していた。
そして今日もいつものように皆実から奥さんにメールが届き、麻美もまたメールに返信をして時間を忘れていた。退屈な入院でテレビやスマホで見るインターネトと唯一、楽しいメールは夫婦の愛を確かめる最適なアイテムだった。
2話
「すみません301号室の皆実麻美に荷物を持って来ました」と、麻美の入院している病院に差し入れを届けようとしている。昨今はコロナの影響で直接部屋にいけないから受付で担当看護師を呼んで貰って荷物を届ける事になっている。
皆実は受付で借りた番号札を持って廊下の椅子に腰かけて看護師の到着を待っていた。待つこと1分、2分と続いて10分ほどすると看護師が現れ皆実から荷物を受け取って麻美の居る部屋へ向かった。
看護師に荷物を預けた皆実は受付に番号札を返して車の中から「差し入れ届いたか?」と、妻にメールを送ると数分後「届いたよ~」と、皆実にメールを返って来る。特別な何かではなく只のメールだが、切り離された夫婦の唯一の意思疎通の手段だった。
3話
病室での携帯の使用は制限されマナーモードになっていてメールが届いても解らないことがあって、互いの意思疎通に時間を要することもあったようだ。そんな夫婦だがメールは時に確実な意思疎通ではなく誤解が誤解を生む迷惑な機械になる。
言葉と違ってメールは直接会って話すこととは異なって少し気分が悪いと鬼の絵を送ったり怒りの絵を送り相手に不快な思いを与える事もしばしば、ほんの少し使用した怒りの絵は、時に仲良い夫婦の仲を泥沼に変えてしまうのだ。
そして夫婦が元通り仲良くなるまで少し時間を要するのだ。本来なら「あっ! 今の言い方少し酷いかも♪」と、笑み浮かべて少しの不快を話すことをメールでは、鬼の絵を使うと人にも依るが相手は「えっ!? なんで怒ってるの?」と、身構えるのだ。
4話
夫婦のどちらかが身構えると愛の表現は一方通行になって場合に依っては夫婦の頭に土砂降りの雨が降りそそぐ。そして直接、電話して窮地を脱出しようとするが中々うまく行かないのだ。メールは時にどちらかを瞬殺する事態を引き起こすのだ。
毎日行き来していたメールが止まるが、病室で退屈しているだろうと皆実は甘いお菓子を差し入れるべく病院へ車を走らせた。そして麻美はと言うとまさか喧嘩したばかりの皆実が差し入れなんて持って来るなどとは思っていないから拍子抜けする。
数日が経過して皆実夫婦はいつも通りに一日に数百回ものメールで意思疎通をしていたが、月が替わって届いた携帯の利用額に二人に「えっ!? 嘘!!」と、驚きの表情を浮かべさせた。今までは略、基本料金だった二人は数万円の請求に仰天したようだ。
5話
そして、そろそろ退院が迫っていた妻の麻美は退院がいつ頃になるのか毎日の長い時間を過ごしていたし、妻の麻美の状態をメールから知り得た皆実もまた妻と同じように退院の言葉が医師から早く出ないかと心を躍らせていた。
そして自制しつつもメールの行き来をしていたが、妻の麻美は医師からの退院の言葉が無いまま逆に医師と看護師に自分から退院の意思を強行した。これには医師も看護師も驚いたようだが早く退院して欲しい病院の事務方は「よしっ!」と、ポーズを決めた。
3カ月ルール。昔と違って今は病院は一定のルールがあって患者を3カ月でタライ回ししないと儲からないのである。「※知りたい人は病院・3カ月で検索して欲しい」だが転院させたくてもこの病院が最後の受け皿の場合は転院させられないから患者から取れる治療費が安くなるのだ。
6話
皆実夫婦のメールは留まるところを知らず延々と繰り返され入院してから7か月目にようやく退院したのだが、ここで様子は変わった。何故か? 麻美があと数日で退院と言う時、皆実からメールの返事が来なくなった。「ピタリ」と、止まったメールだったがそれ以降、皆実からは永遠に返事は来なかった。
皆実の妻の麻美が病院から一人で退院して帰宅して「ただいまー♪ 貴方ーー♪」麻美は皆実が居るであろうリビングそして皆実の部屋のドアを開けた。すると皆実の部屋からは何かが腐ったような凄まじい匂いがして麻美の足を止めさせた。そして目の前を見ると椅子に座ったまま白骨化している誰かを見つけた。
「け! 警察ですか!!!!」と、妻の麻美。
「落ち着いて下さい事件ですか? 事故ですか?」
「おっとの部屋に誰かの骨があぁー!!!」
「と!! とにかく住所と名前と電話番号を!!」
麻美は一瞬止まった空気の中で言葉を探していた。
「住所は… 名前は… 電話番号は…」
麻美は頭の中が真っ白な状態で、まるで機械のように警察に伝えていたが自覚はなかった。そして10分後に何台ものパトカーのサイレンが麻美の耳に聞こえて来たが、麻美は椅子に座る白骨を前に崩れていた。麻美は瞬きを止めて床に散らばった髪の毛に呆然としていたが正しいだろうか。
警察が麻美の居る家のドアのノブを回しつつチャイムを鳴らし「奥さん! 入りますよ!」と、警察官が大声で駆け付けると警察官の一人が大声を出す「な!! なんだこれは!!」そして麻美の横に数人の警察官が近づく。そして他の警察官達は無線で警察署と話しをしていた。
数十分後、麻美の居る家の中は警察官と刑事と鑑識で溢れた。その間、麻美は警察官の質問に答えられない状態でそのまま病院に運ばれた。そして数時間後、麻美は落ち着いて事情を刑事達に話した。それから一週間が過ぎたが麻美は病院に入院していた。折角、退院したのに病院に逆戻りの麻美は自分の家でみた白骨死体を思い出していた。
だが不思議なことが起きた。
「ああ、麻美かぁ♪ 元気にしてたか~♪」と、一本のメールが麻美のスマホに来たのだった。麻美は自分の目を疑った。何処かへ消えてしまった皆実から突然のメールが来たのだ! そして慌てた麻美は皆実に電話したが繋がるはずも無いままに何度もくるメールの着信音に耳を疑い急いでメールの返事を返した。
「あなた!! ああ、あなた!! 今、何処にいるの!!」
「何処って家に居るよ~♪ どうした? 変なヤツだなあ~♪」
麻美は再び皆実の携帯に電話したが通じなかったことで再び皆実にメールで確認した。
「貴方帰ってたのね♪ よかった~♪ 私、家に行ったけどね、変なの見たの。椅子に座った白骨・・・」
麻美は皆実にメールしつつ異様な何かに困惑していた。
「ねえ私ねw 何度か貴方に電話してるけど繋がらないのよw 変でしょ♪」
麻美は皆実にそうメールした。
「ああ、今は手が離せないから電話は後にしてくれ」
皆実から麻美にメールが入った。
「そう? 分ったわ♪ メールで話しましょうw」
麻美は皆実にメールを返した。すると皆実からも楽し気なメールが頻繁に入り麻美も負けじとメールを返した。そんなメールのやりとりは延々と続き寝る時は「おやすみ」朝は「おはよう」と、二人のメールは信じられない量になっていたが夫婦は時間を忘れてメールを楽しんだ。
「ねえ貴方、いつ帰って来るの? 私も明後日は退院するけど」
「ああ、もう帰ってるが仕事で明後日から出張だ~ 付いてない♪」
「そう… 残念… じゃあいつ会える?」
「ああ、仕事が終わったら連絡して帰るから」
「分ったじゃあ家で待ってるわあ♪」
二人の他愛もないメールだが二人を常に繋いでるのはメールなのである。そして麻美も退院して皆実からの連絡を待っているものの皆実からは連絡はなく、メールも来なかったことで不安になっていた。そして三日が経過した頃、一本のメールが届いた。
「すまん! 連絡しないで! すまん! 仕事が立て込んでて連絡出来なかったんだ」
皆実から来たメールに安心の表情を浮かべた麻美だったが「もう何か月も声聞いてないな…」と、ポツリとつぶやいた。
「ねえアナタ。もう何か月も声、聞いてないよ!」
「すまん。心配かけまいとして言わなかったが実は喉を傷めて声が出ないんだ…」
「ホントに? ホントなの?」
「ああホントだよ。お前に嘘ついてなにになる?」
麻美は「考えすぎだよ~ いくら何でもあの人が浮気してるなんて…」と、左手で髪の毛をサラリと触った。そんな時にでも一時間に数本の皆実からのメールは確実に来ていたことで麻美は疑うことはなかった。
7話
麻美は退院していた。そして忌まわしい白骨死体のあった部屋に掃除機を入れると何も考えずにひたすら掃除に励んだ。ただ部屋と言うより家の中は警察官たちの捜査のためか天地を引っくり返したに散らかっていた。そして次の日、刑事が二人訪ねて来て玄関に立つと麻美の顔を見た。
「奥さん気を落ち着けて聞いて欲しいのですが。此間この家にあった白骨体はDNAの結果、旦那さんの皆実さんでした…」と、声を震わせると「えっ♪ 何を言ってるの? 冗談はやめて下さい」と、笑みを浮かべた。
二人の刑事が顔を見合わせ「奥さん 真実なです」と、麻美に言うと「変な刑事さんw 家の主人はちゃんと生きてますしホレ♪ メールもこの通りだし今も出張で仕事してますよ♪」と、刑事達に笑みを浮かべた。
すると二人の刑事は顔を曇らせつつ困惑の表情を浮かべながら麻美から借りたスマホのメールに見入っていて頭を捻っていた。そして麻美は刑事達の目の前で皆実にメールして見せると、直ぐに皆実からメールが届き麻美を安心させた。
8話
そのころ警察署では鑑識と刑事達の合同会議が行われていた。
「ところがです! 皆見さんから我々の見ている前でメールが届いたんですよ!」と、二人の刑事。
「そっ! そんな馬鹿な!! あの白骨遺体は間違いなく皆実さんだ…」と、鑑識。
「まあまあ落ち着け!! そんなに熱くなるな!!」と、捜査一課長
「ふっ幽霊話かよ! この通り科捜研からも白骨体は99.99999%の確率で皆実さんだと言ってるんだ!」と、別の班長が声を荒げた。
「なにおぉ!!」と、メールを見ていた刑事達。
「ところで白骨体には双子の兄弟がいるとかはどうなってる…」と、一課長。
「はい。その件だったのですが皆実さん身内には兄も弟も無く一人だけ姉がいますが結婚しているそうです」と、若いスーツ姿で別の刑事が声を張り上げた。
「死んだ人間からのメールねえ~」と、応援に来ていた所轄(警察署)の定年まじかの、いかりや長介似の刑事ポツリと独を呟いた。
「とにかく!! 皆実さんは生きているのかそれとも誰かの成り済ましなのかを中心に捜査してくれ!!」と、一課長の隣にいた男が起ちあがて大声をかけた。
9話
その頃、麻美は皆実の帰りを楽しみに毎日が落ち着かなかったが、警察からは白骨死体の事も聞きに来る事も無くなっていた。そして毎日のように来る皆実とのメールは続けられていて麻美は白骨遺体のことも忘れていた。
そして麻美の知らないところでは警察が麻美を疑いつつも、誰かが皆実に成り済ましてメールを麻美に送っていると判断して捜査していた。そんな中でも麻美には皆実からメールが来ていたことで麻美は皆実は生きていると確信していた。
その頃、所轄の刑事で、いかりや長介に似ているヨレヨレのスーツを着ている一人の刑事は、本部の指針に関係なく皆実の事を調べていて皆実家の墓に移動して墓参りしていた。そんな刑事の名前は通称「ガンさん」で、ガンさんは様々な人脈と出世していった後輩たちから一目おかれていた。そしてガンさんの一番の理解者は警視監… そう警察の上から三番目の役職についていた数名の元後輩達であった。そしていつものようにガンさんは上から命令で単独行動可のお墨付きを貰って動いていた。
10話
「おかしいな… これだけ探して何で皆実のスマホが見つからないんだ? それに皆実と言う人間を知る者が殆どいないなんて…」と、捜査本部の刑事達は焦っていた。だがそんな時、ガンさんは麻美と一緒に居て皆実とのメールのやりとりを頭をカキながら落ち着いて見入っていた。
「奥さん旦那さんは今、何処にいるか聞いて貰えませんか~?」と。ガンさんが照れながら麻美に聞くと麻美は首を傾げながら皆実にメールで聞いた。
「山梨に居るみたいですよ♪」と、麻美は嬉しそうに話した。すると今度は皆実から麻美に「何かあたのか?」と、質問が来て麻美は今までの経緯を皆実にメールで伝えるとガンさんの方を麻美がチラッと見た。