先日知りました。「中」という字には「当たる」という意味がある。中毒とは毒にあたるということらしい。だから「大毒」とか「小毒」というのはないとのこと。なるほど、ほかに「的中」とか、「中心」もそうかな。ところで麻雀で「中」とあるのは、そういう意味でしょうか、わたしは麻雀はしらないけれど。
ひとりの人生のなかの20年を切り取って考えたとき、例えば20才からの20年は若さや体力はあっても知識や経験がない状態でスタートしなければならない。一方60才からの20年は、体力等の衰えはあるものの知識や経験、人との繋がりなどが揃った状態でスタートできる。ならば、60才を過ぎた人は、若者たちと較べてものすごく有利な状況にあるのです。なにかやろうと思えば、相当なことができるんじゃないでしょうか。あるいは70才、80才になった人も何かできるのではないでしょうか。(単純に考えて。)
悪いところを直したら良くなるという発想があるようだが、たいへん疑問である。特に住宅についてこの手法でより良い住宅を作ろうというのにはいつも疑問を感じる。いまの住宅を非常に悪いものとしてとらえて、その問題はどこにあるのか分析するのだが、実はいまの住宅はそんなに悪くないし、歴史や環境、経済や技術的な視点からみるとなかなかいいんじゃないかなと思うことがよくある。
こんな占いがあったらおもしろいと思う。イチローを尊敬する人はこういうタイプ、龍馬を尊敬する人はこういうタイプ、リンカーンを尊敬する人はこういうタイプといった具合である。でもそれは占いと言うよりも、その人の信念や哲学、ポリシーを表していることになる。でも逆に占いの本質がそういうことかもしれない。
健康をストレートに定義するとどうなるのだろうか。病気ではない状態が健康だと言う定義の仕方があるが、これはどうも納得しにくい。平和とは戦争のない状態というのに似ている。ストレートにいうのではなく○○ではないとしかいえないものがあるのはなぜだろう。