2013・町田市金井・八幡神社初詣.mpg
金井八幡神社は、
旧金井村の鎮守として、
古くからこの地域の人々の信仰を集めて来ました。
現在も金井地区の唯一の氏神として、
また金井の文化史跡のひとつとして継承され来ています。
新編武蔵風土記稿
(江戸時代後期幕府により編纂)には、
「八幡社、字木倉谷戸にあり、勧請の年代を知らず。
村の総鎮守なり、社上に覆屋を設く、
大きさ二間半四方にて東向きなり、
ご神体は長さ五寸ばかり。社前に鳥居立つ、
例祭7月28日、獅子舞を執行す、
弘福寺の持ち」とあります。
皇国地誌(明治12年頃編纂)に、
「金井八幡社祭神応神天皇勧請年月詳ならず
例祭八月二十八日社地中老松三株あり、
四百有余年のものなり」とあり、
室町時代初期には存在していたと思われます。
神体は白馬に跨る応神天皇で享保11年(1727)
仏師佐野木丞の作。
本殿厨子は文政11年(1829)仏師田村幸左衛門の作。
また古獅子頭3体も社宝として伝わっています。
現在の参道の石段は、寛延4年(1751)に講中の
普請で完成されました。
現社殿、神楽殿は境内の老松を使って昭和16年に
再建されました。
金井八幡神社ホームページ
金井八幡神社は、
旧金井村の鎮守として、
古くからこの地域の人々の信仰を集めて来ました。
現在も金井地区の唯一の氏神として、
また金井の文化史跡のひとつとして継承され来ています。
新編武蔵風土記稿
(江戸時代後期幕府により編纂)には、
「八幡社、字木倉谷戸にあり、勧請の年代を知らず。
村の総鎮守なり、社上に覆屋を設く、
大きさ二間半四方にて東向きなり、
ご神体は長さ五寸ばかり。社前に鳥居立つ、
例祭7月28日、獅子舞を執行す、
弘福寺の持ち」とあります。
皇国地誌(明治12年頃編纂)に、
「金井八幡社祭神応神天皇勧請年月詳ならず
例祭八月二十八日社地中老松三株あり、
四百有余年のものなり」とあり、
室町時代初期には存在していたと思われます。
神体は白馬に跨る応神天皇で享保11年(1727)
仏師佐野木丞の作。
本殿厨子は文政11年(1829)仏師田村幸左衛門の作。
また古獅子頭3体も社宝として伝わっています。
現在の参道の石段は、寛延4年(1751)に講中の
普請で完成されました。
現社殿、神楽殿は境内の老松を使って昭和16年に
再建されました。
金井八幡神社ホームページ