―― 他人の刀を見る時の作法 ――
刀を「魂」とする武士の社会では、他人の佩刀を見せてもらう時の作法も、重んじられた。
今日、人さまの所蔵する刀を拝見する時の細々とした作法にそれは受け継がれているが、昔は次に書くようなことも、本来は心得ておかねばならなかった。
『梅窓日紗』という、江戸後期の随筆(浅野梅堂)に、筆者が父より聞いた話としてこんなことが書かれている。(中略)先方の刀を見たい時は、先方がそれを出して見せたならば、即座に自分の刀を出し、先方の脇に置くこと。すなわち、先方が決して無腰にならぬようにするのが礼儀というのだ(脇差拝見の際には、自分の脇差をつかわす)。
こんな話もある。幕末の思想家にして、兵学者・佐久間象山(信州松代藩士)が暗殺される前の年(文久三年・1863)、当年19歳の青年の訪問を受けたことがある。青年は明治の世に陸軍軍医監となる石黒忠悳(男爵)であった。
この年53歳を数えた象山は、石黒に興味をおぼえたらしく、一日、「君の佩刀を見せ給え」といった。
石黒は大先生の象山と面談するのだからと、佩刀を玄関で脱していたのだが、これを取ってきて差し出すと、象山は刀身を鑑賞した後、さて、「中心(なかご)を見てもよいか」と問う。「どうぞ御覧ください」と石黒がいうと、象山は座を立って、自分の佩刀一振りを持ってきて、何もいわずにそれを石黒の前に置いた。そうしておいてから、かれは目釘を抜き、柄をはずし、中心をあらためたのだという。
他人の刀を見る時、少なくともその中心まで見ようとする時は自分の佩刀を出すのが、古来の作法とされたのである。
刀は武士の護身の道具であり、身分の標識でもある。 しかしその前に、所持者たる武士の「魂」とされたことから、片時たりとも他人の佩刀をわが手にする時は、このように礼を尽くした作法にのっとるのが、心ある武士の作法とされたのであろう。
※図説 「大江戸さむらい百景」渡辺 誠 著 株式会社 学習研究社
( P240~P241)より転載
続く
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