ちゃとしの一周忌でした。
昨日の夜、大阪に戻り、そして法事をして山梨に戻りました。HARDやった~
一年前。
たまたま大阪に戻っていて、普通に話をして、普通に「じゃ、次は年末に来るね~」「オッケー 気を付けて帰れよ」といつもの会話をして別れた。
山梨に戻り、家にはいったところで電話。ちっちゃいぷぅが状況を確認し、また大阪に戻った。
11時間の中で大阪―山梨を往復。往復で9時間運転してたけど、その甲斐あって、ちゃんと看取ることができた。
途中意識も戻ったので、あたしのことちゃんと認識してくれた。
伊丹十三さんが「お葬式」という映画を作ったけど。。。
ほんとうにあたしだって本かけちゃうんじゃないかってくらい。
亡くなった後は、決断をせまられることの連続。
そんなん知らんわって何回も言いそうになった。けど。
決めなきゃならないことが山ほどあった。
「泣いてる暇ない・・・」「そうや、喪主は泣いてる暇なんてないで」「あたし喪主とちゃうぅ」
36時間寝てないときづいたとき、あたしいつお布団で寝れるんやろ。。。と思った。
ちゃとしの関係者は、連絡先もわからないので斎場で人数を聞かれたとき、「・・・親戚と近所で・・・20人くらいかな・・・」
と答えたけど・・・結果は、60名を超す人が来てくれて。
フロアの外まで、椅子を並べて見送ってくれた。
あたしの友人もたくさん来てくれた。
誰にも連絡してないのに、つぶっちが社内webに載ったのをみて、大阪の友人に連絡してくれたんだ。
思ってもみない友達の顔をみたとき、よけいに泣けた。
ありがたくて。本当にありがとうございました。
ちゃとしがお金を積み立ててた施設を使ったんだけど、それがまた思った以上に立派なお葬式ができて、
あたしはR兄とお通夜・葬儀会場、そして7人が泊まれる控室の下見をしたとき、思わず声に出して言った。
「すごぉい ちょっと、お父さんに見せたいわぁ」
でも多分見てたね。
だって・・・
お父さんの兄弟の連絡先を書いた電話帳がなくて、長崎の本家には連絡したものの
9人もいる兄弟に連絡が行くかどうか不安で・・・
やっと少し時間をもらってお風呂屋さんに行こうと家に戻りながら
でも先に電話帳を探さなきゃと、本気で暗くなっていた。
家についてどこを探せば・・・と思った瞬間に、一番連絡を取りたかった人から電話がかかってきた。
そのタイミングに本気でびっくりした。
もうひとつ。
大阪の友人に連絡をしてくれた、スキー仲間のつぶっち。
出社したら、まずつぶっちにお礼に行かなきゃって思ってた。
歯医者さんに呼び戻され、予定より早く山梨に戻った。
会社の門をはいろうと、ウィンカーを出した時に気づいた。
あたしの前を走ってる車は、つぶっちの車だった。
うっそ・・・朝なんてあったことないのに・・・とびっくり。
ちょっとー気づいてーバックミラーみてー
つぶっちは、ちゃんと気づいてて、いつもあたしが止めてる隣に車をとめて待っててくれた。
きっと、ちゃとしがお礼を言いたかったんだと思う。
たくさんの人に支えられて、助けられてきました。
ありがとうと思った今日でした。
ぷぅ