青天を衝け 30話 拝見しました~
かなりツイッターに感想を散発的に 書き散らかしてしまいましたので、こちらは長文になりそうなことを。
栄一さんと、くにさん。
あの描写で良かった。
段階を踏んだ出会いがあった
・・・というわけでもなく、
純情な恋慕の積み重ねがあった
・・・というわけでもなく、
戦地で行方不明になった くにさんの元夫が
職人階級なのに(戊辰)戦争に引っ張られていった遠因である、
被支配層の武家出仕を緩和した制度(ある種の経済的徴兵制の)に、遠くない昔、手を貸した栄一さん なりの責任の取り方
・・・とかいうわけでもなく
そういうわけではなく、
ただ、二人は「出会ってしまった」のですね。
それ以上でもそれ以下でもない。
この身も蓋もない描写。ドラマとしての誠実な描写で良かったと思います。
個人的には、くにさんの思いもわかる。
靴下を繕った、赤い糸の意味は、
くにさんは、なにも正室(お千代ちゃん)を傷つけたいわけじゃない。
誰かを傷つけたかったわけではない。
夫も喪い、生きるために必死に働き、
誰にも顧みられない(と我が身を解釈した)女性の、
「私はここだ。私はここにいる」という、誰に対してというわけでもない精一杯の叫びであることがわかる。
じゃあ、正室のお千代ちゃんが安泰な強い立ち位置かかというと、決してそうではない。
私は、栄一さんとくにさんの逢瀬よりもあとのシーンに、
栄一さんの父の危篤と看取りと葬儀のシーンを作ったのは演出として秀逸だと思いました。
なぜならお嫁さんのつとめ、お嫁さんの忍従、お嫁さんの労力の 結集としての象徴的な儀式が「葬儀」であって、
そこで「嫁」の役割を果たす正室・お千代ちゃんの、
抗いがたい「抑圧」がベースにあった上での お嫁さんの「誇り」とも 「矜持」とも表しがたい、何か。
精一杯自らを保つ姿、名状しがたい心理を感じさせます。
とはいえ、いくらなんでも独身の自分があれこれ書くのも違うかもしれませんので、
一旦送信させていただきます🙇♀️💦
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