■ 阪神・赤星が現役引退(デイリー・2009年12月9日)
■ 9年間ありがとうございました(2009年12月9日・REDSTAR53.com)
先ほど関西ローカルのテレビで、引退会見を見たところです。
報道で話は知っていたのですが、それでも心のどこかで信じたくない気持ちがありました。
会見が始まったときも、何かの間違いであってほしいと思いながら見ていました。
ウソだと言ってくれたらそれでいい。ネタにはするだろうけど、それで笑っておしまいだから。
あるいは、引退会見と見せかけて、実は結婚会見ってギャグもアリだし。
それか「実は冗談でした!」とか、「実はシャレでした(笑)」とか、ベタなネタばらしでもいいから。
ってか、そう言ってよ。お願いだから、報道は間違ってるって言ってよ。ねぇ、頼むよ……
しかし、そんなことはありませんでした。
代わりに赤星の口から出たのは、「中心性脊髄損傷」という、あまりにも重過ぎる症状の名前でした。
医学の知識が全くない私でも、それが赤星にとってどれほど重たい宣告なのかは分かります。プロ意識の塊のような彼をして、引退を決意させたのですから。
残念ながら会見の中継は途中で終わったのですが、その間赤星が「現状」という言葉を繰り返すのが心に残りました。
あるいは、彼自身も今の自分の状態がどんなものなのか、何度も何度も、必死になって自分に言い聞かせていたのかも知れません。
とうの昔に阪神ファンを辞め、いまでは阪神タイガースという球団に冷ややかな目しか向けられなくなった私ですが、それでも赤星という選手は、私の中では例外的存在でした。
それは、彼のプレースタイルや人柄による部分がもちろん大きいです。
ただそれ以上に、ダメトラと言われ続けたタイガースが蘇っていく中で、中心となって輝いたのが赤星だったからなのです。
あの頃、先の見えない院生だった(先が見えないのは今も変わりませんが)私にとって、タイガースの復活は、まぎれもなく希望の源でした。
その後私が野球ファンとしてどう変化したかはご存じの通りです。
ただ、ひょっとしたら、私は赤星の姿に、見続けたかったタイガースの姿を見出そうと、ずっと試みていたのかも知れません。
もう見られない、あるいは見る必要がないのは分かっていても、「野球ファンとして」幼かった頃に見たタイガースの姿を、小さな身体で全力で走りまわる姿から見つけたかったのかも知れません。
しかし、自分でも今になって気づいた私のそんな願いを、どうやら本当に捨て去る時が来たようです。
私が寂しさを感じるのは、赤星という希代の名選手に対して、そしてそれに加えて、彼とともに消え去っていく、私の中の阪神タイガースに対してなのだろう、そう自分で思っています。
こんな形で、そしてこんなに早い時期なのに……そういう気持ちはどうしても消えません。
ですが、一番辛いのは、絶対に間違いなく本人なんです。あの会見を見て、あくまでも気丈に堂々と会見の場に臨む赤星を見て、かえってそれが分かったのです。
だから、「ありがとう」「お疲れ様」。いくら月並みであっても、赤星に対して、これ以上の言葉は思いつきません。
赤星選手、本当にありがとう。そして9年間お疲れ様。
あなたが私に見せてくれた光を、私は忘れません。
■ 9年間ありがとうございました(2009年12月9日・REDSTAR53.com)
先ほど関西ローカルのテレビで、引退会見を見たところです。
報道で話は知っていたのですが、それでも心のどこかで信じたくない気持ちがありました。
会見が始まったときも、何かの間違いであってほしいと思いながら見ていました。
ウソだと言ってくれたらそれでいい。ネタにはするだろうけど、それで笑っておしまいだから。
あるいは、引退会見と見せかけて、実は結婚会見ってギャグもアリだし。
それか「実は冗談でした!」とか、「実はシャレでした(笑)」とか、ベタなネタばらしでもいいから。
ってか、そう言ってよ。お願いだから、報道は間違ってるって言ってよ。ねぇ、頼むよ……
しかし、そんなことはありませんでした。
代わりに赤星の口から出たのは、「中心性脊髄損傷」という、あまりにも重過ぎる症状の名前でした。
医学の知識が全くない私でも、それが赤星にとってどれほど重たい宣告なのかは分かります。プロ意識の塊のような彼をして、引退を決意させたのですから。
残念ながら会見の中継は途中で終わったのですが、その間赤星が「現状」という言葉を繰り返すのが心に残りました。
あるいは、彼自身も今の自分の状態がどんなものなのか、何度も何度も、必死になって自分に言い聞かせていたのかも知れません。
とうの昔に阪神ファンを辞め、いまでは阪神タイガースという球団に冷ややかな目しか向けられなくなった私ですが、それでも赤星という選手は、私の中では例外的存在でした。
それは、彼のプレースタイルや人柄による部分がもちろん大きいです。
ただそれ以上に、ダメトラと言われ続けたタイガースが蘇っていく中で、中心となって輝いたのが赤星だったからなのです。
あの頃、先の見えない院生だった(先が見えないのは今も変わりませんが)私にとって、タイガースの復活は、まぎれもなく希望の源でした。
その後私が野球ファンとしてどう変化したかはご存じの通りです。
ただ、ひょっとしたら、私は赤星の姿に、見続けたかったタイガースの姿を見出そうと、ずっと試みていたのかも知れません。
もう見られない、あるいは見る必要がないのは分かっていても、「野球ファンとして」幼かった頃に見たタイガースの姿を、小さな身体で全力で走りまわる姿から見つけたかったのかも知れません。
しかし、自分でも今になって気づいた私のそんな願いを、どうやら本当に捨て去る時が来たようです。
私が寂しさを感じるのは、赤星という希代の名選手に対して、そしてそれに加えて、彼とともに消え去っていく、私の中の阪神タイガースに対してなのだろう、そう自分で思っています。
こんな形で、そしてこんなに早い時期なのに……そういう気持ちはどうしても消えません。
ですが、一番辛いのは、絶対に間違いなく本人なんです。あの会見を見て、あくまでも気丈に堂々と会見の場に臨む赤星を見て、かえってそれが分かったのです。
だから、「ありがとう」「お疲れ様」。いくら月並みであっても、赤星に対して、これ以上の言葉は思いつきません。
赤星選手、本当にありがとう。そして9年間お疲れ様。
あなたが私に見せてくれた光を、私は忘れません。
まだまだ現役で当たり前と思っていた選手の突然の引退はとてもショックです。
阪神を応援するしないに関わらず、赤星が出塁すると何かが起きるような気がして、ワクワクドキドキしたものですよ(*_*)
生放送の会見は関西圏だけだったのでしょうか。見られなかったので、夜のスポーツニュースを見ることにします。
同じく一員だった藤本が移籍するので、文字通り「解散」になってしまうんですね。
何の巡り会わせなのか、赤星を発掘し、F1セブンを発案者した、野村さんの退任と同じ年に引退というのもまた……。
最近は、比較的多くの球場で見られる(聞かれる?)
「走れ! 走れ! ○○」コールのきっかけになった選手でもありました。
>ダメトラ
もはや、当時を知るプロパー野手も、桧山ぐらいになってしまいましたね……。
びっくりしましたし、悲し過ぎます。
敵チームとはいえ、見ていて本当に楽しい選手でしたし、
これからを考えると、さらに楽しみだったのですが……
会見の生中継自体は、関西ローカルの番組でやってたんで、
他の地方では見られなかったでしょうね。
しかも、こんな形で全員がチームを去ることになるとは……
それ以外でも、今岡が去り、秀太も引退しましたし、
すっかり時代が変わってしまったのを実感します。
問題は、そのあとの時代がどうなるか、なんでしょうが……
ただそんな中、生き延びてやっとブレイクした中谷、
ホントによかったなぁ(涙
首の状態はかなり悪いとは思っていましたが、命がけで今までも野球をしていたのですね。
病状が安定したら、どのような形でもいいですから球界に関わってほしいです。
赤星選手の出身校、大府高校は愛知県の高校で、中部の野球ファンにとって、地元の選手という意識もあるのです。
甲子園を駆け抜ける赤い彗星、その姿は閃光のように輝いて
それだけに、突然の引退へのショックは察するに余りあります……
私も、赤星のような人物にこそ指導者になってほしいと思います。
体格やデータだけでは計れない可能性を秘めた選手を、
彼なら見出して、一流にまで磨き上げられると期待しています。
なにより、彼自身がそうしてきたのですから。
ヤフーニュースで知った時は、ビックリしました。
でも、詳しく読んだところ命の危険があるということだったので仕方がないことですよね。
「お疲れ様でした」と言いたいです。
私も最初このニュースを知ったときは、本当にショックでした。
ただ、命の危険があると言われてしまうと、どうしようもないんですよね。
よく「グランドで死ねたら本望」と言う人がいますが、
周囲の人のことを考えれば、そんなことは本来絶対あっちゃいけないですし。
とはいうものの、ノムさんが「医者を紹介してやる」と言ったのを聞くと、
そこで奇跡が起きないものかと願ってしまう私がいます。