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ウイグル族学者は何を訴えたのか 新疆政策批判で異例の無期懲役判決  

2014年10月13日 12時39分19秒 | 海外2017年まで

ウイグル族学者は何を訴えたのか 

 【米長官、中国にウイグル族学者の釈放求める 】 中国には拷問道具を手がける企業が130社 そのほとんどが国営企業 

http://dontena.doorblog.jp/archives/40384763.html 

2014年09月25日一部抜粋

 新疆政策批判で異例の無期懲役判決「平和的異議申し立ては犯罪ではない」米長官、中国にウイグル族学者の釈放求める  

【ワシントン=加納宏幸】 ケリー米国務長官は23日、中国で「国家分裂罪」に問われ無期懲役などの  

有罪判決を受けたウイグル族学者、イリハム・トフティ氏について、「深く心配している」とする声明を発表し、

 中国政府にイリハム氏や勾留されている学生の釈放を求めた。

            no title

声明で、ケリー氏は「平和的な異議申し立ては犯罪ではない」と指摘。

その上で、イリハム氏らを沈黙させることはウイグル族との「緊張状態を悪化させる」と強調した。

 


ウイグル族学者は何を訴えたのか

 WEDGE Infinity 2014.10.07    転載、させていただいた記事です

世界ウイグル会議

中国でウイグル族が直面している現実への理解と問題解決を訴え、ウイグル族と漢族の間の

 「橋渡し」役を務めようとして国家分裂罪に問われた中央民族大学(北京)の著名なウイグル族経済学者、

 イリハム・トフティ氏に対し、新疆ウイグル自治区ウルムチ市中級人民法院(地裁)は9月23日、

 無期懲役判決を言い渡した。

裁判所は判決文で罪状の一部をこう指摘した。「海外メディアの取材を受け、悪意を持って新疆問題・事件を

煽り立てた」。海外メディアの取材を受けたことまで罪に問われるのも異例だが、言論弾圧で無期懲役判決が

出されるのも極めて異例だ。しかも「穏健派」とされたイリハム氏に対する裁判の結果には、中国における

ウイグル問題の複雑な現実が潜んでいる。

 「どんな結果になっても受け入れる。当局の政策に批判的な声を上げた知識人は重い代価を払わなければならない。

裁判を通じて新疆の法制化を望んでいる」。新疆ウイグル自治区で「テロ」とみられる民族対立が多発する中、

イリハム氏は一体、何を伝えようとしたのか。


政府批判知識人の「声」を消す

 イリハム氏の弁護人を務める著名人権派弁護士の李方平氏は、判決言い渡し前日の9月22日、筆者の取材に

「無期懲役判決も排除できない」と言い切った。「新疆問題は複雑だ。イリハム氏の主張する声は(彼の逮捕で国内のどこにも)

もはやなくなった。しかし問題はまだ存在している。

から(政府の新疆政策を)批判する声がなくなったらどうなるのか」。こう続けた。

 9月17~18日の初公判直後に接見した李方平、劉暁原両弁護士は、ウルムチ市拘置所の接見室に足かせを

はめられて現れたイリハム氏を見て、「無期懲役判決」という最悪の結果を予測した。

 判決で「国家分裂罪」の舞台の1つと指摘されたのが、イリハム氏が06年に立ち上げたインターネットサイト

「ウイグルオンライン」。同氏は裁判でも、「ウイグル族・漢族間の誤解を取り除き、交流を促進する場にするためだ」

と説明している。劉暁原氏はこう指摘した。

 「イリハム氏が(06年に)サイトを立ち上げ、こんなに長期間が経っている。北京の警察はそれを知っていたが、

捕まえなかった。新疆の警察が彼を捕まえたのは、新疆社会などで発生している暴力テロ案件と関わっている。

彼らは、知識人の発する声を封じ込めたいと考えた」

 2013年10月末、北京・天安門に四輪駆動車が突っ込み、炎上し、40人以上が死傷した。事件直後、イリハム氏は、

「ウイグル族によるテロ」と断定した当局の発表について海外メディアの取材を受けて疑問を呈したことが、

拘束の1つの契機となったとみられる。

 新疆ウイグルに絡む民族対立が深刻化し、当局が「テロ」とする事件が相次ぐ中、共産党・政府の

ウイグル政策を批判するあらゆる声を消そうしたのが、今回の無期懲役判決なのだ。

 

悲しみに暮れる妻子

 イリハム氏は、今年1月15日に突如、北京・中央民族大学の宿舎から連行された。当時の様子について

イリハム氏の妻(ウイグル族)は電話取材にこう語った。

 「私は出勤しており、夫と子供2人は昼寝中だった。午後3時頃、ドアを叩く音がして夫が開けると、警察は

ソファに夫を押し倒して連れ去った。連絡を受けた私が帰宅すると20人以上の警官がいた。

子供に『パパはどこ』と聞くと、『警察に連れて行かれちゃった』と泣いている。

小学1年生の上の子は『パパっ子』で大きなショックを受けてふさぎ込んでいる」

 妻は号泣しながらこう語ったが、李方平氏によると、北京に残された妻と小さい子供2人はその後も悲しみに明け暮れ、

妻は裁判を傍聴して判決を聞いた際も泣き崩れ、放心状態に陥った。

 1月に連行されたイリハム氏が正式逮捕されたのは2月で、7月末に起訴された。当局の認定は、

「大学の教室やインターネットメディアなどで民族分裂思想を伝え、海外の機関・個人と連携し、国家分裂犯罪活動を実施した」

(裁判所判決文)というものだ。

 「ウイグルオンライン」などを通じて発信されたイリハム氏の言論は、09年7月にウルムチで発生し、当局発表で

197人が死亡した「ウルムチ騒乱」の発生にも「一定の役割を果たした」とも認定された。

 

「ウイグル問題の前途は中国にある」

 イリハム氏は一体、何を訴えてきたのか。

 同氏の代表的な文章が11年に記した「わが理想と選択の道」。09年のウルムチ騒乱に衝撃を受けたイリハム氏は

ウイグル族知識人として「急激な転換期を迎える中国で、民族調和・共存の道を探る(ことが任務だと感じた)」と記している。

 文章の中でさらにこう訴えた。「ウイグル族の知識人として、私はウイグル社会と漢族社会の間の疑心と不信の

巨大な亀裂が日増しに深刻化し、憎悪の感情が広がっていると深刻に感じている」

 文章によると、「ウイグルオンライン」を立ち上げたのも「沈黙の中での(ウイグル族・漢族の)疑念と憎悪が恐ろしい」

と感じたからだ。またウルムチ騒乱後には、発生日の7月5日を「民族和解の日」と定め、「憎悪と疑念の堅い氷」を

解かすため、夏休みを利用して2つの異なる民族の家庭でお互いに自分の子供を相手民族の家庭で生活させ、

将来の世代で民族間の友情を深めることを計画したが、挫折を余儀なくされた。

 当局はイリハム氏を「国家分裂罪」で断罪したが、同氏が次のような発言をしていたことは、国家分裂を主張して

いなかった証左として弁護人も訴えたが、裁判所は受け入れなかった。

 「私はどこにも行かない。ウイグル人の問題は中国にあり、解決の方法も中国にある。私が投獄され、中国の刑務所で

過ごした後、出所して以降もやはり中国にいてウイグル人の前途を探し求めるだろう。

もし私が死んでたった1つの願いがあるとすれば、それはわが故郷で葬られることだ。

この幸福があれば私はそれで十分だ」

 

過酷な処遇でも闘う姿勢衰えず

 イリハム氏の拘束後、弁護人の李方平氏がウルムチ市公安局に出向き、何度も接見を申請したが、認められなかった。

 接見が初めて認められたのは実に、拘束から5カ月超が経った6月26日。約5時間にわたり行われた接見で、

李氏はイリハム氏から衝撃的な事実を打ち明けられた。

 「イスラム教徒用の食事が提供されず、拘束直後に10日間の絶食を余儀なくされた。3月1日からは10日間に

わたり食事が出されなかった。そのため何回も意識を失った。体重は16キロも減少してしまった」

 3月1日には雲南省昆明駅で無差別殺傷事件が発生し、170人以上が死傷した。イリハム氏への食事提供拒否は、

嫌がらせの可能性もある。

 そんな過酷な境遇に置かれてもイリハム氏の精神は強靭で、闘う姿勢も衰えていなかった。「私の発言や行動は、

すべて国家、民族、漢族の共同利益を実現するためだ。自分のいかなる言行も分裂を支持しておらず、ただ新疆地域の

自治が改善し、法治や民主化が進み、民族間の関係が安定することだけを望んでいる」。

イリハム氏は接見した李氏にこう語った。

 公判でもイリハム氏は主張を少しも曲げなかった。法廷の様子は新疆の地元テレビのほか、国営中央テレビでも

放映され、拘束前に比べて痩せ、髪の毛も薄くなったイリハム氏の姿は衝撃を与えた。しかしウイグル族の権利擁護の

ために立ち上がった知識人の気迫は、画面を通じて伝わってきた。

 

「中国の未来のために声を上げた」

 無期懲役の判決を受けた翌24日、李方平氏はイリハム氏と接見した。その際、イリハム氏はこう語ったという。

 「私はわれわれの民族、そして中国の未来のために声を上げたのだ」

 「私は獄中に入る前、自分がこんな過酷な環境に耐えられるか、また自分の良心や友人・家族を売ってしまうのでは

と心配していたが、堪え切った」

 「これからの獄中生活は、私がこれまで経験していないことであるが、これがわれわれの生活であり、

私の経歴になるのだ。私には、自分の人生がどれだけ長く続くのか分からない。

しかし私は勇敢であり、そんなに弱くはない。もし自殺や自傷の噂が流れれば、それは虚偽である」

 「判決文の内容を見て、私は逆に、さらに大きな責任を背負わなければならないと思った」

 「私は既に離れてしまったが、陽光を期待しており、未来を期待している。私は中国がもっと良くなると堅く信じており、

憲法に基づきウイグル人の権利は尊重されなければならないと信じている」

 「平和は、天がウイグル族と漢族の人々に与えた贈り物。ただ平和と善意があってこそ、お互いの共同利益を創造できる」

 「私は24時間、足かせをはめられ、(拘束以降)8カ月間でたった3時間だけ足かせを外して歩けた。

6人の漢族受刑者と一緒の部屋にいる。境遇は厳しくないとは言えないが、同様に国家分裂罪に問われた同族被告に

比べれば、私は幸運であるのは疑いない。

なぜなら私には自分で委託した漢族の弁護士が出廷して私を弁護してくれる。家族が傍聴でき、私は自分で話したいことを

述べた。私はこの案件を通じて新疆の法治化を推し進めたいと望む。たとえ少しずつであっても」

 

「私は(判決言い渡しが終わった)昨晩、8カ月超のうちで最もよく眠れた。意外にも私は自分の心がこんなに強いとは知らなかった」

 「私の妻へ。われわれの子供ため、あなたには強くなってほしい。もう泣かないでほしい。遠くない将来、われわれは

また擁護し合える。体を大事に。君を愛するイリハムより」

 

判決直後の9年ぶり「中央民族工作会議」

 無期懲役という厳しい判決に対して中国の改革派知識人や人権派弁護士らは中国版LINE「微信」などで、

イリハム氏がかつて記した前出「わが理想と選択の道」や「当面の新疆民族問題の現状と建議」(2011年、13年修正)などを

転送し、彼の考えを広めようしたが、当局はこれに対抗し、次々と削除した。

 一方、国営新華社通信は9月24日夜、「イリハム・トフティの国家分裂案件法廷尋問記録」と題した長文記事を配信し、

裁判の正当性を強調した。共産党機関紙・人民日報系の環球時報も「(イリハム氏への)西側諸国の庇護は無用。

犯罪者は犯罪者だ」(25日付)と社説で掲げた。国営中央テレビもイリハム氏らの法廷でのやり取りを放映し、イリハム氏と

共に起訴されたウイグル族学生の供述やイリハム氏の大学での講義映像などを出してイリハム氏の「違法性」を訴えた。

 こうした中、習近平国家主席は9月28~29日、「中央民族工作会議」を開催した。新疆・チベット問題などに関する

最重要会議と位置づけられる中央民族工作会議の開催は2005年以来、実に9年ぶり。05年以降、08年3月には

チベット自治区のラサで大規模抗議デモが発生し、新疆ウイグル自治区では09年7月にはウルムチ騒乱が起こるなど、

大規模な衝突は今も止むことはなく、暴力が暴力の連鎖を生む悪循環が続いている。


 ウイグル族らの不満を暴力で弾圧する政策に対する批判が強まり、少数民族政策の見直しを求める声は

イリハム氏らだけでなく、強まっていたが、中央民族会議は「中国の特色ある民族問題解決の道は正確だった」と総括した。

 今回の中央民族工作会議は、国際社会も強い懸念を示したイリハム氏への判決を受け、習指導部として

共産党の主導する新疆政策には一貫して間違いがないことを訴えたものだ。

また政策を批判する声には断固たる対応を取るというメッセージを内外に送ったのだ。

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/4265?page=1


http://www.uyghurcongress.org/jp/?p=7259%20%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%82%B0%E3%83%AB%E6%97%8F%E5%AD%A6%E8%80%85%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%82%92%E8%A8%B4%E3%81%88%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%8B%E3%80%80%E6%96%B0%E7%96%86%E6%94%BF%E7%AD%96%E6%89%B9%E5%88%A4%E3%81%A7%E7%95%B0%E4%BE%8B%E3%81%AE%E7%84%A1%E6%9C%9F%E6%87%B2%E5%BD%B9%E5%88%A4%E6%B1%BA

 

 

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