なぜ女川原発は無事だったのか?
2011.03.30
http://www.the-liberty.com/article.php?item_id=1662
一進一退が続く福島第一原発だが、この事故は
人災の側面が強いと、30日付け朝日新聞が報じている。
記事では、設備の安全設計の問題や、非常時の想定の
甘さを指摘。原子炉を冷却するための海水をくみ上げる
ポンプ設備が「ほぼむき出しの状態」になっていたため、
津波で損傷。原子炉に冷却水を送る機能が失われた。
他にも、当初、雑なところが多かった配管の改良工事が
追いつかなかった点や、2006年の耐震指針の見直し
後の対応が、津波よりも揺れ(地震)に対する強さの
検討が優先されていたと指摘する。
一方、同じ規模の津波が襲った宮城県の女川原発は
ほとんど無傷で、原発の周辺施設に避難してきた人もいた。
この女川と福島の原発の違いは、
「想定していた津波の高さの違い」にある。
福島原発は、津波の高さを最大5.6mと想定して設計した
ところに14mの津波が襲った。
これに対し、女川原発は津波を9.1mと想定し設計、
主要施設は海面から14.8mの高さの敷地に整備した。
そこに17mの津波が襲ったが、建屋の地下に浸水は
あったものの主だった被害はなかった。
(参考:25日付け産経新聞など)
こうした事実からも分かるように、津波の高さをもっと高く
見積もったり、電源が波の影響を受けないように囲う
などすれば、今回の大規模な事故は防げていたのではないか。
逆に言えば、今後、原発の安全性を高めていけば、
今回のような大規模な津波が襲っても、日本の原子力発電所は
びくともしないということだろう。
事故を受け、国内マスコミは「原発はなくすべき」という
論調に傾きがちだ。しかし、少量のウランで膨大な発電が
できる原子力発電を捨てることは、石炭や天然ガスなど
エネルギー資源の9割を輸入に頼る日本にとって、
生殺与奪の権を外国に握られることを意味する。
やはり、日本は原子力発電を捨ててはいけない。(格)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110328-OYT1T00603.htm?from=main2
「てんでんこ」三陸の知恵、
子供たちを救う
2011年3月28日15時07分 読売新聞
東日本巨大地震による津波で大きな被害を受けた
岩手県釜石市と大船渡市で、津波に備えた知恵や工夫が奏功し、
多くの子供たちの命が救われた。
釜石市では、津波から身を守る方法として三陸地方に伝わる「
津波てんでんこ」が効果を発揮。大船渡市では、学校から
高台へ素早く逃げられるよう、父母らの訴えで昨年秋に
完成したばかりのスロープでの脱出劇があった。
◆過去の教訓◆
死者・行方不明者が1200人以上に上った釜石市では、
全小中学生約2900人のうち、地震があった
3月11日に早退や病欠をした5人の死亡が確認された。
しかし、それ以外の児童・生徒については、
ほぼ全員の無事が確認された。
市は2005年から専門家を招いて子供たちへの
防災教育に力を入れており、その一つが「てんでんこ」だった。
度々津波に襲われた苦い歴史から生まれた言葉で、
「津波の時は親子であっても構うな。一人ひとりが
てんでばらばらになっても早く高台へ行け」という意味を持つ。
学期末の短縮授業で184人の全校児童のうち約8割が
下校していた市立釜石小。山側を除くほとんどの学区が
津波にのまれたが、児童全員が無事だった。学校近くの
住宅街で友人と遊んでいた同小6年の藤元響希(ひびき)君
(12)は「家族や家が心配だったけど、
無意識に高い方に走って逃げた」。
その後、避難所で家族と再会できた。
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先人の知恵が命を救った。
今、過去の時代を生きた霊人は
語りはじめる。。
命と魂を救うために・・・時代は繰り返す・・
誰か、耳を傾けないか。。?
(´Д`)
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今回被害は無かったようですが、安全確認総点検が必要で、運転再開の見通しは立っていません。
07年1月、青森県東通村の風力発電所で高さ68メートルの鉄塔が倒壊。基礎の鉄筋コンクリート部分が破損し、根本から倒れていた、ということもあったのですが、すでに退職後のその人は、後輩たちのあんな設計じゃ駄目だ、と言ってたようです。やはり倒壊してしまいました。
全国の原発はすべて、火力や水力の発電コストと同程度か低くなるように、危ない設計をしてると感じます。