Amedeo Modigliani: A collection of 281 paintings (HD)
人がモディリアーニを口にするとき、思い出される彼特有の肖像画群。鼻梁と首が長く、目の中は空(から)だったり暗色だったり、あるいは小さかったりするのもよく知られている。彩色も水彩のように淡泊な淡彩で出来ているその人物像は、かくして、一見、生気を抜かれて描かれているように思えるが、すぐさま、人は我に返り、そこに確かな実在感を感じ取ると同時に人はいつもそれを不思議に思う。
Amedeo Modiglianiの人生もご多分に漏れず悲劇的であった・・・・。
私のホームページことブログはにほんブログ村のオペラ部門で3位、芸術家部門で4位を保持していても、そのフォロワーはいまだにゼロである。人は一人では生きていけない。芸術家だったならその作品も演奏も枯れてしまう。私のホームページはこれではまるで絵に描いた餅だ。どうか私を一人にしないで頂きたい、あなたひとりひとりの積み重なりが私の糧になる・・・・。
私は自分のことを病気の幻声を主に書き綴った自費出版本に関してそれを書き上げた頃合いに地獄の10年から這い出ることが出来た(病気自体は酷くまだ続いているが)し、声楽と出会ってそれを自分でやりこなしていく、その始まりから重篤なせき喘息から治癒へと向かっていった。今度は周囲の出番だと私は強く確信している。
今、大阪は大阪中之島美術館にてモディリアーニ展を開催している。私は裸眼で生の彼の作品を見ながらその実在感の何たるかを探求してみようかと思う。いや、彼の世界を回遊するだけでもいい。もうすぐ梅雨に入る。この展覧会は7月18日が千秋楽で梅雨が抜ける頃合いだろう。私の予定。雨の予報。私は晴れの日に行こうか、はたまた雨の日に行こうか。 二刀流アーティスト 石川勝敏