二日目の朝です。
泣きたくなるくらいの大雨。風は無いものの大粒の雨は気力を削いでしまいます。そんなこんなで行ってきましたよ。恐山&斜陽館
2009年07月19日(日)雨のち晴れ
朝起きてみると外は大雨です。でも、予定は予定ですから朝食が済んだら出かけることにして、まずは朝風呂で眠気を覚まします。
昨日は気づかなかったけど、ズラッと並んだシャワーのひとつが外れて水が垂流しになっています。
ホテルの人は応急処置としてベニア板を被せてガムテープで止めていますが、漏れてジャージャー流れています。
でも、そんなことは無視してお風呂に入ると眠っていた身体も徐々に起き出してきます。
さあ、今日も頑張るぞってな気持ちになります。
お風呂から上がると朝食です。
6時半に予定していたので「他の客は誰もいないだろう」と思って食堂に行くと、昨日の夕食のメンバー全員が揃っています。
田舎の朝は本当に早いですね。
バイキングの朝食を洋食バージョンで選んで、ヨーグルトやコーヒーもしっかりいただきました。
07:30(19694)
雨で視界も悪い中、出発します。
昨日と同じく338号を北上していき、むつ市から県道4号へ左折して山登りです。
くねくね道をズンズン登っていくとだんだん雰囲気がでてきます。
恐山って名前からしてオドロオドロしいですよね。「死者の魂が集まる霊場」というコピー良いですねえ。
途中で湧き水発見。さっそく車を停めて一口飲んでみました。美味しいです。
昔は歩いて登っていたのですから、この湧き水は本当に助かったでしょうね。
このころから、雨も少し小降りになってきました。
09:01-11:03(19752)
そうこうしてたどり着いた先には、りっぱな総門があります。500円を払って中に入ります。
思っていたより中は広く、いろんな趣向を凝らした建物と自然の演出が上手くコラボしてまるで「霊の遊園地」という印象です。
入ってすぐのところに「イタコの口寄せ」場所があります。
テレビで一度見たことのあるお婆さんイタコが小屋みたいなところに入っていくのを見ました。
ちょっと興味がありましたが、特に呼び出してほしい人がいない文吉夫婦です。先に進みます。
山門をくぐって奥に行くと突き当たりに本尊安置地蔵殿。
そこを左に折れて無間地獄から宇曽利湖岸を回って山門へ回ってくるルートの通りに歩きます。
<恐山入場券>
<恐山全図>
硫黄の匂いが立ち込めて、荒涼としてなんとなく懐かしさのある敷地の中を歩きます。
いたるところに、幼くして逝った赤子や幼児への悲哀を、小石を積み上げて風車やお地蔵さんを奉納することにより表しています。
文吉夫婦も可愛らしくも切なげなお地蔵さんや小石の山に心打たれるものを感じました。
せっかくですから、売店で風車を調達して気持ちだけ供養をさせていただきました。
<無間地獄>
<奥の院不動明王>
<慈覚大師堂>
小雨の中を「奥の院不動明王」→「慈覚大師堂」→「八葉塔」→「八角円堂」→血の池地獄」と回って「賽の河原」にたどりつきます。
宇曽利湖をバックに少し荒めの砂地を歩くと本当にここが最果ての地だという気持ちになります。
山門と本尊安置殿の間の道を挟むように温泉施設があります。
文吉は今回の目玉ともいえる「薬師の湯」に入ってみました。
木造の小さな小屋の中に入ると、二つの湯船が並んでいます。手前が熱く、奥が少しぬるめの湯です。
檜の湯船には「湯の花」がたっぷり浮かんで少し白く硫黄色に濁った湯がたっぷり溜まっています。
これです。これこそ文吉個人が「一番好きな温泉」の全てを揃えているお風呂です。
1、お湯に色と匂いが付いている
2、檜の枠でできている
3、お風呂だけの小屋になっている。もしくは露天
4、只
今回、門外不出とされていた文吉のセミヌードを披露する気になったのは、このお風呂に敬意をはらってのことといたします。
ご婦人方の不評を省みずことなくゴメンナサイ。
文吉がお風呂に入っている間に妻は向かいの「古滝の湯」に行って、足だけ使ってみたそうです。
先客のおばあさんと話をして楽しかったと言っております。
<恐山温泉:薬師の湯1>
<恐山温泉:薬師の湯2>
<恐山温泉:薬師の湯3>
このころには雨がほとんどやんでいました。ここから先は文吉の「晴れ男伝説」が効力を発揮してきます。
恐山を下りて国道279号(むつはまなすライン)をどんどん南下します。
途中で見つけた「道の駅横浜」にちょっと立ち寄った以外は休みなく陸奥湾の青森側付け根を走り抜けます。
野辺地からみちのく有料道路(830円)でショートカットして津軽半島にのりこみます。
といってもすぐに青森自動車道にちょこっと乗って浪岡ICでおります。400円
13:45(19915)
のどかな田園地帯を走っているうちに、つい見落としてしまいそうな看板を発見していつの間にか「斜陽館」に着きました。
駐車場が狭くて、誘導の人に案内されて五所川原市金木庁舎の駐車場に無料で置かせてもらいました。
「斜陽館」と「津軽三味線会館」がセットになっている共通入館券900円を払って中に入ります。
<斜陽館入場券>
<斜陽館入り口看板>
<斜陽館>
明治の大地主で元貴族院議員、衆議院議員の津島源右衛門の六男として産まれた修治(太宰治)の生家で国重要文化財です。
そりゃあ、当時の贅を尽くした建物ですよ。
調度品も何もかも柱一本にいたるまで超のつく金持ちのおうちです。
こんな家に生まれたお坊ちゃまの修治君が普通なわけはありません。
幼いときから成績優秀で、青森中学から官立弘前高等学校を経て東京帝国大学(東大)に進むまでは順調でした。
しかし、田舎者のお坊ちゃんが東京に出てきたもんだから、そりゃあ、遊びますよね。
カフェの女給(今ならキャバクラ嬢)や芸者に入れあげて、自殺未遂を起こしたり駆け落ちしたりと波乱万丈の生活を送りました。
最後は39歳で三鷹の多摩川浄水に入水してハイソレマデヨとなったわけです。
しかし、こんな人生の中で書き下ろした小説はそれはそれはすばらしいものでした。
特に、「人間失格」は文吉にとって高校時代にかなり影響をうけた1冊です。
自分は本当の自分をだすことができない。だから道化として生きていくというような考え方に共感を得たものでした。
本当の文吉はもう、どうしようもないくらい「暗い」男なのです。
そんな感慨ある太宰治の、当時着ていたのと同じ「二重廻しマント」を羽織ってみたらなんとなく「文豪」になれた気がしました。
<太宰マントを羽織る文吉>
斜陽館を出るとすぐのところに「津軽三味線会館」があります。
14:30から実演がはじまるとあって中を鑑賞するまもなく駆け足でホールに入ります。
女性の師範とその弟子の二人(名前は忘れました)の掛け合いによる喋りと三味線は軽快です。
面白おかしい中に本物の「音」を堪能することができました。
<津軽三味線実演>
約30分の演奏が終わって、となりの土産屋を冷やかしてから出発しました。
しかし、ドジな文吉夫婦は東北道に乗り込んだはいいものの、反対方向に進んでしまいました。
16:14(19662)
仕方が無いので、次の青森ICでUターンしてまた乗り込みます。
途中、津軽SAでトイレ休憩してたこ焼きをつついただけで南下します。
旅館到着予定は18:00。果たして間に合うかどうか、ちょっとあせります。
そんなこんなで車は秋田県鹿角市に入ります。
17:20(20039)
十和田ICで降ります。1000円
国道103号を十和田湖に向けてすすみます。
17:35(20047)
本日の宿泊先「旅館岡部荘」到着。
しかし、ここで大事件が発生しました。
文吉はこの旅館を「じゃらんネット」で予約していたのですが、なんと「予約されていない」と言われたのです。
「そんなはずないじゃないですか、ちゃんと予約受付の返信メールだってもらっているのに、良く確認してよ」
怒り心頭の文吉は持参のPCで予約確認メールを呼び出して確認しました。
その瞬間、顔が真っ青になったのは文吉のほうでした。
なんと、なんと予約日が「7月29日」になっているのです。
10日も先の予約をしていたわけです。そりゃあもう、平謝りですよ。
でも、そこは流石に旅館の若旦那。人間ができています。
「旧館に部屋があいてますから、そちらで宜しければ用意いたしますが」
そりゃあ、あなた旧館だろうが、馬小屋だろうがかまいませんよ。食事さえ出してもらえれば。
そんなわけで、ネット予約と同じ条件と料金でちゃんと食事も用意していただくことになりました。
部屋に入ると和洋折衷の新館と違って和室ですが、そんなことは問題ありません。
むしろ、ワンフロアに文吉夫婦だけの貸切状態を喜んでいる馬鹿夫婦です。
さっそく窓を開けると真下にものすごい勢いで濁流が流れている川があります。
仲居さんのはなしでは、昨日の大雨で川が濁って、こんなに激しく流れているのは何年ぶりとのこと。
いいんですよ、そんなことは雨が降ったのは誰のせいでもないですから、それより食事が楽しみなんですけど。
そんなわけで、食事の前に一風呂浴びることにします。
岡部荘ご自慢の温泉は300年以上前から「盛岡藩指定の湯治場として親しまれてきた湯」です。
ナトリウム塩化物泉でいわゆる「美肌の湯」ですね。
特に、大正時代から「熱い源泉」と「ぬるめ」の源泉を浴槽の手前で混合している「大正風呂」が気に入りました。
他にも、桜の花びらをもした浴槽の「桜風呂」や庭園には露天風呂もしつらえてあります。
それらが、時間帯によって男女入れ替えになります。
今は、男は「大正風呂」と「庭園露天風呂」の入浴時間帯のために、まずは「大正風呂」に入りました。
湯船はそれほど広くないけれど、確かに二つの源泉が湯船の前で混合されています。珍しいつくりですね。
露天風呂に行くには一回服を着て、玄関から外へ行くことになります。
せっかくですから、行ってみましたが、数名の客で湯船はいっぱいになっており、眺めるだけで帰ってきました。
妻がお風呂から上がるのを待っていたかのように、食事の用意ができましたコールがありました。
仲居さんが部屋にわざわざ運んでくれる日本の旅館方式は、贅沢感いっぱいですね。
料理は「きりたんぽ」を中心にかなりボリュームと品数がありました。
文吉は初めて「きりたんぽ」を食べたわけですけど、それほど美味しいというものではないんですね。
そりゃ、そうですよね。昔の囲炉裏を囲んでの庶民の料理ですから。ほんのり、温かさを感じる料理でした。
<きりたんぽ膳>
<きりたんぽ>
温泉に入って、お腹も膨れてあとは言うこと無いですね。
おやすみなさい。
明日は十和田湖、奥入瀬渓谷を回って帰ります・・・
【文吉からの願い】
バイク好きの人たちのブログランキングです。決して怪しいところではありません。
文吉もランキングに参加しています。クリックしていただければ嬉しいです。
8月2日のランキングは58位でした。あまり変化はないですね。
念願の20位以内を目指して、皆様のあたたかい一票をよろしくお願いします。
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泣きたくなるくらいの大雨。風は無いものの大粒の雨は気力を削いでしまいます。そんなこんなで行ってきましたよ。恐山&斜陽館
2009年07月19日(日)雨のち晴れ
朝起きてみると外は大雨です。でも、予定は予定ですから朝食が済んだら出かけることにして、まずは朝風呂で眠気を覚まします。
昨日は気づかなかったけど、ズラッと並んだシャワーのひとつが外れて水が垂流しになっています。
ホテルの人は応急処置としてベニア板を被せてガムテープで止めていますが、漏れてジャージャー流れています。
でも、そんなことは無視してお風呂に入ると眠っていた身体も徐々に起き出してきます。
さあ、今日も頑張るぞってな気持ちになります。
お風呂から上がると朝食です。
6時半に予定していたので「他の客は誰もいないだろう」と思って食堂に行くと、昨日の夕食のメンバー全員が揃っています。
田舎の朝は本当に早いですね。
バイキングの朝食を洋食バージョンで選んで、ヨーグルトやコーヒーもしっかりいただきました。
07:30(19694)
雨で視界も悪い中、出発します。
昨日と同じく338号を北上していき、むつ市から県道4号へ左折して山登りです。
くねくね道をズンズン登っていくとだんだん雰囲気がでてきます。
恐山って名前からしてオドロオドロしいですよね。「死者の魂が集まる霊場」というコピー良いですねえ。
途中で湧き水発見。さっそく車を停めて一口飲んでみました。美味しいです。
昔は歩いて登っていたのですから、この湧き水は本当に助かったでしょうね。
このころから、雨も少し小降りになってきました。
09:01-11:03(19752)
そうこうしてたどり着いた先には、りっぱな総門があります。500円を払って中に入ります。
思っていたより中は広く、いろんな趣向を凝らした建物と自然の演出が上手くコラボしてまるで「霊の遊園地」という印象です。
入ってすぐのところに「イタコの口寄せ」場所があります。
テレビで一度見たことのあるお婆さんイタコが小屋みたいなところに入っていくのを見ました。
ちょっと興味がありましたが、特に呼び出してほしい人がいない文吉夫婦です。先に進みます。
山門をくぐって奥に行くと突き当たりに本尊安置地蔵殿。
そこを左に折れて無間地獄から宇曽利湖岸を回って山門へ回ってくるルートの通りに歩きます。
<恐山入場券>
<恐山全図>
硫黄の匂いが立ち込めて、荒涼としてなんとなく懐かしさのある敷地の中を歩きます。
いたるところに、幼くして逝った赤子や幼児への悲哀を、小石を積み上げて風車やお地蔵さんを奉納することにより表しています。
文吉夫婦も可愛らしくも切なげなお地蔵さんや小石の山に心打たれるものを感じました。
せっかくですから、売店で風車を調達して気持ちだけ供養をさせていただきました。
<無間地獄>
<奥の院不動明王>
<慈覚大師堂>
小雨の中を「奥の院不動明王」→「慈覚大師堂」→「八葉塔」→「八角円堂」→血の池地獄」と回って「賽の河原」にたどりつきます。
宇曽利湖をバックに少し荒めの砂地を歩くと本当にここが最果ての地だという気持ちになります。
山門と本尊安置殿の間の道を挟むように温泉施設があります。
文吉は今回の目玉ともいえる「薬師の湯」に入ってみました。
木造の小さな小屋の中に入ると、二つの湯船が並んでいます。手前が熱く、奥が少しぬるめの湯です。
檜の湯船には「湯の花」がたっぷり浮かんで少し白く硫黄色に濁った湯がたっぷり溜まっています。
これです。これこそ文吉個人が「一番好きな温泉」の全てを揃えているお風呂です。
1、お湯に色と匂いが付いている
2、檜の枠でできている
3、お風呂だけの小屋になっている。もしくは露天
4、只
今回、門外不出とされていた文吉のセミヌードを披露する気になったのは、このお風呂に敬意をはらってのことといたします。
ご婦人方の不評を省みずことなくゴメンナサイ。
文吉がお風呂に入っている間に妻は向かいの「古滝の湯」に行って、足だけ使ってみたそうです。
先客のおばあさんと話をして楽しかったと言っております。
<恐山温泉:薬師の湯1>
<恐山温泉:薬師の湯2>
<恐山温泉:薬師の湯3>
このころには雨がほとんどやんでいました。ここから先は文吉の「晴れ男伝説」が効力を発揮してきます。
恐山を下りて国道279号(むつはまなすライン)をどんどん南下します。
途中で見つけた「道の駅横浜」にちょっと立ち寄った以外は休みなく陸奥湾の青森側付け根を走り抜けます。
野辺地からみちのく有料道路(830円)でショートカットして津軽半島にのりこみます。
といってもすぐに青森自動車道にちょこっと乗って浪岡ICでおります。400円
13:45(19915)
のどかな田園地帯を走っているうちに、つい見落としてしまいそうな看板を発見していつの間にか「斜陽館」に着きました。
駐車場が狭くて、誘導の人に案内されて五所川原市金木庁舎の駐車場に無料で置かせてもらいました。
「斜陽館」と「津軽三味線会館」がセットになっている共通入館券900円を払って中に入ります。
<斜陽館入場券>
<斜陽館入り口看板>
<斜陽館>
明治の大地主で元貴族院議員、衆議院議員の津島源右衛門の六男として産まれた修治(太宰治)の生家で国重要文化財です。
そりゃあ、当時の贅を尽くした建物ですよ。
調度品も何もかも柱一本にいたるまで超のつく金持ちのおうちです。
こんな家に生まれたお坊ちゃまの修治君が普通なわけはありません。
幼いときから成績優秀で、青森中学から官立弘前高等学校を経て東京帝国大学(東大)に進むまでは順調でした。
しかし、田舎者のお坊ちゃんが東京に出てきたもんだから、そりゃあ、遊びますよね。
カフェの女給(今ならキャバクラ嬢)や芸者に入れあげて、自殺未遂を起こしたり駆け落ちしたりと波乱万丈の生活を送りました。
最後は39歳で三鷹の多摩川浄水に入水してハイソレマデヨとなったわけです。
しかし、こんな人生の中で書き下ろした小説はそれはそれはすばらしいものでした。
特に、「人間失格」は文吉にとって高校時代にかなり影響をうけた1冊です。
自分は本当の自分をだすことができない。だから道化として生きていくというような考え方に共感を得たものでした。
本当の文吉はもう、どうしようもないくらい「暗い」男なのです。
そんな感慨ある太宰治の、当時着ていたのと同じ「二重廻しマント」を羽織ってみたらなんとなく「文豪」になれた気がしました。
<太宰マントを羽織る文吉>
斜陽館を出るとすぐのところに「津軽三味線会館」があります。
14:30から実演がはじまるとあって中を鑑賞するまもなく駆け足でホールに入ります。
女性の師範とその弟子の二人(名前は忘れました)の掛け合いによる喋りと三味線は軽快です。
面白おかしい中に本物の「音」を堪能することができました。
<津軽三味線実演>
約30分の演奏が終わって、となりの土産屋を冷やかしてから出発しました。
しかし、ドジな文吉夫婦は東北道に乗り込んだはいいものの、反対方向に進んでしまいました。
16:14(19662)
仕方が無いので、次の青森ICでUターンしてまた乗り込みます。
途中、津軽SAでトイレ休憩してたこ焼きをつついただけで南下します。
旅館到着予定は18:00。果たして間に合うかどうか、ちょっとあせります。
そんなこんなで車は秋田県鹿角市に入ります。
17:20(20039)
十和田ICで降ります。1000円
国道103号を十和田湖に向けてすすみます。
17:35(20047)
本日の宿泊先「旅館岡部荘」到着。
しかし、ここで大事件が発生しました。
文吉はこの旅館を「じゃらんネット」で予約していたのですが、なんと「予約されていない」と言われたのです。
「そんなはずないじゃないですか、ちゃんと予約受付の返信メールだってもらっているのに、良く確認してよ」
怒り心頭の文吉は持参のPCで予約確認メールを呼び出して確認しました。
その瞬間、顔が真っ青になったのは文吉のほうでした。
なんと、なんと予約日が「7月29日」になっているのです。
10日も先の予約をしていたわけです。そりゃあもう、平謝りですよ。
でも、そこは流石に旅館の若旦那。人間ができています。
「旧館に部屋があいてますから、そちらで宜しければ用意いたしますが」
そりゃあ、あなた旧館だろうが、馬小屋だろうがかまいませんよ。食事さえ出してもらえれば。
そんなわけで、ネット予約と同じ条件と料金でちゃんと食事も用意していただくことになりました。
部屋に入ると和洋折衷の新館と違って和室ですが、そんなことは問題ありません。
むしろ、ワンフロアに文吉夫婦だけの貸切状態を喜んでいる馬鹿夫婦です。
さっそく窓を開けると真下にものすごい勢いで濁流が流れている川があります。
仲居さんのはなしでは、昨日の大雨で川が濁って、こんなに激しく流れているのは何年ぶりとのこと。
いいんですよ、そんなことは雨が降ったのは誰のせいでもないですから、それより食事が楽しみなんですけど。
そんなわけで、食事の前に一風呂浴びることにします。
岡部荘ご自慢の温泉は300年以上前から「盛岡藩指定の湯治場として親しまれてきた湯」です。
ナトリウム塩化物泉でいわゆる「美肌の湯」ですね。
特に、大正時代から「熱い源泉」と「ぬるめ」の源泉を浴槽の手前で混合している「大正風呂」が気に入りました。
他にも、桜の花びらをもした浴槽の「桜風呂」や庭園には露天風呂もしつらえてあります。
それらが、時間帯によって男女入れ替えになります。
今は、男は「大正風呂」と「庭園露天風呂」の入浴時間帯のために、まずは「大正風呂」に入りました。
湯船はそれほど広くないけれど、確かに二つの源泉が湯船の前で混合されています。珍しいつくりですね。
露天風呂に行くには一回服を着て、玄関から外へ行くことになります。
せっかくですから、行ってみましたが、数名の客で湯船はいっぱいになっており、眺めるだけで帰ってきました。
妻がお風呂から上がるのを待っていたかのように、食事の用意ができましたコールがありました。
仲居さんが部屋にわざわざ運んでくれる日本の旅館方式は、贅沢感いっぱいですね。
料理は「きりたんぽ」を中心にかなりボリュームと品数がありました。
文吉は初めて「きりたんぽ」を食べたわけですけど、それほど美味しいというものではないんですね。
そりゃ、そうですよね。昔の囲炉裏を囲んでの庶民の料理ですから。ほんのり、温かさを感じる料理でした。
<きりたんぽ膳>
<きりたんぽ>
温泉に入って、お腹も膨れてあとは言うこと無いですね。
おやすみなさい。
明日は十和田湖、奥入瀬渓谷を回って帰ります・・・
【文吉からの願い】
バイク好きの人たちのブログランキングです。決して怪しいところではありません。
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8月2日のランキングは58位でした。あまり変化はないですね。
念願の20位以内を目指して、皆様のあたたかい一票をよろしくお願いします。
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お待たせしました。
やっと3部作が完成しました。
あとで覗いてみてください。
カーナビをつけたんですね。
これで日本全国どこでも迷わずに行くことができますね。
今度またご一緒したいですね。
私は、北海道から帰って、一度もツーリングできなかったのですが、明日から2連休で走ってきます。ナビも取り付けました。
東北ドライブ最終報告期待してます。
青森ツーリング気をつけて行ってください。
思った以上に距離がありますので、くれぐれも休憩をタイミング良くとるようにして下さい
秋田には温泉がいっぱいあります。
楽しい旅ができますように。
いつでも文吉はウエルカムです。
ぜひ、ご一緒しましょう。
閻魔大王が恐山にいるとは知りませんでした。
知っていたら、ぜひご挨拶したかったです。
それから、shadowのつづりが違っていますよ。
初めての東北です
恐山は遠回りなのでパスです
残念XXX
青森、秋田も温泉を回る予定です
頑張ります
恐山いいっすねえ
俺も行ってみたいっす。
閻魔大王はいなかったんすか?
俺のsyadow400 メッチャクチャ調子いいっすよ。
昨日まででもう700km走ったっす。
今度どこかツーリング連れて行ってくださいよ。
コメントありがとうございます。
今回は雨のため写真をあまり撮っておらず、ちょっと残念でした。
不動明王は釈迦の内証を表現した姿とされています。
穏やかで慈しみ溢れる釈迦も、心の中は護法の決意を秘めた鬼の覚悟であったらしいです。
他にも憤怒の相は、我が子を見つめる父親としての慈しみ=外面は厳しくても内心で慈しむ父愛の姿を表現したものであるとも言われています。
だから、怖い顔なのに威厳があって頼れる気分になるんですね。
文吉にとってもとても怖かった自分の父親とダブって見えてきます。
奥の院の不動明王さま 見つめてると
じ~と・・・します。
お風呂もシンプルで最高です(^^)
いい気分にさせてもらいました
薬師の湯は最高でした。
文吉が今まで入ったお風呂の中でも最高ランクに位置するものと思います。
亀夫さんはせっかく行ったのに入らなかったんですか?
実にもったいない話しですね。
文吉は一人で貸切状態でしたけど、湯船に浸かってじっと目を閉じると、となりに妙齢の美女が入ってきましたよ。
楽しくお話ししながら、いつの間にか文吉を心地よい眠りの世界にいざなってくれました。
なんて、嘘です。
最初から最後まで一人でした。
きりたんぽの味って秋田の方には申し訳ありませんが、それほど美味しいって物ではありませんでした。
本当に素朴な味で水っぽいご飯をむりやり固めておつゆでふやかして食べるというような感じでした。
おつゆはそれほどしょっぱいとは思いませんでしたけど。
楽しそうな旅行ですね
中学の修学旅行で。
先生の趣味で芭蕉の『奥の細道』の足跡を辿るコースを選びみんな道連れで田舎に飛ばされました。
あの頃は何を食べてもしょっぱくって美味しいと思わなかったのですが文吉さんは大丈夫でした?
ところで今回はいつもと違ってほのぼの夫婦旅感じですね。
たまにはゆっくり車も悪くなさそうです。
いつもコメントありがとうございます。
それにしても、文吉がアップしたのが13:40に対して14:52のコメントはすごい。
1時間12分はたぶん文吉ブログ始まって以来の新記録だと思います。
よって、slowlifeさんに「名誉会員」の称号を送ります。
おめでとうございます。
文吉夫婦は馬鹿夫婦ですから、旅の失敗はいくらでもあります。
俗に言う、「旅の恥はかき捨て」というのは文吉夫婦のためにあるとおもっています。
風呂でのお顔、りりしい、若さがお顔に。
いい旅行でしたね、旅館のご主人のおおらかさにも助けられ、予約はちゃんとしましょう。