はじめに
都知事選の投票日まであと一週間を切りました。
今回の2020年の東京都知事選は新型コロナの対応に関する小池都政の是非が問われるものですが、そのなかでひときわ注目を浴びたのが山本太郎氏でした。
山本氏の公約では、「コロナ債」という名の地方債を15兆円規模も起債し、生活に困窮している人たちに給付することが掲げられています。これ以降、この地方債の大量発行の是非をめぐって、少なからぬ論争が起こってきました。
たとえば…
①15兆も東京都が起債することが可能なのか(上限額の問題)
(付随して、15兆円もの債権を金融市場が吸収できるのか、という引き受け先の問題)
②MMT理論を達成するための道具として都知事選を利用しているのではないのか
(東京都が大量の財政赤字を出すことで、国に借金引き受けを要求するという戦略は、都政をまるでギャンブルのごとく扱っている…)
など論点がありますが、私見ではもっとも重要な点がまだ見過ごされています。
それは、そもそも地方債を15兆円分起債して実際に給付することは可能なのか、という問題です。
①の議論は、地方債の金額の大きさのみに注目して、実際の給付の条件を考えていません。②の論は、地方債自体の発行はできるものと思い込んでしまっています。
しかしながら、実際に調べてみると、じつはまさにこの問題が山本氏の公約の急所であることがわかります。山本氏の公約はそもそも実現可能性がほぼない。より穏やかに言っても、到底「さっさと」できる代物ではなく、公約と矛盾しているのです。
では、いったい何が問題となっているのでしょうか?
1. 都がコロナを災害認定し、不同意債を発行…その実現可能性は?
山本氏は公約で、「コロナを災害扱いすることで、地方債を給付に回せる」と主張しています。同氏のページでは次のように述べられています。
少し長いですが、引用します(下線部は筆者による)。
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私達は「新型コロナウイルス」について、仮に国の方針とは異なるにしても、
東京都として「災害(異常な自然現象)」とみなし、
この災害対策のための地方債を新型コロナ債として発行していく考えです。
(中略)
「仮に国が「コロナを災害」と動かなくても、東京都が独自に「コロナを災害に指定」して、地方債を発行。
(中略)
それでも国が同意しないのであれば、都は「不同意債」としてそれを発行します。
こうなると、元利償還金を国からの地方交付税で補てんされることはなくなりますが、
そもそも地方交付税をもらったことがない東京都にとっては痛くもかゆくもありません。
起債する場合には30年債で行います。」
(山本太郎氏のページより(https://taro-yamamoto.tokyo/policy/2-2/))
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さて、山本氏の論理を整理すると次のようになるでしょうか。
たとえ国がコロナを災害に認定せずとも、東京都が条例で「コロナを災害に指定」し、「不同意債」として地方債を発行しうる。そして、都によるコロナ災害認定のもとに、さまざまな支援、給付をさっさと行うことが可能だ。
この議論は少し考えてみると、問題山積みであることがわかります。なぜでしょうか。それは、不同意債はあくまで地方債であるため、地方財政法第5条の範囲でしか使用できないのに変わりがないということです。じっさい、同法律では、地方債は災害で破損した建物等の修復にしか使えないと規定されています。災害認定があれば、個人や事業者に現金を配れるというものではないのです。
そして、そもそもの話、国の法律である地方財政法に対して「東京都が独自にコロナを災害に指定、条例を制定」することは何の効力も持ちません。当然のことですが、地方財政法が国の法律であり、地方自治体の権限の外にあるからです。
したがって、地方債をコロナ対策に使いたいのなら、国でコロナの災害認定をするよう働きかける必要があります。これが「さっさと」はできず、時間を要する事柄なのは明らかです。国会はすでに閉会しています。そもそも、一介の都知事にできる働きかけは限られています。
さらに、もし仮に国がコロナを災害と認めたとしても、地方債でできる災害対策はハコモノの修復が基本となっています。人や事業者に対する現金給付として用いるという方法は、条文で定められている用途ではありません。総務省に確認したところ、給付に回せるかどうかは「今後協議してみないことには分からない」とのことです。つまり、災害認定されただけでも、まだ足りないのです。
いずれにせよ、いまや明らかなことが一つあります。公約の「さっさと給付」はとうてい実現できる代物ではないということです。そして、東京都が災害認定すれば不同意債を発行して給付に使えると思わせるような書きぶりは、有権者に対して極めてミスリーディングであると言わざるをえません。
(おまけ)
山本氏は地方債を30年債にすると言っていますが、これも地方債を用いる対象によって各種制限があります。一般的な災害対策であれば基本は10年債となるようです。コロナ対策で30年債などいったい可能なのでしょうか?
30年というのは、15兆円を起債して東京都が財政再生団体にならないために、現実無視で決めた期間のように思われます)
2. 公共事業費予算の地方債による組み換え
さて、2020年6月29日付の論考「都知事選、「都債増発で公約実現」の落とし穴」(東洋経済オンライン)で、慶応大の土井教授が次のような「ウルトラC」の地方債利用法を指摘していました。
それは、現存する公共事業の費用を予算ではなく地方債によって支払うことで、制約なく自由に使える予算を捻出するというものです。土井教授の調べでは、都の歳出総額(7兆円)の約14%、つまり1兆円ほどが組み換えによって捻出しうるとのことです。逆に言えば、このようなトリッキーな方法を用いても、せいぜい一兆円しか捻出できないのです
(https://news.yahoo.co.jp/articles/acfee8600f88b5a92b186b9cc58f78004ad5c1cc?page=2)
余談ですが、最近宇都宮氏は地方債で1兆円を捻出すると言い始めました。おそらくは、この地方債論争の過程で、この手法に気がついたのかもしれません。宇都宮陣営のしたたかさが光ります。
結論
さて、結論に入りましょう。
現状は山本氏の指摘するように、一刻を争う事態です。リーマンショックを超える不況は眼前に迫っており、緊急の対策が要請されます。弱っている個人、事業者に給付を速やかに行うことは大切な施策の一つです。
ところが、山本太郎氏のいう地方債の大量発行による総額15兆の給付は、課題が山積みであり実効性があまりにも希薄です。山本氏の問題はMMT理論をめぐる神学論争以前の話なのです。さらに、公約のページの記載には、「東京都がコロナを災害認定」のときに触れたように、有権者を惑わせる不誠実なところすらあるように思われます。山本太郎氏の都知事選をめぐる一連の言動は、今後のためにもきちんと清算されるべきものと考えます。
すでに都知事選の投票日まであと一週間を切りました。私たちにできることは限られていますが、この新型コロナの危機を共に乗り越えられるような都知事が誰なのか、なるべく自分の頭で考えて答えを導き出して頂きたい。そう切に願っています。
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