自分の身体的にでた症状を、
ふつうに、ごくふつうに母親に言いたいのに
私は言えない。
自分から電話して言わない。
向こうが電話をかけてきたときに、初めて言う。
もうその時はタイムリーな状態ではないけれど。
この間電話があった。
だから
全身蕁麻疹がでたことを言いたかった。
そしたら間違えて私にかけてしまったんだと。
悲しくて怒ってしまった。
泣きながら
蕁麻疹のことを言った。
でもあなたは(母親)ただ間違えてかけてきたんだものね、
最近は目が血に染まったんだよ。あなたの娘は、
尋常じゃないくらい繊細なんだよ。
お母さんにふつうに聞いてもらいたいのに、話したいのに、
ふつうに、ごくふつうに母親に言いたいのに
私は言えない。
自分から電話して言わない。
向こうが電話をかけてきたときに、初めて言う。
もうその時はタイムリーな状態ではないけれど。
この間電話があった。
だから
全身蕁麻疹がでたことを言いたかった。
そしたら間違えて私にかけてしまったんだと。
悲しくて怒ってしまった。
泣きながら
蕁麻疹のことを言った。
でもあなたは(母親)ただ間違えてかけてきたんだものね、
最近は目が血に染まったんだよ。あなたの娘は、
尋常じゃないくらい繊細なんだよ。
お母さんにふつうに聞いてもらいたいのに、話したいのに、
そんな簡単なことができないくらい会話にならないから、
諦めてるんだよ。
諦めてるんだよ。
政治家と話してるのかと思うような会話、
親と話しているはずなのに小さい子供と話してるのではないかというくらい結局自分の話ばかり、
話したいポイントが気付けばどんどんズレてなんの話をしたかったのかわからなくなる、
父がいたら、手厚い救護を受けれたけれど、パパ(父)に甘えすぎていた。
でも大人になったとはいえただふつうに母親と話すことを切に願うのは欲しがり屋なのか。。。
諦めてるけど諦めたはずだけど
嗚咽するほど泣くのははまだ諦めきれてないんだ。
でも小さいときに、親が離婚したり早くからなにかの理由で離別してる場合、
母親の愛情(もしくは父親、さらにいえば両方)がなにかもわからず喉から手がでるほどほしいけれどそう願ってることすらわからないくらい、最初から知らないから諦めてる、、、のかなと思ったりするけれど
母親の愛情(もしくは父親、さらにいえば両方)がなにかもわからず喉から手がでるほどほしいけれどそう願ってることすらわからないくらい、最初から知らないから諦めてる、、、のかなと思ったりするけれど
人と比べてどうとか考え出たら・・・・キリがないね。。。。
柳葉敏郎のファミリーヒストリーも神回とのことで
見ることができたけれど(とても良かった)
育ての親がいる間には、また自分が探し回ってる間は、決して繋がらなかった出来事が繋がった瞬間を見て
「あーやっぱり人生って2つも3つも同時に手にすることは出来ないようになっているのかもしれない」と確信に近い思いを抱いた。
そして「諦めるということ」も大事だということ。
諦めたその時に、
という瞬間もみたから。
それだけ世の中のひとたちはそれぞれ内容が違えど
なにかに異様に執着している。
決して諦めないことも大事だけれど
諦める事も大事。そのバランス感覚が優れているような人になれるようになりたい。
恐ろしく欲深いこの世界では、そのバランス感覚を持ち合わせていてもとても生きづらいけれどね。。。。。。