幻野通信 デジタル・バージョン

入場無料!山形現代美術館、5/3オープン!!

演出ノート その3

2011年02月15日 21時54分38秒 | Weblog
3、脚本を書く・・・文才がなくてもなんとかなる!

 物語を脚本にする。
 そんなことめんどくさいから、既成の台本を探してみては・・・
と思うだろう。
しかし、これが結構大変。劇は、それをする場所・上演時間・
役者の人数という制限があるから、キッズに合うものを探す
のが一苦労なのだ。それに、作品を読んで、「これはいい!」
と思うものに出会うことも難しい。

 子どもたちが演じるものなのだから、題材には、学びたい
人間の知恵が核となっていて、演じるに値する価値のあるもの、
子どもたちにとって、心の糧となるものを選びたい。

 というわけで、様々な制限を考慮しながら自分で書いたほう
が早い。しかし、文才のないわたしだ。方法としては、本の
言葉を借り、必要な場面を取捨選択し、その場面をつなぐための
せりふや場面を作り、再構成する。声に出して実際に読みながら、
「これでいけるか?」時間を計りながら自問自答する。まずは、
台本だ。不都合があれば、子どもたちにやってもらいながらその
つど変更するもよし、とする。

鈴木さんや織江くんから、読んでもらって貴重な感想をいただいた。
せりふが長すぎるのではないか。せりふの言い回しが、翻訳の
せいか堅苦しいのではないか。など、なるほどと思いつつも、
一つだけ直すわけにはいかない。一つ直すと全部にかかわると
思うところには目をつぶることにした。大体、骨組みを残して
言葉を全部解体して、始めから再構成するほどの力を自分は
持ち合わせていない。

 脚本は、中学生のゆまちゃんが途中から入ってくれたことで、
役を増やし、書き直すことになった。おかげで、ほしいと
思っていた乞食の少女の場面を増やすことができた。そこで、
ラストの場面も変わり、芝居全体ががらりと変わったことは、
結果的にとてもよかった。

 具体的に言うと、貧しいアンにパンをあげるという行為を、
せりふで語らせていたのを実際にその場面を演じさせ、ラストで
セアラとアンが無言で握手するという、原作にあるとおりの場面を
作ることができた。本を読んだときには気づかなかったが、
セアラとアンは立場は違うが、飢えと孤独という絶望的な状況を
くぐり抜けてきた同士だったのだ。そのたくましい姿は、未来へ
つなげたいメッセージだ。

最新の画像もっと見る