天路歴程

日々、思うこと、感じたことを詩に表現していきたいと思っています。
なにか感じていただけるとうれしいです。

春の終わり

2019-05-09 20:59:01 | ショート ショート
俺は、泣いた。春の終わり。暗く長い夜。この部屋には、俺一人だけ。何もない。俺は、これからどうやって生きていくのだろう。途方に暮れる。

加奈が、出て行った。俺は、まだ、彼女に執着している。(残念ながら、加奈を愛しているとは、とても言えない。あたしの幻想、幻像を追いかけている、と加奈は言っていた。)

それでも、もう続けることはできなかった。俺の言葉は、何も加奈には届かなかった。

今朝、加奈が出ていくと宣言した。俺にとっては、突然に思えた。そして、加奈を引き止めようとした。土下座もした。でも、加奈は、…君は、ただ、あたしを引き止めたいだけでしょ?自分のやっている意味がわからないまま、土下座してるでしょ?と、冷ややかだった。

「やり直すことは、できないか。俺の悪いところは、直すから。」

「なぜ、その言葉を今、言うの?」

加奈は、静かに言った。なんの感情もこもらない声。

「俺を捨てて欲しくないから。」

「もう、遅い。どれだけ、…君と話をしようとあたしがしたと思う?その時、向き合わないでいて。今さら。それに。」

乾いた声で、加奈は続ける。

「俺を捨てる?…君は、何回もあたしを捨ててきたじゃない?あたしの心を。あたしのプライドを。ま、いいよ。あたしを悪者にしていい。あたしをぼろくそにけなせばいい。」

加奈は、俺を見た。なんの感情も、こもらない目。憎しみすらない。道端の石ころでさえ、もう少し色のある目を向けられるだろう。

俺は、悟った。何をしても、加奈の心は動かせない。加奈は、もう、言うことはないらしい。彼女は、合鍵をテーブルの上に置いた。荷物を持ち、ドアを開けて出て行った。後ろを振り向きもしなかった。

バタンとドアが閉まる音。俺への最終通告の音。

俺は、座り込んだまま動けなかった。

…どれくらい動けなかったのだろう。そして、これだけ泣いたのは、いつぶりだろう。目の縁がひりひりする。

ベランダを開ける。春の月。朧月。中天にある。真夜中。物音ひとつしない。

麻痺してしまったのだろう。今は、何も感じない。怒りも悲しみも憐憫も自嘲も。

ただ、終わった。ということだけ。空っぽだ。ただ、それだけ。



ヴァンパイアの恋人

2019-04-20 21:01:00 | ショート ショート
安堵と悲嘆が入り混じった気持ち。そ

れが正直なところだ。


夜、彼は言った。

「永遠なる命は哀しい。愛しいあなた

の血は、俺を生かす。けれど…」

彼は眉根を寄せた。

「あなたの血を含むことは、あなたの

命を縮めること。」

私はいやいやをする。

「いいの。あなたが居てくれたらいい

の。あなたのためなら、私はいくらで

も血をあげる。ずっと一緒よ。」

彼は悲しい悲しい目をした。

「好きな人の苦痛を餌にして、俺は生

きながらえるの。」

私は息を飲む。彼は苦しいのだ。彼と

一緒に生きるということは、彼をより

一層地獄に落とすということだ。私は

彼と一緒にいれるのであれば、地獄に

落ちてもいいと思っていた。けれど、

それはあまりにも身勝手なヒロイズム

だった。それでも、それでも、私は彼

を抱きしめたかった。彼の感触を匂い

をささやきを感じていたかった。好き

で好きでたまらず、狂おしいのだ。私

は彼を見つめた。彼の瞳によぎるもの

を必死に捉えようとした。彼の瞳には

優しさが浮かんでいた。私は確信し

た。彼は私を慈しんでいる。体で心で

すべてをかけて。私は彼の胸に抱かれ

た。彼の鼓動がする。私はひとりごち

る。ほら、彼だって生きているの。私

と同じように生きているのよ…。

彼は、私の額に頬に、牙の跡のある首

に、そして唇にキスをした。私に歓び

と安らぎの相反する愛を与えてくれ

た。それ以外、何がいるというのだろ

う。私は恍惚としたまま彼に倒れこん

だ。




そして今、朝の光に満ちた部屋に私

は一人いる。カーテンは開けられ、揺

れていた。私は窓際に立つ。彼は決断

をくだした。そうか。と私は思った。

彼は時間と闇の枷から解き放たれたの

だ。自由になったのだ。彼にとっては

喜ばしことだ。けれど、私にとって

は…私はしゃがみこんだ。嗚咽がこみ

上げる。彼を失った。彼を失ったの

だ。私は泣いた。もう彼は戻ってこな

い。私は泣いた。


風が私の首筋を撫でていった。私は涙

に濡れた目をあげる。朝の光はプリズ

ムのように輝いていた。

ヴァンパイア キス

2019-04-20 20:51:14 | ショート ショート
さらさらとさらさらと朝日に溶けてい

く。これでよかったのだと、俺は思

う。もう誰かを奪って生きながらえな

くていいのだ。安堵と解放。そう、俺

は自由になるのだ。長い長い時間の檻

からの。そして、少しの痛みと悲し

み。実体のなくなった手で彼女の頬を

包む。彼女は至福の微笑みを浮かべて

眠っている。彼女は俺が消えているの

を嘆くだろう。自分のせいで、俺が滅

んだと自分を苛むだろう。それだけが

心残りだ。(俺自身、「死ぬ」という

より「無くなる」感覚に近かった。消

滅する感じ。生き物よりも無機物に近

いのだと今になってわかった。)愛お

しくて愛おしくてたまらないものに

は、少しでも痛みも苦しみもそして死

を与えたくない。これは、俺の光の

(吸血鬼がこんなことを言うのも変な

話だが。)側面。もう一つは、夜と血

にまみれて生き続けることに終止符を

打つきっかけ。俺は文字通り、彼女を

おのれの心臓に打つ杭にしたのだ。彼

女を自分に安寧を与えるために利用し

た。これは、俺の闇の側面。ただ、誰

しもそうだろう。すべてのことはいろ

んなことが混じり合っているものだ。

純粋なる善も悪も、光も闇も、陰と陽

もありはしないのだ。

そんな思考も薄まってきた。俺はどん

どんこぼれていく。フィクションのよ

うに朝日を浴びて苦痛にのたうつわけ

ではない。手から砂がこぼれるように

俺はただ消えてゆくだけだ。

ほぼ俺は消え、最後の気配だけになっ

た。彼女の額、頬、首、唇に口づけ

た。

最後のヴァンパイアのキスだ。

借景の桜

2019-03-31 19:20:55 | ショート ショート
まだ、桜は咲き始め。蕾が半分。開いたのが半分。これくらいを愛でるのが、ちょうどいいのか。固い美しさ。未来の担保がある。

麻耶は、ちょっぴり苦々しさを感じながら、ベランダから桜を見る。でも、これは、お門違いの感情だ。桜は季節になれば、咲く。種の導きに、従っているだけだ。それにいろんな感情を付随させるのは、人間なのだ。

つまんない人間になったもんだ。麻耶は自嘲しながら、ベランダを開ける。うらうらとした春の日差し。淡い空の色と淡い桜の色のグラデーション。

「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」

麻耶は呟きながら、ベランダの前で胡座をかく。桜を見て、心がざわつくのは、ある意味、健やかなのかもしれない。桜は、短い間に、栄枯盛衰を見せる花だから。美しさに心奪われながら、散る時の胸の痛みを感じる花だから。

でも、桜は春になると再び咲くから。麻耶は、目を細めながら思う。今は、この桜を楽しもう。

春霞のような、薄濁りの酒を一口。するりと喉を通ってゆく。甘露、甘露。

昼下がりから、ゆるゆると飲む酒。まだ開ききらない桜を、眺める至福。

2人ではできなかったこと。1人になって、できたこと。

なんでも、いいこともあれば、悪いこともある。麻耶はうんと頷く。

訳が分からなくなって、苦しくなったり、自分を責めたり相手を責めたり。

もう、いいな。手放してしまおう。

麻耶は、強がりではなく、心からそう思った。

今の桜は、可愛らしい。満開になれば、艶やかになる。散り際は、その壮絶さに圧倒されるだろう。

その時その時を、楽しみ、受け入れればいいのだ。それを間近で見えるのは、ラッキーだ。

麻耶は、ふわふわとした気分で、また酒を飲む。開きかけの桜が、目に映った。


弥生のひとり寝

2019-03-28 19:26:02 | ショート ショート
夜半が過ぎた。体がほの温かいような、うすら寒いような。惑うような心持ちだ。

女君は、枕から頭をあげる。黒髪が流れるようにこぼれる。眠れぬのは、心が波立つせいだろう。あの人の訪れが、絶えて久しい。ひとり寝には、もう慣れたつもりでいたのに。弥生特有の、萌え出ずる時のざわざわに、呼応するのだろう。若さを失った自分には、辛すぎる季節だ。

白髪が混じり始めた髪。たるみ始めた目尻。血管が浮き出し始めた手の甲。

若さを失い始め、老いのとば口に立つ。どうすればよいのか、途方にくれてしまう。

すべてを諦めるには、まだ欲望が生々しく残る。すこしでも望めば、欲望と現実の狭間で苦しむことになる。

もっと年をとったとしても、死の間際に臨んだとしても。

私は、きっと欲望を抱えたままだわ。女君は、哀しみながら、確信していた。

何も諦めないまま、抱いて欲しいと狂おしく思いながら、あさましい畜生のまま。

死んでいくのでしょう。

女君は、乾いた目で冷たく自分を突き放しながら、自らを憐れんでいた。

今宵は新月。闇の中に沈む夜。

あの人に、思いはない。

けれど、寂しい。

そんな身勝手な心を持て余しながら、女君は、眠れぬ夜を過ごす。