擁護発言をしたMCは、相方が○ブなので、公的な場でも、容姿を誹謗中傷するような、叩けば埃が出ることなど、いくらでも言ってきたかも知れない。その人間が、そりゃ無条件には、正義は、振りかざせないよな、とは思う。彼は、大概な煽り屋で、どっちに転んでも、行政など、問題の責任者を、徹底的にクサす芸風で、特に苦手なMCだが。まあ、苦手なら、見なければ良いと言う話なのだが。怖いもの見たさで、時々覗いてしまう。まんまと、炎上商法に、引っ掛かっている訳だ。
小学生の頃、帰り道、友だちと、楽しくノリノリで、会話しながら、歩いていた。その時、上級生の肥満体の子が前を歩いて、友だちに、「あの○ブの子…」と、言ってしまった。すると、前を歩いていたその上級生が、すくっと、立ち止まった。あっ、やばい、と思ったが。もう、遅い。振り向き、詰め寄って来る。「今、何て言った⁉︎」。自分も、友だちも、固まっていたのだと思う。言葉もなく。もちろん言ったのは自分だから、自分が、睨まれていた。一回り身体の大きな、上級生に。謝れたのかどうかも、覚えていない。とにかく、怖かった。ただ、殴られた記憶は無いから。どこかの時点で、解放されたのだろう。
友だちと自分は、上級生が、その仲間と歩き去るのを見送ってから、怖々歩き始めた。もう、別れる迄、会話もなかった。身体が弱くて、ガリガリに痩せていた自分は、もやしのような情けないあだ名を付けられて、嫌な思いもしていたこともあって、太っていることが、そんなに気になることだと、分かっていなかったこともあったと思う。言い訳になるが。しかし、○ブと言う言葉が、肥満者を揶揄する言葉だとは分かっていたし、だからこそ、聞かれてしまった自分の不用意さに、失敗したと思ったのだ。そんな風な日常の経験を積み重ねて、他人を傷つけない処世術を、身につけてきたと思う。もちろん、その過程で、そんな上っ面の反省だけではなく、心底、相手の気持ちを慮れるような、思いやりのこころも、多少は、身につけながらだが。
しかし、会社員になって、営業関連の仕事についてから、とにかく、太ってしまった。だから、先輩、同僚からは、よく○ブと、面と向かって揶揄された。さすがに、後輩からは、遠回しの皮肉くらいだったが。しかし、社会人になって、ひたすら宥和的に、他人と接する術を覚えていた自分は、へらへらしていて、怒ることなどなかった。多少は、親しみも込められているかな、と言う思いもあった。ただ、もちろん、内心ムカついている時もあった。
今は、十分に体重も絞れてきたし、他人から言われることもないし、気にならない。かと言って、○ブなどと言う、中傷的に使われることしかない言葉を、言ったことも、言われたこともあって、嫌な思いもしてきた。だから、身内の会話の中であっても、それを平気で、五輪のような開会式の企画として、考えられる人は、辞任になって当然だと思ったのだ。