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日記、日々の想い 

少年の掌、蝋燭の炎


 今朝の空港観測の最低気温は、7.3℃。朝は、ちょっと冷んやりした朝でした。ある意味、春らしい。風も弱く、穏やかな日差しです。毎日、結構、平和です。コロナ禍も、何故か、遠い。今時の並の年金生活は、贅沢などもっての外ですが、この緩やかな時間が、何よりの至福です。替え難い。

 あくせくと、働いてきました。一昨年迄は。まだ、二年ですが、別世界です。貯えもしてこなかった。少しは、余裕を、と思っても、いました。普通に、少しでもと、働き続けるつもりでした。手術をして、持病の右脚は、痛みからは、解放されました。ただ、なかなか、働く程迄には、思うようにならない。諦めて、開き直りました。食べるだけで、あとは、ちょっした楽しみを見つければ、何とかなる。それで、何の不満もありません。

 「大工ヨセフ」と言う絵があります。フランスバロックの画家、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの代表作です。自分は、左利きで、学校で、それを強制的に直された世代。それは、子ども心の傷にも残り、手先に、自信が持てませんでした。だから、習字は下手で苦手。絵も得意とは、言えませんでした。
 ただ、絵画を鑑賞することには、興味がありました。父が、画家を夢見ていた時代があったらしく、油絵を描く人だった影響だと思います。それで、父は、昭和30年代にしては、それなりに立派な美術全集を、持っていました。その全集で、自分は、近世、近代の西洋の画家たちの画業に、出会うことが、出来たのです。

 ラ・トゥールの作品で、最初に出会ったのは、「大工ヨセフ」では、ありませんでした。その絵には、少年だけがいて、闇の中で、蝋燭の炎に、手をかざしている絵でした。世界を支配する闇。ぽつんとある蝋燭の炎。その、闇に孤立する光が、少年の面立ちを、掌を、浮かび上がらせます。少年は、神の子ではありませんでしたが、確かな神秘を、纏っていたのです。その絵は、美術全集でも、一際小さな扱いに過ぎませんでした。小さな絵の、小さな写真。でも、とらえられてしまいました。
 意識の奥深く、刻まれたのです。その闇の深さ。浮かび上がる、蝋燭の炎。少年の横顔。血管の、その血の流れさえ見えるような。掌は、透き通っている。今は、どの作品だったのか、良く思い出せません。
 ただ、妻と結婚して、やはり、油絵を本格的にやっていた妻の所蔵する全集で、「大工ヨセフ」、闇に浮かぶ少年の横顔、透き通る掌と、再会することが、出来ました。ただ、この絵の少年は、はっきりと、神の子として、描かれています。そして、自分は、自分の意識が、とらえられていた、そのことの正体を、はっきりと、自覚することが出来ました。
 "かみ"なのでしょう。間違いなく。"かみ"。無神論の、少し不熱心な信者の、自分などが口にすべきでは、決してない、"かみ"
 「大工ヨセフ」の原作とは、その後、都心の若者の街の坂上にある美術館で、出会うことが出来ました。日本での人気が沸騰し始めていた、同じバロック期のオランダの画家、フェルメールの「レースを編む女」や、バロック期を代表する大家で、やはりオランダの画家レンブラントの自画像のうちの一点を含む、随分と話題となった美術展でした。しかし、自分が、その美術展を訪れた最大の動機は、「大工ヨセフ」。神の子の、その少年に、本当に、出会うことだったのです。
 「大工ヨセフ」は、思っていたより、ずっと大きな絵でした。少年イエスを、等身大にさえ、感じる程でした。そんなことは、ないのですが。改めて、揺り動かされ、しかも抑制した感情の揺らめきが、それほど迄に、大きかったのでしょう。 
 もう一つの展覧会のハイライト、フェルメールの「レースを編む女」が、とても小さな絵で、やはりレンブラントの自画像も、小品だったこともあるのでしょう。その対比からなのか、自分は、「大工ヨセフ」の世界の闇の広がりと、そこに、際立つ蝋燭の炎。微かで、儚い筈の灯火が、浮かび上がらせた生命の光。その掌の血流さえ浮かび上がらせるような。生命、その背景、闇、神秘。
 圧倒的な世界でした。忘れ難い。奥深い闇。仄かな、しかし、確かな炎。少年の、透き通る生命の輝き。ただ、闇に、浮かび上がるものは、必ずしも、生命とは、限りません。
 ほんの幼い自分の、ほんの僅かな記憶。死の影に怯えながら、少し、放蕩に逃げたのかも知れない叔父。でも、幼い自分には、優しい笑顔の記憶しかなかった。その叔父。病院の隅に打ち捨てられた、死に至る病だった結核の、その病棟だけの、霊安所。昭和30年代。復興は、していたけど、まだ、貧しかった。掘立て小屋。電灯もなかった。
 闇に浮かぶ小屋。戸を開けると、また闇。一本の蝋燭。仄かな炎。照らし出されていたのは、遺骸でした。菌の放散を防ぐ為に、身体の穴と言う穴は、塞がれていました。闇に浮かぶ、真綿の白。目も、耳も、鼻も、口も。痩せ尖った鼻梁。表情を奪われた、ただのもの。死の実相。仄かな灯火に、浮かび上がり、暴き立てられていました。音もなく…






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