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日記、日々の想い 

今日は、また、あの日だ…

 また、3.11が、来た。朝のワイドショーを観ていて、思ったことがある。深刻な原発被害にあった福島県の生産品に対する、未だに続いていると言う風評被害に関してだ。自分は、原発事故後、そんな事情を意識して、福島県産品が出回るようになると、積極的に購入するようにしてきた。まず、出荷時に、慎重な検査が実施されているし、そんな日本の社会システムに基本的な信頼もある。もちろん、その社会システムが揺らぐような事態も、近年、多々あったと思う。そんな世情に不信感を持つ若い親たちが、一番被曝の影響による悪性腫瘍などの被害を受け易いとされる子どもを守る為に、福島県産品を忌避していても、理解出来るし、批判などしない。ただ、それだけに、悪性腫瘍の発症の危険性があまり報告されていない高齢者の自分と、同居する中高年者だけの我が家では、むしろ、被災地支援の為にも、積極的に産品を利用しようと思ったのだ。まず、福島原発の恩恵を、無自覚に、長年受けていた一市民としての自分自身の責任の重さと言うことがある。加えて、今の社会の有り様に責任は薄く、しかも不安を抱く若い世代の気持ちは、慮るべきだと言う自分なりの生き方の矜持に従ったことでもあった。自分は、同じ社会の一員として、原発事故による経済被害を被る人々を、少しでも支援しなければならない。それも、まず、老い先も短く、放射能被害も少ないかも知れない自分のような人間が、率先して積極的にするべきだと思ったからだっだ。
 しかし、最近は、放射能汚染の風評被害が、やはり多少あった地元C県と、隣県のI県の農産物などを主に購入している。地産地消と言うこともあるし、放射能汚染被害や、天災被害の支援に少しでも援けになれば、と言う思いもある。ただ、何故、福島県産品を利用する機会が減ったかと言うと、福島県産品が、震災後よりも、むしろ、スーパーなどで見かけなくなってしまったと言うことがある。被災地支援と言う言葉も風化して、科学的な根拠もない産品の汚染差別だけが、残ってしまったのかも知れない。
 番組の取材で、たしか蕎麦だったと思うが、市場価格が、他地域か、以前との比較なのか良く聞いていなかったが、10分の1になっているのだと言う。それは、もちろん、人間の食糧として、生産されているのだが、結果、家畜の飼料とされているのだと言う。もし、その産品に、放射能汚染の危険があるなら、家畜の飼料にされるのもおかしい。そう判断していないから、飼料にしているのだろう。市場価格の安定とか、家畜の飼育費用の節減の為の買い叩きとか、そんな事情なのだろう。そんな風な取り引きに応じるしかない生産者の苦衷と無力感を思うと、言葉もない。だからと言って、年金生活者に陥ってしまっている自分が、どんな支援も出来る訳では無いが。
 放射能汚染の産品とその検査に、疑いを抱く人がいても、自分などの知識の薄い人間が、とやかく言えることもない。しかし、未だに、反原発が行き過ぎて、科学的な数値的根拠もなく、産品をを誹謗中傷する人々、勢力などは、許せない。例えば、某隣国などになると、反日主義の国内的な政治利用目的で、数値的根拠を無視して、制限を加えているようにさえ思える。呆れるしかない。ただ、これだけの惨害が起き、継続している以上、自分は、反原発とは言わず、脱原発だと思っている。原発は、人間の知恵の産物だろうが、だからこそ、これほど危険は、人間の知恵で、無くすべきだ。まず、再稼働は、するべきじゃない。その前提で、二酸化炭素の削減は、考えるべきだ、と。汚染で、下手をすると、半永久的に人が住めなくなるなど、あってはいけない。
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