アルバム6曲めは、田端義夫さんで1946年に発表された「かえり船」です。初カバーは2006年の「演歌名曲コレクション7〜あばよ・きよしのソーラン節〜」でした。
https://m.youtube.com/watch?v=0s4Ymo8JOpY
2014年ver.の歌声はこちら↓
https://m.youtube.com/watch?v=664B7XV-IPw
このアルバムが出される半年前、「演歌名曲コレクション19〜満天の瞳〜」のリリース時の雑誌インタビューで、インタビュアーの「ご自身が『再収録してみたいな』と思う作品はありますか?」という質問に、Kiinaは「『かえり船』をぜひもう一度歌わせていただきたいです」と答えています。
「今振り返ると、どうしてあんなにキーを高く設定したんだろうと思って」
「今は、歌詞を、言葉を伝えることが一番大事だと思っています。詞を伝えるということは、イコール心を伝えるということ。歌の主人公の心もそうですけれど、それを歌う僕の心も、聴いてくださる皆さんに届けたい」。
このインタビューの時に、既に「次のアルバムは歌い直しで」という企画が持ち上がっていたのかどうかわかりませんが、Kiinaの中では確実に歌の表現方法に対する考え方が変化していたんですね。「心を伝えるのに、必要以上にこぶしを回したり、無理して声を張り上げたりすることは要らない」と。
この歌の「かえり船」とは、敗戦後に戦地から日本に戻る兵士たちを乗せた復員船のことだと言われています。先日観てきたばかりの「ゴジラ」の冒頭にも、主人公が復員船で日本に帰還するシーンがありました。
以前にも書きましたが、母の上の兄に当たる人は、フィリピンで戦死したそうです。伯父と旧制中学の同期生で、同じように卒業後に鉱山会社に就職した父は中国戦線に召集されて、弾を一発も撃たずに復員、再就職して母と結婚し、子どもが生まれ孫が生まれ、生きているうちには見せてあげられなかったけれど、ひ孫へと脈々と命を繋ぐことが出来ました。
生きてさえ還れたら、こんなごく当たり前の命の継承は伯父にも与えられた権利だったはず。
2014年ver.の「かえり船」のKiinaの歌声を聴いていると、「あぁ、この人たちは生きて還れてよかったなぁ」としみじみ思い、逢うことの叶わなかった私の伯父さんもこの船に乗せてあげたかったと思うのです。