「男気」11曲目は「大利根月夜」です。昭和14年田端義夫さんの歌唱で発表されました。
https://columbia.jp/artist-info/hikawa/discography/COCP-32465.html
歌詞は歌ネットより。
https://www.uta-net.com/song/66640/
いわゆる「天保水滸伝」に描かれた平手造酒を主人公にした曲で、後に三波春夫さんが「大利根無情」で、2014年にはKiinaが「大利根ながれ月」で同じテーマを歌っていますね。
この曲が発表された昭和14年当時は、講談や浪曲で「天保水滸伝」の内容はよく知られていましたから何の説明も必要ありませんでしたが、現代の私たちが曲の世界を味わうのには改めて二つの背景を知る必要があると思います。
ひとつは、笹川の繁蔵と飯岡の助五郎というやくざ同士の大喧嘩「大利根河原の決闘」です。
千葉県の公式サイトに大まかな解説があります。
https://www.pref.chiba.lg.jp/kouhou/net-tv/kankou/fusanokuni-080227.html
もうひとつは、平手造酒という人物像です。
幕末に江戸で一大勢力を誇った北辰一刀流千葉周作の剣術道場(私の読んだ本では弟の道場)の高弟でしたが、酒で失敗して破門され、流浪の果てに笹川の繁藏の用心棒となり、大利根河原の決闘の際に討ち死にしたとされています。
「世が世であれば 殿のまねきの月見酒」
と歌詞にあるのは、天下の千葉道場からの推薦があれば大名への仕官が可能だったからです。逆に「千葉道場を破門になった」となれば、もうどこにも受け入れてもらえません。帰る先をなくしてしまったことになります。
Kiinaが「大利根ながれ月」をリリースした際に、実際に曲の描かれた情景を見てみたいと思って大庄町を訪ねました(遠かった!)
私は普段多摩川に馴染んでいるので、多くの歌に歌われてきた利根川の雰囲気を体感してみたいと思いました。
なるほど!どう違うかはうまく説明出来ませんが、多摩川とは違います。
何というか…平手造酒にしてみれば、「ここまで流れ果てて来てしまったか…」という気持ちを利根川を眺めながら日々感じていたのでしょう。
その心情を「大利根月夜」は重くせず、むしろ曲調もテンポも明るめ軽めに表現していますね。絶望感というよりは諦観に近いでしょうか。
この明るさが多くの人に受け入れたのかもしれません。
Kiinaの歌唱も、コブシをコロコロ回して明るめに歌い上げていますね。そして、上手い!
田端義夫さんの歌唱法とは違う、Kiinaの「大利根月夜」として曲の世界を味わえました。
余談ですが。
「天保水滸伝」では敵役として描かれる飯岡の助五郎さん。大学のクラスメートにその子孫の血筋に当たる人がいました。(初対面の時に「家は千葉の飯岡」と言うので「あの飯岡の助五郎の?」と訊いたら、本当にそうだった)
とても爽やかな好青年でした(*^_^*)